内藤さんにタクシーで家の前まで送ってもらい、実家に到着した。
さてお風呂入って寝ますかね。
「ただいま~」
「リオンおかえり~」
「お兄ちゃん、おかえり~」
まず母親。それと、こいつは女子高生の妹、山口マナミである。
御年、十六歳。ぴちぴちのコギャルである。昔で言うところの。
「私もダンジョン潜りたいなぁ」
「いや、危ないぞ。死ぬことだってあるし……」
僕が頭に斎木さんのことを思い浮かべて苦い顔をすると、さすがの妹もちょっとおとなしくなる。
「荷物持ちとかでいい。かわいいモンスターいっぱいにするんだぁ」
「そういうのか、ふむ」
テイマーという職業はある。
スライムやビッグ・キャット、ウェア・ウルフなど、人気のモンスターをダンジョンから連れ出して、ペットのように連れ歩くのだ。
街中にはモンスター専門のペットショップもあり、特にスライムが人気だ。
スライムは、夏はひんやりしていて冷たいし、冬はちょっと暖かい。
ご飯は残飯なども食べれば、ペットフードなどでもいい。
おやつは魔石が好まれるが、別に必須ではない。
「十八になったらな」
「わかってるって」
ダンジョン内へ入るには十八歳以上で免許がいる。
免許といっても、安全講習会を十時間ほど受ければいいだけで、あとは健康な体があれば基本的には交付される。
「そういえば、ディメンジョン・イーター倒してきたぞ。マジック・バッグにするから百万くらいかかる」
「えっ、おかねかかるの?」
「うん」
「やめなよそれ」
「それが、マジック・バッグは一千万くらいの価値があるから」
「そうなんだ、お兄ちゃん、実はすごいの?」
「うん」
「へぇ、そなんだ」
妹が目を丸くしていた。
今でも妹は僕のことをお兄ちゃんと呼んでくる。
たまに含みがあるときだけ「お姉ちゃん」と呼ぶこともある。
それから街を二人で歩くときは僕のほうが「妹」扱いである。なんでも妹が欲しかったんだと。
「お風呂空いてるよ~」
「おお、入ってくるわ」
お風呂につかる。ふぅ。本当に女の子になってるんだよな。
まったく。けしからんな。自分の体を眺めながら考える。
お風呂から出てくると妹が待っていた。
「お兄ちゃん、ネットでお兄ちゃんがディメンジョン・イーター狩ったの、記事になってるよ~」
「おー、ほんとだ。『初心者ダンジョン配信者のリオンちゃん。なんと一攫千金をつかみ取り、ニンマリ。かわいいと評判に』ふむ?」
なんだこれ。全体的にはお祝いムードではあるが、少数、誹謗中傷とかもあるようだ。
まあ、こういうのは気にしないに限る。
妬み恨みは、どこにでもあるのだ。
「なになに。『リオンちゃんが頑張る訳、師匠・斎木さんの死を乗り越えて』か」
「うん、斎木さん、残念だったね」
「ああ、ちなみに、乗り越えたわけじゃないけどな。今、文字通り戦ってる最中だよ」
「そだね。んじゃ、ほどほどにね、おやすみ」
「おやすみ」
顔は怖いと評判の斎木さん。実はいい人で、とても面倒見がよかった。
だから慕っている人が大勢いたのだ。それでいてソロでシルバー級冒険者として有名だった。
みんなの目標みたいな人だったことだけは確かだ。
葬式は近親者のみで執り行われたと聞いた。
確か、鬼軍曹は妹が一人いるってよく自慢していた。タブレット端末で写真まで見せびらかす始末で、なんとなく顔を覚えている。
「兄が死んだら」か。僕もマナミからすればお兄ちゃんで、もし死んだら、と考えると胃が痛くなりそうだ。
冒険者はマージンをとって戦闘している。普通は自分では対処できない深層まで行くことはない。
大丈夫なはずだったのだ。あの日も。
スライムのクッションに頭を突っ込んでもだえる。
なんだか女の子になってから、体臭もいい匂いがするし、どこ触っても柔らかいし。
部屋の中も、以前は武骨だったのに、だんだんかわいいものグッズとかで埋まりつつある。
部屋まで女の子みたいだった。
「おやすみ」
誰にでもなく言う。夜は更けていくばかりだ。
◇
こうして一週間、マジック・バッグができるまで、わくわくしながら過ごした。
冒険者ギルド静岡支部にも行き、費用も払い済みだ。
ちなみに日本平支部は日本平という山の中腹にあるのに対し、静岡支部は県庁所在地の静岡市街地にある。いわゆるお役所である。
いちいち雑用のために山の上までバスで行かなくていいので、冒険者には好評だ。
今では平地の麻機沼にも野生のモンスターが住み着いている。静岡支部はこちらの駆除も担当している。ダンジョン以外にもモンスターが生息地を広げた例は全国各地にあり、頭を悩ませている。
飛行型モンスターが空を飛んでいた、としてパニックになった例もあった。
静岡支部と日本平支部は職員が共通でどっちにもいたりするので、油断ならない。
噂もすぐに広まるので、変な行動は慎まなければならない。
僕がマジック・バッグを作っているという話も広がっていた。
女性冒険者は少なく、それだけでも注目を浴びるのに、僕はさらに希少なTS冒険者である。それも美少女と接頭辞がつくので、男たちの視線が痛い。
受付嬢にも妹みたいに扱われているので、いつも頭を撫でられたりしていた。
「川口さんですよね。私、斎木ミリアと申します」
「斎木……」
アッと思った。見覚えがあるのだ顔に。どこかで。
「はい、斎木直樹の妹です。女子高生をしています」
妹がいたと、この前思い出していた、その人だった。