目が覚めた時、俺は自分の吐いたゲロの横に倒れていて、そんな俺を両親が泣きそうな顔で見下ろしていた。
義父の手に握られた携帯を見るに、あと少し目覚めるのが遅かったら、救急車でも呼ばれていたかもしれない。良かった。そうは思うが、なんだか全然身体が動かせなくって、吐き気や目眩も全然止まらない。
こんな事をしている場合じゃないのに、と思うが、どうやら車椅子から転げ落ちた時に頭を打っていたらしく、義父も母も、身体を起こす事を許してはくれなかった。
何があったのかは、二人は聞いてこない。
ただ、黙って俺をベッドに運んでくれて、俺が汚した服や床も綺麗にしてくれた。
母は車椅子を畳みながら泣いていた。けれど俺が「たんこぶが痛い」と言うと、泣き笑いの顔で湿布を持ってきてくれる。
あぁ心配をかけたんだな。
そう自覚をして、二人がこちらを見ていない間に自分の足を見る。
けれど、あの足が再び動くようになる――そんな奇跡は、やはり起きてはいなかった。
俺は――あの時、モニターに触れたあの後のことを、よく覚えていない。
あの後の事はアイラと紬の配信のアーカイブを見て知ったくらいには、俺の記憶は曖昧だった。
ただ、死なせたくなかったという気持ちだけは、覚えている。
親友を、幼馴染みを、妹を、死なせたくなかった。けれどどうすることもできなくって、メソメソ泣いていただけだった。
と、思っていたんだけど。
「俺もあの時の事はほとんど覚えてねぇよ」
【STRAY-LINE】地震の日から3日後。俺と紬と陽は、俺の家の最寄り駅のカフェでお茶をしていた。
本当は行きたい所があったけれど、俺はどうしても行動範囲が制限されてしまう。だから、ではないが、このカフェはもう行きつけだ。
「私ももう夢中だった」
「見ろよ、この腹。傷跡だけは残ってんだよな」
「うっわ……うっわ」
「ドン引きしないでよ紬ちゃん~」
「背中まで貫通してたんだな。お前これ今後どう誤魔化すつもりだよ」
「俺に聞かないで~」
陽の服をめくりあげて、【STRAY-LINE】の中で負った怪我の痕に改めてゾッとする。
俺の足がそうであるように、陽の腹の傷も、こちらに戻ってきても治ってはいなかった。
アーカイブで見る限りでは、俺の治癒魔術でどうにかなったように見えたのに。
やはり、生身の組織レベルまではどうしようもなかったのか――。
俺は、自分の両手に視線を落とした。
あの時俺は確実に【STRAY-LINE】の中に居て、まだゲームだった頃の【STRAY-LINE】の中で使っていた装備をまとって戦っていた。
なんで? としか言いようのない現象。
あのアーカイブを見た視聴者の間では、俺の出現は〝降臨〟と呼ばれているらしい。
御大層な名前だ。
なんであんな事になったのかは、スポンサーたちが調査中だ。俺のパソコンの中にあるバグデータなんかも全部提出はしたが、果たして解明されるんだろうか。
「あ、あの~……ストラの人たち、ですかぁ?」
「え?」
無意味に両手を見下ろしている俺を、紬と陽は黙って見つめていた。
が、そんな俺たちに恐る恐る、声をかけてくる人影があった。
真っ黒なロングヘアに分厚い眼鏡。化粧っ気のない顔をほんのり赤くして、俯いている。
しかし俺たちは、彼女の声を聞いてにっこり笑っていた。結構意外ではあったが、ネットとリアルがまるで違う様子なのは、よくある事だ。
「呼び出して悪かったな、アイラ」
「ひぇ!? ひ、ひひひわわわかりました?!」
「声でわかるわよ。アイラさんだって、わたしたちの事、わかるでしょ?」
「よっす~」
俺たちが手を上げて挨拶をすると、少しだけポカンとしていた女性が――アイラが、ぱぁっと笑顔になった。
聞き慣れた声。外見はまるで違うけれど、その声は何度も何度も聞いた、大切な友達の声だった。
「はじめまして。《観測者》の
「妹のミウゼこと
「俺は
初めて、
〝降臨〟一体何だったのか、とか、あの地震が何なのか、とか――そもそも【STRAY-LINE】に何が起きているのか、なんていうのも、俺たちにはまったく分からない。
けれど、今ここでみんなが笑顔になっていて、ネットでしか会えなかった友人の手を握ることが出来ている。
「初めまして! あたし、
今こうして、生きて「出会う」ことが出来ている。
それだけで俺は、胸が震えるくらいに嬉しいことだと、思えた。
【観測ログ:Project
─── Team Login ───
SoL……接続完了
A.I.L.A……接続完了
MIUZE……接続完了
《観測者ユニット:KUDOU》
起動要求……確認
支援プロトコル:静観モード
――観測、開始。
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