「兄が、その直樹が、生前、お世話になっていたそうで」
「いえいえ、世話になりっぱなしだったのは、僕たちのほうで」
「それで、お話を聞けないかと思いまして」
「直樹さんのことですか?」
「それもあります。それから冒険者の仕事のこともです」
「なるほど」
静岡支部だったので、声を少し抑えて会話をする。
ここでは誰に聞かれているか、分かったものではない。
基本的にスキルと呼ばれるものは、魔力を消費するのでダンジョンの外では威力を発揮しないが、中にはパッシブスキルという二十四時間使えるスキル持ちも稀にはいる。
魔力の増幅による超常的な聴力の持ち主がいるのだ。
「近くのサンドボックスでいいですか?」
「はい」
「あ、コーヒーはおごりです」
「え、でも」
「いいのいいの、冒険者はけっこう稼いでるから」
「すみません、なんか」
サンドボックスは渡来系のコーヒーショップである。
二人で一番奥の席に座って、声を抑えて会話を再開する。
近くにそれらしい盗聴者はいないようだ。
「兄の最後の声、とか」
「それは『お前ら、下がれ』ですね。自分だけいい格好して許せないですよ。……あんなことに」
「兄らしいです」
「自分だけ矢面に立って、僕たち全員を守ったんです。立派でした」
「そうですか」
「別に、僕たちを守る義務なんて、ないのに、ですよ」
「こう言っては何ですが、他人ですもんね」
「そうです。冒険者は自己責任とは、講習の最初に習うことです」
冒険者はどこまでいっても自己責任だ。
死ぬのも勝手である。だからあんな仕事が成り立っている。
任意保険もないわけではないが、高いし補償の範囲があまり広くない。
「私、兄の仕事ってなんだったのかな、って考えていて」
「はい」
「自分も、やってみたら、もっと分かるかなって。ちょうど十八になったので」
「冒険者に?」
「はい。もう登録は済ませました」
「そうなんですか、じゃあ?」
「兄を知っている人に、是非、指導してほしいって」
「それで僕ですか」
「はい。兄は女の子を弟子に取らないことで有名だったそうです」
「ええ、女の子に厳しくできないからって言ってました。基本的に優しい人なんですよ」
「らしいですね」
「なんで僕なんかに?」
「TS病だそうですが、女の子だったので。あの、ちょっと、父と兄以外の男の人、苦手で」
「そうなんですね」
男が苦手か。なんかあるのだろうけど、いちいち聞くほど野暮ではない。
同意するにとどめる。
「その条件だと、僕以外に適任者がいないということですね?」
「そうなります。是非、私を弟子に……お願いします」
目は真剣だった。
自暴自棄とかでもないようだ。
死んでもいいから冒険者になる、という人もいる。
でも彼女は違うように見えた。
もっと、しっかり未来を見据えた視線を感じる。
「わかりました。僕とパーティーを組みましょう」
「はい、ありがとうございます。うれしいです」
「ちなみに、中身は男ですが」
「はい。そこまで贅沢言えないですから、大丈夫です」
冒険者で男が嫌いじゃあ、ちょっと困る。
僕もソロばかりではない。普段はその辺の人を捕まえて臨時パーティーも頻繁に組む。
「ダンジョンの中は男ばっかりです」
「うっ、はい……」
「女性魔法使いとかもいますが、少数派です」
「そう、みたいですね」
「配信者もしてるので、画面にも映ると思います。変な視聴者もいたらなるべく叩き出しますが、います」
「あはは、叩き出すんですね」
「冗長しますからね」
「なるほど」
コーヒーを一口すする。
その顔すらも可愛らしい。
こんな子が、冒険者か。僕も人のことは言えないが、元々男だったのだから、事情は異なる。
というかあの鬼軍曹みたいな怖い顔の兄妹とはとても見えないな。
とにかく、契約を決める。
彼女はまだ女子高生なので、昼間は学校がある。
放課後の後、早い夕ご飯を食べて午後五時くらいに出発、マジック・バリアが切れる前に戻ってくるので午後十時ごろには帰宅というスケジュールだろうか。
これだと配信は午後六時くらいからになるかなという計算をする。
以前は昼間に配信したりもしていたが、多くの視聴者のことを考えると、夜配信したほうが都合がいいというのもある。
「こんな感じで」
「はいっ」
その顔はキリッとしてはいるが、どちらかというと、そんな顔すらも可愛いのだった。
なんだろうな、美少女補正ってこういうのいうのだろうか。
僕も男たちには、こんな風に見えていると思うと、なんだか複雑な心境になる。
「装備は?」
「一式、ギルドの受付嬢にお願いして。兄が懇意にしていた人がいたので」
「いたというか、みんな顔知ってるからなぁ」
「思ったより有名だったみたいですね」
「そりゃ、泣く子も黙る鬼軍曹のシルバー冒険者だもの」
「あはは」
女性には紳士的だったので、普通に人気だったのだ。顔は怖いけど。
男に対しても理不尽なことは普段一切しない堅物だった。
よく考えれば、女性をしごかないこと以外は男女隔てなく接していたし、あんな頼りになるシルバー級冒険者とか他にいなかった。
「んじゃ、今日はこれからいい?」
「はい。覚悟はできてます」
「分かった。日本平ギルドのほうへいこっか」
「ラジャーです。……一度言ってみたかったんです」
「あはは、ラジャー」
ぐいっと親指を立てる。
二人で日本平ダンジョン行きのバスに乗り込むのだった。