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優勝と小さな嫉妬3

 力比べにおいて優勝候補は村長が頭1つ抜けて出ている。

 ここ数年の優勝は全て村長。故に村長は村長なのである。


 その最強村長を倒そうとみんな意気込んでいるわけでもあるのだが現在村の中でも4人ほどが村長を倒すのではないかと見られている人がいた。

 4人のうちの1人が何を隠そうウォーケックなのだ。


 リュードが生まれた頃ぐらいは竜人族の族長であった今の村長と人狼族の族長であった人が対等な力関係で交互に村長やってたらしい。

 人狼族の族長が歳で引退してから村長一強と新世代の戦いの構図になっている。


 つまりウォーケックはそんな村長に匹敵しうるほど強いのだ。

 周りも比較的歳の近いやつならいい勝負が観れるかもしれないと期待していた観客たち。


 しかし流石にウォーケック相手では勝負になるのも厳しいと考えて落胆したのであった。

 正直リュードも勝てる気がしない。


「まだ弟子に負けるわけにはいかないからな……免許皆伝も娘もお前にはやらんぞ!」


「ルフォンはともかく今日免許皆伝してもらうつもりでいきますよ」


「なにぃ! うちの娘がいらないと言うのかぁ!」


「別にそう言うつもりじゃ……」


「うちの娘に手を出すつもりかぁ!」


 どう答えたらいいんだとリュードは困惑する。

 そんなリュードを見てウォーケックは軽く笑う。


 半分本気だが半分冗談でリュードの緊張をほぐそうとしてくれたのである。


「まあここは大人としての威厳もかかっている。大人しくルフォンに良いところを見せる生贄となれ」


 途端に笑顔を消して手加減する気もなさそうな目をしているウォーケック。

 この大人汚ねぇとリュードは苦い顔をする。


「たまには師匠の本気を見せてやる!」


 そう意気込んで始まった戦いはもう大人気ないの一言に尽きる。

 本気を引き出すにはリュードの実力はまだまだ足りないのは分かっていたけれど一方的で隙のなく、あっという間に勝負は終わってしまった。


 いくら大人の威厳がかかっているとはいっても限度ってもんがある。

 1かすりすらさせることが出来ずボッコボコにされた。


 ルフォンとルーミオラが観客に混じって鬼のような顔をしていた気がしないでもないけど、気のせいだったと思うことにしよう。

 あまりの大人げなさに歓声の中にブーイングも混じるがそんなこと気にしないようにウォーケックは歓声を手を振り返す。


 こうした実力差を見せることもまた大人の役割である。


「くぅ……」


「こりゃあこっ酷くやられたな」


 ウォーケックには及ばないことは良く分かったし、負けて良かったと思えることもある。

 それは負ければ治療してもらえることである。


 担架で控え室に運ばれてヴェルデガーの治療を受ける。

 ヴェルデガーの魔力による淡い光に包まれると痛みや怪我、疲労までも溶けて無くなっていく。


 力比べ前の状態よりもさらに体調が良くなって体が軽くなったようにすら感じる。

 大きな怪我こそなかったがちゃんと防ぎきれずに擦ったようなヒリヒリとした痛みがあったのが治療のおかげでお肌はツヤツヤで綺麗になっている。


 敗者だから遠慮なく回復してもらうことができるのは唯一良かった点である。


「父さんの魔法は世界一だね」


「褒めたところで何も出んよ。さて、お前にはまだやるべきことがあるだろ」


 魔法をヴェルデガーから習ってみて改めて難しさが分かってる身としては身内だということを差し引いてもヴェルデガーの魔法の扱いは凄い。

 そんなヴェルデガーが困ったように視線を向ける先には紐を構える数人の女性たちがいる。


 その女性たちの目はリュードに向けられていて、狩人のような視線に恐怖すら感じる。


「なんだか目が怖いんだけど……」


「男ならやるべきことはやらないと」


 ヴェルデガーはリュードのすがるような視線を明後日の方を向いてみないようにする。

 女性たちの目はギラギラとしていて命ではない何かが危機にさられている、そんな怖さがある。


 1人息が荒いのもいるし。


「お、お手柔らかに頼みます……」


 助けてくれなさそうなヴェルデガーに助けを求めるのは諦めてリュードは女性たちに大人しく連れられていく。

 少し影になったところで両手を横に上げるよう言われてその通りにする。


 ピシンッと紐を張ってみせているが女性たちは何もこの紐でリュードにいやらしいことをしようというのではない。

 紐を使って腕や腰に巻きつけてペンで印を付けたり股下や背丈を測ったりする。


 紐で行っているのは採寸行為をしているのであって、腰に紐を巻きつけるのにやたらと密着したりするのも必要な行為のはずだと耐える。

 服の上からだと狂っちゃうなとズボンを下ろそうとしてきたりするがきっとそれも職人が故だろう。


 ただズボンは脱がないぞとリュードはささやかに抵抗する。

 これから力比べのラストに向けて大事なことなのだから基本は真面目な人たちなのだと逃げ出したくなる気持ちを抑える。


 1人だけ服の中に手を入れようとしてきたからたまたま後ろ蹴りが当たったりしたかもしれないけど採寸も滞りなく終わった。

 目の保養になるわぁ、じゃねえよとリュードは思う。


 少し何かを失ったような気分になりながら待機場所を後にする。

 男性大人部門はリュードが体を弄られている間にも進んでいて柵の周りの観客たちは盛り上がりに盛り上がっている。


 男たちの戦いは醍醐味とあって隙間なく人が並んでいて子供の背ではもう中を見るのは厳しい。

 これから負けた奴らが観る側に回ればもっと観るのが難しくなる。


「そうだな……あれでいいか」


 これからのことを考えれば食べるのは控えた方がいいので自然と選択肢は観戦するしかなくなる。

 ただ疲労もあるし無理に人を掻き分けて前に出て観る気も起きない。


 別の方法で観戦しようとすぐに諦めた。

 力比べ会場は森を雑多に切り拓いたところにある。


 すぐ村の方面を除いて周りは森が広がっていて、会場となっている囲まれた闘技場に近いところにある木を探す。

 その中でも高い木に目星をつける。


 近づいてみると思っていたよりも高めだけど逆にちょうどよいと思った。


「…………よし」


 目に見えない魔力のコントロールは難しい。

 目をつぶって意識するとたしかに体の中に魔力があるのが分かる。


 全身を淀みなく流れる魔力を足に集めるようにコントロールして動かしていく。

 魔力に足が包まれて少し温かくなったような気分すらある。


 軽くなったように感じる足を振ったり小さくジャンプしたりと具合を確かめる。

 これならいけそうだと思った。


 リュードは膝を曲げ跳躍すると小さな力でも上の枝に手が届くまで体が大きく飛び上がった。

 リュードがやったのは魔法ではなく魔力のコントロールによる身体能力の強化だった。


 魔力を全身にみなぎらせたり、集めたりすることで身体能力を強化するという技である。

 一応魔法も使えるのだけど魔法よりも広く一般的に使われるのがこの身体能力の強化は竜人族だけではなく人狼族、あるいは真人族も使う。

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