雪が静かに降り積もる白の庭園。その中心に佇む、ガラス張りのサンルームの扉が、キィと優雅な音を立てて開かれた。
そこに現れたのは、紅の絹を纏い、風すら従えるような気品を纏った一人の女性――壱姫。そしてそのすぐ後ろを、静かに歩く美貌のメイド、ヴィクトリアが続いていた。
その姿を見た雪乃はすぐに察し、軽やかに動いた。
「お席をご用意します、壱姉様」
「うむ。雪乃、茶を所望する。それと、今日のスイーツも頼むぞ」
「かしこまりました」
テーブルクロスを整える雪乃に、壱姫が優雅に腰掛ける。だが、その日常に小さな波紋が広がるのは、ほんの数秒後のことだった。
ヴィクトリアが一歩前に出て、静かに口を開いた。
「壱姫様。先ほど、報せが届きました。アレックス殿下が……自分を見つめ直すため、旅に出られたそうです」
その言葉に、壱姫は一瞬だけ目を丸くする。しかし次の瞬間、涼しげな声で――いや、店全体が震えるような高らかな笑い声を上げた。
「夜にフラれて傷心旅行とはな! あはははは! 最後の最後まで、笑わせてくれるのう!」
思わず紅茶のカップを取り落としそうになった雪乃が、慌ててたしなめる。
「壱姉様、笑ったらかわいそうです……!」
「うむ、確かに。少々、妾の笑いが過ぎたか」
壱姫は肩をすくめ、反省の色をほんのりと浮かべてみせた……が、それもつかの間。
「夜よ」
「はい、壱姫様」
機械的に即応する夜に、壱姫はにっこりと微笑みながら命じる。
「もし、あのアレックス殿下がこの店に来たら――かわいそうな殿下に、優しくしてやるがよい」
その言葉に、月が顔を手で覆いながらぼそりと呟く。
「……壱姉様、それは傷口に塩を塗るようなものですよ」
「そうか? 妾としては、慰めたつもりだったのじゃが?」
屈託のない笑顔でそう返され、雪乃と月は同時に深くため息をつく。
「やっぱり壱姉様だな……」
その後、壱姫とヴィクトリアは雪の庭でゆったりとしたティータイムを満喫した。壱姫の笑い声が響くたびに、どこか店内も明るくなる。姉の存在がこの場所に与える影響力の大きさを、雪乃たちは改めて感じるのだった。
紅茶を口に運びながら、壱姫がふと遠くを見つめて言った。
「それにしても、旅に出るとは見上げたものじゃ。あのアレックス殿下も、少しは己を知る気になったか」
「確かに……殿下がこの経験を糧に成長されるとよろしいですね」
ヴィクトリアの慎ましい一言に、壱姫はうむと頷きながらも、唇に意地悪な笑みを浮かべる。
「だが、あの性格じゃ。旅の先々で、また何やら面白い騒動を起こしそうじゃのう」
その言葉に、雪乃と月は目をそらす。否定できない未来予想図が頭をよぎったからだ。
こうして、壱姫の高笑いと共に幕を開けた朝のひとときは、静かな雪の中に、少しばかり賑やかに溶けていくのだった――。
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