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ふたりだけのお花見
ふたりだけのお花見
さわき一海
恋愛現代恋愛
2025年06月13日
公開日
1,746字
完結済
ぼくたちだけの、桜の下で。 ※狂ったふたりのお話です※ ※Solispiaからの転載です※ 第4回超短編小説祭 Solispia Spring Short-stories 応募作品

ふたりだけのお花見

 きみは幸せだった? と訊いたなら、

 不幸でしたと答えるだろう。

 何故ならきみは、首を切って死んだから。

 不幸だから生きるのを止めたのだと、そうとしか思えないから。


 とある町の森の外れに、閉店した寂れた雑貨屋がある。ぼくは昔からその店が好きで――店長のきみが好きで、よく通っていた。店の周りは桜の樹で囲まれ、開花の時期はとても綺麗だ。個人の敷地内で誰も見に来ないから、ぼくときみは去年そこでお花見をした。

 毎日毎日、お花見をした。


「あたしはね、誰とも関係が長続きしないの。今までできた彼は10人。みーんなあたしを振っちゃうの」

「たまたまだよ」

 とぼくは言った。ぼくはきみが好きで、別れたいなんて思ったことはない。ずっとずっと一緒にいたいと。

「もしも別れることになったとしても、きみが気がつかないように別れてあげるよ」

「えー、そんなことできるの?」

「できるよ」

「気づかないなら、あたしはさみしくないね」

「うん。さみしくないよ。ぼくも、さみしくない」

「よかった。振られるのを怖がらないくていいもの」

 きみはぼくにキスをした。

 何度も何度もキスをした。

 ぼくは訊いた。

「きみは今、幸せ?」

「うん。幸せ」


 別の日。桜のほとんどが散り、雨が降っていた日。

 ぼくときみは泥と花びらにまみれながらふたりでひとりになった。

 狂うほどの幸せの中で、きみは言った。

「きみは、ずっと一緒にいてくれるんだよね」

「一緒にいるよ。ずっとずっと一緒にいるよ」

「じゃあ……」

「じゃあ?」

「来年もこうしてお花見をしようね。毎日毎日、お花見をしようね。来てくれなかったら、死んじゃうから」


 ぼくは今年、お花見をしなかった。

 出張で海外に行っていたからだ。

 久しぶりに会えると雑貨屋を訪れた時、部屋の鍵は開いていて、ドアを開けると静寂だけがぼくを迎えた。

 きみはもうこと切れていた。

 桜の花びらが浮き、水が真っ赤になったバスタブでこと切れていた。

 安心感があった。ぼくは警察に電話した。


 警察を待つ間、ぼくは雑貨屋だった部屋を見回した。

 テーブルの上に、きみの手書きのメモがある。


『きみはどこかにいってしまったね。

 でも、あたしもどこかにいってしまえば。

 あたしは振られたことにならないよね。

 あたしが気づかないように、きみはあたしと離れられる』


 その通りだよ。

 ぼくもあの時、そういう意味で言ったんだよ。

 きみがどこかにいってしまえば、きみは振られたと気づかない。

 万が一、ぼくがきみと別れたくなったら。

 きみをどこかに送ってしまえば、きみは幸せだと思ったんだ。

 でも。


『大好き。大好きだったよ。たとえ×××××××××としても。

 ねえ、きみは幸せだった?』


 大好きとはあっても、最期に幸せか不幸なのかが書かれていないメモに、ぼくはアンサーを記す。

 きみの綺麗な字の脇に、汚い字で書き加える。


『ぼくは幸せでした。

 きみといる時間が幸せでした』


 きみの体をバスタブから出して、元雑貨屋を出る。

 葉桜になった樹の下に横たえ、隣に寄り添ってキスをする。

 本当は、警察が来るまで触っちゃいけないんだろう。

 触ったら何かの罪になるのだろうか。

 せっかく安心したのに。

 今回は、ぼくがやってないから安心して警察を呼んだのに。


『大好き。大好きだったよ。たとえきみが殺人鬼だったとしても。

 ねえ、きみは幸せだった?』


 きみはぼくの正体を知っていた。

 けれど、ぼくが言葉の内に秘めた意味には気づいていただろうか。


 きみが気がつかないように別れてあげるよというのは、嫌いになったら殺してあげるよという意味だ。

 ぼくは今まで、ぼくを振った女の子を殺してきた。

 殺したら、

 ぼくが振られたことにはならないから。


 きみだけは大好きすぎてできなかった。

 ぼくはきみの愛を信じていたから。

 きみは絶対に裏切らないと、そう信じていたから。

 でも、ぼくが遠くに行っている間に。

 きみはぼくに振られたと思ったんだね。

 ぼくを愛し過ぎたせいなのか。

 ぼくへの愛が足りなかったのか。


 しあわせだったよ。

 だから。

 これからまただれかと出会うなんて考えられない。

 まただれかと出会って、

 ふられて、

 殺すなんて。

 でも、きみは不幸だったんだよね。


 だからぼくも――


 何人もの血が染み込んだ、何年も使っていなかった折り畳みナイフをポケットから取り出す。

 パトカーのサイレンが、少しずつ近づいてきていた。

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