LOG-IN.....................OK
特殊認証:旧プレイヤーコード確認
特別認証:旧プレイヤーコードに新コードに移行
《戦術視野:フルリンクモード展開》
《聴覚連結:全チャンネル接続》
《外部監視デバイス:リンク完了》
《全プレイヤー情報:即時同期完了》
─── STRAY-LINE:TACTICAL OBSERVER - KUDOU ───
《エリア表示:不明/未認証領域》
《マップ構築開始》
《敵勢力強度:特級相当》
《全パーティへの命令権限:移行完了》
その光景は、恐らく見ていた何万人もの視聴者の度肝を抜き、意表を突き、そして涙腺を壊した事だろう。
録画画面からでもなお視界を焼く光は、まさに救いの光だった。
姿を消しながら執拗に攻撃を繰り出してくるモンスターに苦戦しながらも仲間を守る格闘家の少女の身体はもうボロボロで、時折半泣きになりながら「お兄ちゃん」と助けを求めていた。
地に伏した血塗れの男治療師の腹を必死に圧迫止血をしている女剣士の腕は、おかしな方向を向いて紫色になっている。それだけで彼女の負傷もまた酷いものだというのがわかるのに、それでも彼女は必死に仲間の命を繋ぎ止めようとしていた。
そして男治療師はもうダメなんじゃないか……と、誰もが思っただろう。腹部に開いた大きな穴と、そこから吹き出す血。口や鼻からも血を流している彼の意識は、完全に喪失されている。
その光景を見ていた何万人もの視聴者は、誰もが『全滅』という言葉を思い浮かべたことだろう。
今の段階で、【STRAY-LINE】の最も下層に到達していた実力者パーティ。そのメンバーの死がこんなにもあっけなく、こんなにも突然だなんて。誰も思っていなかったに、違いない。
思いたくなかったに、違いない。
誰もが目を閉じた。見たくない。そう思ったはずだ。
女格闘家が巨大なモンスターの拳をモロに受けて、カウンターも撃てずに壁に叩きつけられる。吐血して倒れた彼女は、唯一動けそうな女剣士に向けて何かを言っていた。
短い言葉だ。きっと「逃げろ」と言ったのだろうと、わかる。
でも女剣士は、それを拒絶した。泣いていた。本来ならばVRの世界にはないはずの血液と、涙。そのどちらもがハッキリと、画面の中では現実の事のように流れていた。
アァ死ぬ、死んでしまう。
そう思って、思わず画面を消そうとした人間はどれだけ居ただろうか。
録画されていたその映像は、決して彼女たちの〝全滅〟を記録したものではなかった。
突如輝いた画面。照らされたダンジョン内。
視界を焼かれたのは視聴者たちだけでなくモンスターや格闘家たちも同じだったようで、全員が咄嗟に画面から目を背けた。
――その、瞬間だ。
ガァンッ、と音がして、女格闘家を攻撃しようとしていたモンスターの顔面に穴が空いた。
繰り返される大きな音が響くたび、モンスターの顔面に穴が開き、血飛沫が上がる。
それは、今の【STRAY-LINE】では使われなくなった〝銃〟の音だった。後方支援キャラが持てる武器の中では最も火力の高いアイテムだが、現代日本人には扱う事が出来なくて自然と使われなくなった、ソレ。
銃が火を噴くたびに、モンスターの頭部に穴が開き、血飛沫と脳漿が撒き散らされる。まるで、戦況が、一気に引っくり返ったかのようだった。
銃を持っていたのは、男治療師と同じくらいの年齢に見える青年、だった。着ているのは、今の【STRAY-LINE】では超レアものになっている治療師用の白いローブに、魔力をブーストするアンクルとブーツ。
旧【STRAY-LINE】をプレイしていた見る人が見れば、ただ者ではないとすぐにわかる超超超レアもの装備ばかりだった。
そして彼が持っているのは、これもレアものの魔導銃だった。魔力を弾丸に込めて撃ち出す、あの時実装されていた段階では一番連射性と攻撃力の高かったダンジョン産の銃だ。
そんな装備をしているプレイヤーを、配信者を知っているのは、そこそこに旧【STRAY-LINE】を好きだった者だろう。
それか――彼の配信を熱心に見ていた、そのファンだ。
『クドウ!!!!!!!!!!!』
『クドウだ!!!!!』
アーカイブだというのに、チャットが物凄い速度で流れていく。
そう。クドウ――登録者数300万人を越えていたモンスター級のゲーム配信者で……旧【STRAY-LINE】で仲間を失ってから、その存在が確認されなかった男。
突如出現したその姿は、今なおネットニュースを騒がせている。まさか本当にクドウが彼らに関わっていたのか、とか、《観測者》はクドウだったのか、とか。
何より、現在の【STRAY-LINE】の実力者が倒せなかったモンスターを、治療師のクドウが1人で一匹倒してしまったという偉業に、ネットは踊った。
結局クドウはこの後仲間たちに治癒魔術をかけると、動けるようになったアイラと協力してその場を撤退し、戦闘は終わった。
漫画みたいに、クドウが無双してモンスターを全て倒したわけでは、決してない。
けれど、ポーションも効かなかったソルを一瞬で治癒した事や、ミウゼが倒せなかったモンスターを1人で倒した事は、決して「普通の事」ではなかった。
それを言うならあの状況自体が「普通」ではなかったのだけれど。
視聴者たちは、何度も何度もアーカイブを見返しながら、あのモンスターたちのことや、地震の事。
そして、《観測者》とクドウの事を話し合った。
【STRAY-LINE】の視聴者フォーラムは連日大賑わい。その主な議題は《観測者》の負担についてや、あの地震の発生原因や、それによる明らかに強すぎるモンスターの対処法を考える事、だ。
誰もが、あの戦いで絶望しかけた。
誰もが、あの戦いで希望を見た。
だからこそ、【STRAY-LINE】をただの娯楽として見るのではなく、「次があったら自分も協力したい」と、そう思うようになったのだ。
あの戦いのあと、一番変わったことといえばきっと、それだったのだろう。