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優勝と小さな嫉妬1

 優勝した次の日はよほど気分が良いものだろうと想像していた。

 しかし実際の次の日の朝の気分は上々とはいかなかった。


 疲労は抜けず、身体中が筋肉痛になっていた。

 リュードが目を覚ました時にはもう両親のどちらも家にはいなかった。


 ヴェルデガーは医療班として、メーリエッヒは出場者としてすでに力比べ会場の方に行ってしまっていた。

 力比べは昨日に子供部門終了後に大人女性部門を準々決勝まで終わらせて、今日は準決勝から再開となる。


 子供部門チャンピオンのテユノは大人女性部門にも出場したけど流石に敵わず初戦敗退してしまった。

 大人女性部門もドンドンと進んでいき準決勝に残っているのはなんとリュードの母のメーリエッヒ、さらにはルフォンの母のルーミオラも残っていた。


 実はこの2人は優勝候補で毎年争い合う間柄なのである。

 女性たちの中でも頭一つ抜けて強いので今年も例に漏れず2人のうちどちらかが優勝を掻っ攫うのだろうなというのが周りの予想である。


 リュードの個人的には後数年もすればテユノが良い対抗になって力比べをもっと盛り上げてくれるのではないかと期待している。


 リュードも会場に行こうかと思って未だに気だるい体を無理やり起こして2階の自室から1階に下りるとテーブルの上に透き通った緑色の液体が入ったビンが置いてあった。


 リュードの家では万能薬とも呼ばれる、ヴェルデガー特性魔法ポーション(上級)である。

 上級はリュードの主観の話だけどヴェルデガーのポーションは他の家の人がわざわざ譲って欲しいとくるほどの効果がある。


 風邪などの体調不良からそれなりの怪我まで何でもござれの万能薬なのだ。

 ヴェルデガーが魔力を込めながら精製したポーションは非常に効果が高い。


 優勝者は大怪我でない限り回復させられないなんて謎ルールがあるけど家にある薬を飲んだところで誰にも文句は言えない。

 これにはヴェルデガーの優しさを感じずにいられない。


 けれどちょっと問題もある。

 リュードはポーションの蓋をとって覚悟を決めて一気にポーションを飲み干す。


「うへぇ……にがっ」


 非常に効果の高いポーションなのだが恐ろしく苦いのだ。

 良薬口に苦しというが鼻を抜ける青臭さと舌に鈍く残り続ける苦さだけはどうにもならない。


 これはポーション全体に言えることだから仕方ない。

 ただ効果の実感は早く訪れる。


 飲んだそばからお腹のあたりが暖かくなるような感じがして、それがじんわりと全身に広がっていき不調が大きく軽減されて体が軽くなる。

 完全に治してくれるとまではいかないけど大分楽になった。


 体の調子が回復してくるとお腹が空いていることに気がついてしまった。

 けれど周りを見てもテーブルにはポーション以外朝ごはんの用意もない。


 力比べ時期の朝ごはんといえばもう分かりきっていることだからキッチンを見に行くこともなく家を後にして会場に向かう。

 村にはもう人っ子一人おらず会場の方から歓声だけが聞こえる。


 力比べが始まっていることと空腹に突き動かされて早足で会場まで行くと準決勝の試合が始まったところだった。

 試合も気になるけどまずは腹ごしらえが先。


 闘技場を囲う柵の出入り口に控室となる小屋が建てられていて、その横にあるかまどなどが作られている炊き出し場所がある。


 ちょっとした屋台のようになっているこの場所で朝ごはんを食べろというのだ。

 村の中でも料理が上手い人たちがいくつかのメニューを作っては並べてそれをみんな自由に持っていって食べて良い。


 見た目的には屋台とか炊き出しであるが形式はビュッフェにも似ている。

 ちょっといい素材を使ったり大鍋で作ったりしている料理はまた美味く、大人も子供も料理を大きな楽しみの1つとしている。


 なんといっても無料で食べ放題なことは大きい。

 育ち盛りのリュードも好きなように食べて良いのである。


 一応力比べの観戦もしたかったリュードは持ったまま食べれる肉の串焼きを袋に10本ほど貰ってどこか観れる隙間でもないか探すことにした。

 普段こんな肉だけ食べていたらメーリエッヒに怒られるものだけど今日は出場者なのでいないしなんてたってお祭りだからいいのである。


 どこか空いているところはないかと探しながら我慢しきれず1本取り出してほおばる。

 大きめにカットされた肉は噛むたびに肉汁が溢れ出てきて、塩だけの串とタレの串があってそれぞれ永遠に食べられるのではないかと思えるほど美味い。


「リューちゃーん!」


 ほとんど食べることに脳のリソースを割いて歩いているとルフォンの声が聞こえた。

 いつのまにか待機場所の逆側まで来ていた。


 ちょうどこちら側が村から1番遠いところにもなり、人も少なくなっていた。

 ルフォンの他に同年代ぐらいの子供たちが集まっていて、背の低い子供たちはここらの人の少ないところから観戦しているようだった。


「おいっ、手に持ってるんだけど……」


 とっさに串焼きを避難させたためバンザイするような格好でがら空きの胴体にルフォンが手を回して抱きついてくる。

 嬉しそうに耳をたたんで尻尾を激しく振っているルフォンを見ていると叱責する気分もわかない。


 最近スキンシップが激しくやたらと密着してくるのはリュードとしても満更ではない。

 けれど人目を気にせずどこでも密着してくるのはリュードにとってはまだ恥ずかしくもある。


「ふんふん、いい匂い」


「俺の朝ごはんだけど……食べるか?」


 ルフォンがスンスンと匂いを嗅いでリュードの串焼きに視線を向ける。


「はむ」


「それは食べかけの」


「うふふ、美味しいね」


「まあ……いいけど」


 新しい串でも1本やろうかとしたところルフォンは首を伸ばして食べかけの串の肉を咥えた。


 一個一個お肉は別だから間接キスというわけでもないけどなんて事はないようにペロリと唇の油を舐めて見上げてくるルフォンにはドキリとしてしまう。

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