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数人のマフィア幹部である男女が、共通通信機で集まる廃ビルの一室。
彼らが影の姿で囲んでいた中央にある光球は構造体(プログラム)だった。
「この少年が、瑞維深戯(みずいしんぎ)。地球連邦アジア管制軍内のエリート過激派組織、威紅理(いくり)の幹部だ。今回、送り込まれて来る理由は、古くからある我らの衛星の性格にある」
そこに、一人の青年の立体映像が浮かんでいる。
片目が隠れるほどにアンシンメトリーに伸ばした前髪で、コートを着て、ヘッドフォンをかけている。中背だが細身の引き締まった身体付きをして、目は鋭く光っていた。
『流刑地としての炭燈楼(たんとうろう)か。クーデター未遂の事件が有ったが、その首謀者の一人だろう』
別の声が訊くとは無しに、発せられる。これを期に様々な言葉が飛び交う。
『軍部はひた隠しにしているがな』
『わざわざ、今や半ば自立した我らのところへ送られるなど、前時代的じゃないか?』
『レール戦が出来るかどうかも未知数と』
『古御名(ふるみな)の存在は、認識されているのか?』
『なんにしろ、とりあえず駐楼軍(ちゆうろうぐん)の預かりだ。警戒は必要だが、飼い殺しということで』
『では、古き怨嗟を忘れることがないよう、我らの永続的支配を』
いつもの定例的な台詞で、会議は終わった。
光球がしぼみ影が見えなくなると、深戯の映像も消える。
一人、スーツを着て眼鏡を掛けた真鄭(しんじよう)というが、一部始終を室内で盗み見ていた。
「老害と縛られた過去のゴミ屑どもが」
男は吐き捨てるように言った。
気象局の予告はここ一週間は晴れ、気温は二十二度だった。
「どうも、こういうのは信用ならないんですけどねぇ」
伊深奈鴻嘉(いみなこうか)の隣に立っている同僚が小さく呟いた。
「俺だって信じちゃいないさ」
鴻嘉は笑って言った。
同僚はサラリーマン風のダークスーツで、どこにでもいるような青年だった。
一方の鴻嘉は、派手なシャツを着てハーフパンツにサンダル姿だ。
三十二歳。長身だが猫背で、髪はぼさぼさ。どこからみても、街のチンピラといった躰だ。
「だったら、今やってることは何なんですか?」
言われた同僚は、鴻嘉提案の祈祷師に祈らせるという現状に、さらに疑問を持ったようだった。
「おまじない」
鴻嘉は悪びれずに言う。
彼らの立つ目線先には祭壇が設けられいている。
その前に巫女の姿をした少女が御幣を振りながら祈祷文を詠唱している。
背は大体150センチぐらいか。黒いつややかな髪を背中に垂らしている。
「こんな事してる暇はないんですがねぇ」
「まあ、そういうな。何かのライブだと思っておけ。歌ってんのが、美少女だぞ」
鴻嘉は同僚をなだめる。
「よくそんな発想でいれますね」
「実際、雪が降れば路線の戦場地域は有利に運ぶんだ」
こうして、さらに一時間は二人は立っていた。
ようやく詠唱が終わり少女が振り向いく。
大きな瞳に、小さく紅い唇。白磁の肌。
鴻嘉の言う通り、確かに美少女だった。
年はまだ十代半ばから後半なら巫女としては適当な年齢といえた。
「降雪の儀、ここに終わったことをお二人にご報告します」
少女は言う。
「ご苦労さん。じゃあ、これはお礼だ」
鴻嘉はチョークバックから、分厚い封筒を取り出すと少女に渡した。
ややゆっくりとした動作で、それを受け取った少女は深々と一礼する。
「これで三日後、碑御田(ひみた)地区で雪が降るんだな?」
「間違いありません」
少女は鴻嘉に請け負う。
「ふむ。ご苦労さん。じゃ、俺たちは行くわ」
