私が10代の頃。
夜になると母と一緒に近所をウォーキングするのが習慣になっていました。
その日もいつものように夜道を2人で歩いていたときのことです。
しばらく進むと、住宅街の中にある古い病院の前を通りかかりました。
何気なく見たその病院の駐車場に私はある“異変”を感じました。
そこに――男の子が1人で立っていたのです。
年齢は恐らく6歳くらい。
夜も遅く、街灯もまばらな時間。
その男の子はうつむき加減に駐車場の隅で遊んでいるようでした。
こちらには気づいていません。
「……お母さん、見て。あそこに男の子がいる。」
私は声を震わせて母に伝えました。
けれど母の反応はこうでした。
「え? なに言ってるの。誰もいないじゃない」
――その瞬間、背筋が凍りました。
(母には見えていない……)
私は恐怖に駆られ「もう帰りたい」と訴えました。
母も私の様子を見てすぐに理解し「じゃあ帰ろう」と言ってくれました。
――
そして帰り道。
歩いていると急に全身がだるくて重くなったのを覚えています。
お腹の中には水が溜まったような、奇妙な感覚。
(たぷん、たぷん……)
歩くたびにお腹の中で水が揺れるような気持ち悪い重さでした。
私はただただこの場から離れたい。
「早く帰らなきゃ」と焦るばかりでした。
――
ようやく家に着いた私は玄関で力尽きるように横になりました。
そしてその数分後。
私は突然大声で泣き出したそうです。
「苦しい……苦しい……」と泣きながら訴えていたと母や妹が話してくれました。
私はその間の記憶が全くありません。
家族が何を聞いても私は答えず、ただ泣き続けそのまま眠ってしまったそうです。
――
10分ほど経って、私は再び目を覚ましました。
まだ身体は重く、ぐったりの状態。
私はトイレに行きたくなってたので力を入れて自力で起き上がりました。
うちの家のつくりはトイレの前に弟の部屋があり、この日もいつものように弟の部屋の前を通りました。
そこを通るとき、ふと部屋の中が目を向けたのです。
ドアは開いていて、部屋の中には毛布をかぶって寝ている弟の姿が見えました。
毛布からは足が出ていて、なんだか寒そうだなと直感的に感じた私は
「風邪ひいちゃう……」と思いそっと弟の足に毛布をかけてあげました。
――そのときです。
玄関のほうから、ガチャリと音がして弟が帰ってきたのです。
(え?)
目の前で、私は確かに弟に毛布をかけた。
なのに今、玄関から弟が帰ってきた――?
わけがわからず混乱していると、
さっき“弟”だと思い布団をかけた寝ていたはずのその人が
勢いよく起き上がったのです。
毛布から顔を出したその子は、
病院の駐車場で見たあの男の子でした。
目を大きく見開いて、私をまっすぐ睨みつけ一切私から目を離さない男の子。
私は恐怖のあまり悲鳴も出せず、一目散にリビングの家族のもとへ逃げました。
すぐに家族を連れて部屋を確認しましたが
もうそこには、誰もいませんでした。
――
あの夜、私が突然泣き出したのも
身体の重さも、
弟の部屋にいた“何か”も――
きっと、あの男の子が私に憑いていたからだと思います。
なぜ私に憑いたのか。
なぜあんなふうに睨まれたのか。
いまだにわかりません。
けれどあれ以来、私は夜に病院の前を通ることは絶対にしません。
……あの男の子の目が今もどこかで見ている気がするのです。
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