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2章

第9話【朝】

眩しい光が差し込み、身体がポカポカと温かい。これは日差し…?


「―ちゃん。羽闇ちゃんってば。」


「んうぅ…」


何処からか、声が聞こえる。誰かが私を呼んでいる…?重たい瞼をゆっくりと開けると、目の前に華弦の顔が迫っていた。


「おはよ、羽闇ちゃん♪」


「うひゃあぁぁっ!?痛っ!」


驚きのあまり、飛び起きた拍子にベッドから転げ落ちてしまった。背中を鈍い痛みが走る。床に倒れた私を見て、華弦は一瞬目を丸くしていたが、すぐにクスクスと笑い始める。


「アハハッ!かわいー反応♪」


「な、何で華弦が私の部屋に…同じベッドに入っているのよ!?」


私は慌てて体を起こすと、華弦が私の部屋にいる理由を尋ねた。心臓がドキドキしている。


「中々起きてこないから心配で起こしにきたんだよ。寝顔を見たら可愛すぎて暫く見惚れちゃってた♪でも、やっぱり起こさないと。良い写真も撮れたしね♪」


華弦はニヤリと笑いながら胡座をかいてスマホを弄り始めると、その画面を私の方へと向ける。そこには間抜けな顔で眠る私の姿が映し出されていた。この人…勝手に写真を撮って…!


「ちょっと、勝手に撮らないでよ!消して!」


「えー、嫌だ♪待受決定!」


「こらっ!」


私の写真を削除しようと手を伸ばしたが、華弦はひらりと躱し、スマホを持った手を高く掲げた。背伸びをしても指先すら届かない。私が兎の様にぴょんぴょん跳ねる様子を、華弦は余裕の表情で見下ろしている。その時、部屋の扉から控えめなノックが聞こえた。


「羽闇様、おはよう御座います。…やはり私が起こしに参るべきでしたでしょうか。」


扉が開かれると、壱月が姿を現した。壱月の顔には、明らかに呆れた表情が浮かんでいる…彼は現状を把握したようだ。


「いや、僕に任せてくれてありがとね萱君!おかげで羽闇ちゃんはこの通り、元気に起きてくれたよ。とっても可愛らしい声を上げる位にね♪」


「誤解を招く言い方しないで、只の悲鳴だから!っていうか、これからは壱月が起こしに来てよね。」


華弦の言葉は、私達が何かやましい事でもしていたかの様に響いた。私は壱月に彼の言葉をきっぱりと否定する。


「承知致しました、では明日からはその様に。それと、羽闇様。お召し物をお持ち致しましたので準備が整いましたら食堂へどうぞ、朝食のご用意が出来ております。…藤鷹様は先に戻られた方が宜しいかと、既に皆様がお揃いです。」


「オッケー。じゃ、羽闇ちゃんまた後で♪」


華弦はそう言い残して、ひらひらと手を振りながら足早に立ち去って行った。私も早々に支度を済ませ、朝食へと向かっていく。食堂に入ると、豪華な料理がずらりと並んでおり、どれも食欲をそそられる様なものばかり。

しかし、大旦那様や婚約者全員を囲んだ食事というのは想像しただけで、胃がキュッと縮む様な緊張感に襲われる。結局食事中は緊張で喉を通らず、味は殆ど覚えていない。

今日は日曜日。のんびりと過ごしたいと思っていたが大旦那様の取り決めにより、既に婚約者とのデートがセッティングされていた。だが、確認したところ全員が予定が空いていたわけではなく、唯一オフだったのは一人だけ。

今、私は運転手を務めてくれるという壱月と大広間でその人物が来るのを待っていた。その人物というのは―


「お待たせ。羽闇ちゃん」


そう…夜空君だ。

壱月のおかげで、私はお化粧も洋服も完璧に整っている。襟に桜色の小さなリボンの付いたシンプルな水色のワンピースにストラップ付きの白いパンプス。髪は下ろしたままで後ろに白いリボンをつけて貰い、清楚な雰囲気の女の子になった。お洒落にはあまり興味がなく、どちらかというと見る方が好きだったけれど、今日はいつもとは違う自分になった様な気がして少し心が躍る。


「わぁ…!そのお洋服、羽闇ちゃんにとても似合ってるね。」


星宮君が目を輝かせて、私の姿をじっと見つめる。その視線に少しだけ照れてしまう。


「えへへ…そうかな。良かった!」


ぎこちない笑顔で答えると、星宮君は嬉しそうに頷いた。


「うん。羽闇ちゃんはいつも可愛いけど、今日はもっと可愛いよ。お姫様みたいだ。」


「あ、ありがとう…。」


その言葉に胸がドキドキと高鳴る。お世辞だと分かっていても、そう言って貰えるとやっぱり嬉しい。私はそっと微笑み、星宮君の隣に並んだ。


「それでは星宮様もいらっしゃいました事ですし、参りましょうか。」


壱月はわずかに口角を上げてそう言い、私達を促した。私と星宮君は顔を見合わせて小さく頷いた。


「はい。壱月さんも、今日は宜しくお願いします。」


「そういえば星宮君。デートって聞いてるけど、行き先はもう決めているの…?」


「勿論。」


「何処に行くの?」


私の問いに星宮君は少し間を置くと、にっこりと笑いながらこう告げた。


「水族館だよ。」

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