彼が言って身を翻すと、少女は頭を下げてその背を見送った。
「ああああ、三日かよ! ただ歌ってりゃすむと思いやがって、こっちは必死だぞ、真由っ!」
凛香はマイク越しに言った。
少女は狭い部屋で空中に映る浮遊ディスプレイに囲まれ、素早い指の動きでキーボードを叩き続けていた。
「ただ歌っていればとは失礼な。わたしはちゃんと役目を果たしたわよ」
巫女姿の真由が、ディスプレイの一つに浮かび上がっていた。
「まあ、あなたの苦労もわかるけどね」
「わかれ、相手は気象局だぞ、政府だぞっ!」
言っている凛香は、言葉とは裏腹に好戦的な表情で笑っている。
ショートカットで、タンクトップにホットパンツ。
外にいる真由とは逆に、室内にいるくせに肌は日に焼けている。
彼女はいくつもの中継点を使って、気象局にハッキングをかけていた。
真由が祈り、凛香が実行する。毎度の連携プレイだ。
彼女と同じ、凛香は16歳。住んでいる場所も同じだ。
真由は祭壇をそのままにして、これから夕食を作りに帰ってくる予定のはずだ。
「夕食は何がいい?」
何時ものように、訊いてきた。
「片手で簡単に食べれる軽いもの」
凛香は即答する。
「わかったわ」
真由は頷いて祭壇の天幕を閉めると、白いシャツにジーンズというシンプルな姿に着替える。
凛香はしばらくニヤニヤして、その様子を眺めていた。
「いやぁ、さすがの身体してますなぁ、真由さんは」
「あなた、胸無いものね」
淡々とした返事に、凛香はムッとした。
「これから大きくなるんですぅ。おっぱい自慢はやめてくださーい」
「言い出したのは、あなたじゃないの」
確かに言うとおりだったので、凛香は黙った。
「早めに帰るから」
「気をつけなよ」
「大丈夫でしょう」
真由は微笑んだ。
凛香でもうっとりするような、魅力的な笑顔だ。
「じゃあ、作業がんばってね」
真由は言って、ディスプレイから消える。
今回のはなかなか、難しい。
衛星の天候を操作する気象局に侵入し、そのシステムから感知されないように、碑御田地区だけに雪を降らせるのだ。
降ったことも降った後も、わからないようにしなければならない。
「報酬、安くねぇか。割に」
凛香は八つ当たりするような独白をした。
だが仕方がない。今度の依頼は真由の祈祷だけなのだ。
組んで仕事をしている凜香は、スラムに住む名を明かせない構築師(プログラマー)のなかでは、トップクラスである。
ここの事務所で表立って動けるのは、真由だけだった。
他に、主である世良と離譚(りたん)がいるが、二人共目立ちたがらない。
特に世良だが、凛香がいつも言っているというのに、特別な能力を使う気がしない。
世良の才能はずば抜けている。そのサポートの為なら、凛香は協力を惜しまないだろう。
しかし、彼は、砲列車を指揮する列師としてのその力を使おうとする様子は今のところなかった。
植民衛星、炭燈楼(たんとうろう)は一風変わった姿をしている。
その姿はまるで拘束されているかの如く、特殊構造の帯で上空から地上までぐるぐる巻きに巻かされている。
それは一つ、この衛星が元流刑地だったせいもある。
だが囚人たちは逞しくほぼ、地球から廃棄扱いされながらも数十年間、独自に開発にいそしんだ。おかげで今やマフィアが主に支配する科学歓楽都市衛星となっていた。
拘束帯は、地球からのものであるといわれている。
この呪縛だけは、どうにもならなかった。
ただそのかわり、炭燈楼の人々は別の適応の仕方をした。
この上下四方に伸びる、複雑な拘束帯を路線として、列車やモノレールを走らせたのだ。
そして、あらゆるものがこの列車に依存するようになった。
特に軍事力が。