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第3話【お兄ちゃん】

―放課後。


「うーん、何だったんだろ。あの光…それに…」


私は首に掛けているペンダントをそっと摘み上げた。石はあの時のまま月白色に輝いている。以前の美しい紫色がまるで嘘の様だ。


「突然光り出して、こんな風に白く変色してしまうなんて…。こんな事今まで一度もなかったのに一体何で…?ていうか、そもそも石が突然光り出すなんて普通はあり得ないよね…?」


私はブツブツと独り言を呟きながら、人気のない帰り道を歩いていた。夕焼けが空を茜色に染め上げ、私の影を長く伸ばしている。こんな事を考えながら歩いている姿は間違いなく傍から見れば只の変人だろう。それでも、この不可解な現象に私の思考は囚われていた。


「何ブツブツ言ってんだ羽闇?」


その時、背後から突然声を掛けられた。

私は驚いて肩を跳ね上げ、慌てて振り返る。


「うわっ!…あれ、青空そらにぃ?」


そこに立っていたのは、聞き慣れた声の主―天空てんくう 青空そらだった。少し癖のかかった空色の髪が、夕日に照らされてキラキラと輝いている。

大人びた顔立ちの彼は相変わらずのイケメンぶりだ。現在大学一年生の彼は身寄りのない私を引き取ってくれた大切な家族の一人であり、私のお兄ちゃん。血の繋がりはないけれど、私にとって青空にぃはかけがえのない存在だ。


「おっ。合格したのは知ってるけど、羽闇が花咲紅の制服を着ているのを見たのは初めてだな。」


青空にぃは私の制服姿をじっくりと見回しながら、そう言った。その優しい眼差しに、私は少しだけ頬が熱くなるのを感じる。


「あ、そうだよね!私もそうだけど、青空にぃも受験や入学準備やらで忙しかったし…。で、どうかな?似合ってる?」


「ああ、滅茶苦茶可愛いよ。」


私はくるくるとその場で回転し、新しい制服を青空にぃに見せびらかす。彼からの『似合っている』という言葉が聞きたかった。けれど実際に返ってきたのは私の予想を遥かに上回る言葉で、私は一瞬硬直してしまう。しかも、その時の彼の笑顔が余りにも優しくてドキドキしてしまった。


「…っ!ちょっと褒めすぎなんじゃない…?」


「そんな事ないだろ、昔から羽闇は可愛いんだからなぁ。」


照れて下を向いてしまった私を、青空にぃは覗き込むようにして見つめてくる。そして、ニカッと笑うとポンポンと軽く私の頭を撫でてくれた。青空にぃは昔からこういうところは本当に変わらない。

いつまでも子供扱いされている様で少し複雑な気持ちになるけれど、でもやっぱり嬉しい気持ちが勝ってしまう。彼の大きな手に頭を撫でられると何故だか安心するのだ。


「それより羽闇、さっきブツブツと独り言を言っていたみたいだけど何かあったのか?」


「え?…あぁ、そうだった。実はコレなんだけどね。」


この石の事、青空にぃなら何か知っているかもしれない。私は首にかけているペンダントを青空にぃに見せた。


「それ…もしかして、お前がいつも大切にしていたやつじゃ…」


「…そう、私がいつも着けているペンダントだよ。お母さんから譲り受けた大切なもの。」


「でも、その色…」


夕日に照らされたペンダントの石の部分は、月白色の光を静かに反射している。こんな風に変わってしまった事を彼にどう説明すればいいのか分からなかったけど、このまま誰にも言わずにそっとしておくのも何だかモヤモヤする。


「実は今日―…」


私は今日の石の出来事を、青空にぃに話してみる事にした。

好きな人を見てドキドキしてたら―…までは、流石に恥ずかしくて言えなかったけれど。


「…急に光り出して変色する石か。」


青空にぃは私のペンダントを興味深そうに覗き込んだ。彼の顔は、真剣な表情を帯びている。


「うん。こういう現象って、聞いたことある?」


と、石の話をしているうちに私の住むアパートまで到着してしまった。せっかくなので部屋の玄関先まで送って貰いながら青空にぃはペンダントの石を摘んで、太陽に照らしてみる。


「うーん…俺はあんまりそういうのに詳しくないから聞いた事はないけど。でも、おかしいよな。十年も羽闇が肌身離さず持っていたのに、今まで光も変色もなかったんだろ?」


「うん、一度もなかった。」


「そうか…とりあえず、俺も少し調べてみるよ。羽闇も何か分かったら教えてくれ。」


「うん、ありがとう。」


「じゃあ俺はもう帰るけど、ちゃんと戸締りしろよ?」


「分かってるわよ!じゃあね。」


青空にぃは明るく笑顔を見せながらペンダントを返すと、私の頭をワシャワシャと撫でて帰って行った。


「(もう、いつまでも子供扱いなんだから!)」


そう思いながらも彼の優しさに触れて、心が温かくなるのを感じた。青空にぃの背中を見送りながら、私は改めてペンダントを見つめる。だが、月白色に輝く石はまるで何も語らない。本当に、一体何が起こったんだろう?明日学校で誰かに聞いてみようかな…でも青空にぃは真剣に聞いてくれたけど、こんな事他の誰かに話したところで信じてもらえるのかな…?

ぐるぐるとした思考が、私の頭の中を駆け巡る。

でも、考えていても仕方がない。まずは自分でも出来る事をやってみよう。

私は玄関を開けて、部屋に入った。鍵もしっかりと閉めた。


「さて、と…」


パソコンの電源を入れると、『ペンダント 石 色が変わる』と検索してみる。何か手掛かりが見つかるかもしれない。私は、月白色に輝くペンダントを握りしめながらパソコンの画面を見つめていた。

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