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第3話 籠の中の烏

「んっ……」


 目覚めたクロウはくぐもった吐息を漏らした。

 舌を噛まないようにであろう、口にはベルトつきの猿轡がきつく噛ませてあった。

 クロウは慌てず冷静に現状の確認に努めた。


「(まさか自決用の毒を解毒されるなんて……。でも殺しにきた暗殺者の命をわざわざ助けるなんて、一体なんのつもり?)」


 思考を巡らせながら目を周囲に走らせて行く。

 自身の他、人の気配は無い。

 せいぜいが安宿の半分程度の狭い空間だ。

 装飾品こそないが清潔感はある、窓も無く入り口らしきものもないが灯りはちゃんとつけてある、座敷牢というにはどこか奇妙な部屋。

 忌々しい魔封じの手枷は腕についたままで、壁から伸びた短い鎖に繋がれていた。

 試しに力を込めて鎖を引いてみたが、案の定びくともせず無駄にじゃらと音を立てただけであった。


「(地下牢というわけでは無さそうだけど、ここは皇宮のどの辺りなの? それとも場所を移された? どのくらい意識を失っていたかわからないわね……)」


 幸い体調は稀少な万能薬のおかげか毒の影響もなく、むしろ頭も身体もどこかスッキリとしていた。

 はたして死に損なったことを嘆くべきか、まだチャンスはあると喜ぶべきか……鎖に繋がれたクロウは少し自嘲的な気分になった。


「(尋問するつもりならもっと分かりやすい“部屋”があるだろうし、あの男が何を考えているのか全くわからない)」


 標的であり、自分を退け拘束してしまった男。

 クロウがアレクセイ皇子の顔を思い浮かべたその時、繋がれているのと反対の壁が重い音を立てながら横に動き、当のアレクセイ本人が心配そうな面持ちで現れた。


「あぁ良かった! 目覚めたんだね! 呼吸は安定したがなかなか目を覚まさなくて心配していたんだよ」


 キッと、自身を睨み付けるクロウに向かって満面の笑みを浮かべるとアレクセイはクロウにゆっくりと近づいてきた。


「そんな格好をさせて済まないね、クロウ。しかしほら、君が着ていた服はなんというか……暗器だらけだったからね」


 裸の上にシーツのような薄い布を巻き付けられただけの姿のクロウに向かって苦笑を浮かべながら、アレクセイはクロウの側に寄って顔に触れようとした。


 途端、クロウの右脚が容赦なくアレクセイの股の間を蹴り上げようと跳ね上がった。

 しかし、あっさりとその蹴り脚は受け止められてしまう。

「はしたないよ、クロウ」とアレクセイはさらに苦笑を深くした。


「猿轡を外してあげよう。あぁ舌を噛むのはよしてくれよ? これでも治癒の魔法は得意でね。無駄に痛い思いをするだけで自決はできないからね」


 クロウは仕方なくアレクセイにされるがままに猿轡のベルトを外させる為、おとなしく頭をさげた。

「いい子だ」とアレクセイは手際よくベルトを外した。

 クロウは猿轡を吐き出すと直ぐ様アレクセイに向かって勢いよく唾を吐きつけた。

 アレクセイの頬に唾がかかったが、彼はむしろ嬉しそうに笑みを浮かべる。


「やれやれ、とんだお転婆だね、クロウ」

「……奪わていなければ針を吹きつけていました」

「ハハッ、薬を口移しした時に仕込んであったのは分かったからね。取り除かせてもらったよ」


 アレクセイは立ち上がりながら頬を手の甲で拭い、その甲に軽く口づけをする。

 クロウはその様子になんとも言えない気分を覚えて鳥肌を立てた。


「さて、暗殺対象の名前は勿論知っているだろうけど改めて、僕はアレクセイ。アレクセイ・フォン・ディオスクロイツ。ディオスクロイツ帝国の第一皇子だ」

「……クロウ。何故だか知らないけれど貴方も私の名前を知っているみたいですね」


 なんだかんだ律儀に自己紹介を返すクロウにさらに喜色を顕にするとアレクセイは早口でまくし立て始めた。


「あぁクロウ! 勿論さ! 君のことは色々知っている! 君が幼い頃から技を仕込まれた凄腕の暗殺者だということも!」

「……」

「初仕事が13歳だということも!」

「え?」

「君が転移系の異能を持っていることも!」

「待って……え、何で知って……」

「僕を仕留める為に2ヵ月前から皇宮入りしていたことも!」

「全部バレているではないですか!?」


 自分と組織の頭である“父様”しか知らないはずの情報をどんどん挙げられてクロウは思わず絶叫してしまった。

 アレクセイはそんなクロウのことを愛おしそうに見つめる。


「いやいや、さすがに全部はわからないさ。だからこそ君を呼び寄せたんだから」

「……は?」

「僕を標的とした暗殺依頼……依頼人は、僕だ」


 アレクセイは一枚の書状を広げて見せた。

 それは、クロウの所属する組織の依頼に使われる魔法契約書であった。


「……っ!!?」


ついには言葉を失いクロウは目を見開いてその契約書を食い入るように見つめた。











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