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第11話 エピローグ

 目が覚めた時、俺は自分の吐いたゲロの横に倒れていて、そんな俺を両親が泣きそうな顔で見下ろしていた。

 義父の手に握られた携帯を見るに、あと少し目覚めるのが遅かったら、救急車でも呼ばれていたかもしれない。良かった。そうは思うが、なんだか全然身体が動かせなくって、吐き気や目眩も全然止まらない。

 こんな事をしている場合じゃないのに、と思うが、どうやら車椅子から転げ落ちた時に頭を打っていたらしく、義父も母も、身体を起こす事を許してはくれなかった。

 何があったのかは、二人は聞いてこない。

 ただ、黙って俺をベッドに運んでくれて、俺が汚した服や床も綺麗にしてくれた。

 母は車椅子を畳みながら泣いていた。けれど俺が「たんこぶが痛い」と言うと、泣き笑いの顔で湿布を持ってきてくれる。

 あぁ心配をかけたんだな。

 そう自覚をして、二人がこちらを見ていない間に自分の足を見る。

 けれど、あの足が再び動くようになる――そんな奇跡は、やはり起きてはいなかった。



 俺は――あの時、モニターに触れたあの後のことを、よく覚えていない。

 あの後の事はアイラと紬の配信のアーカイブを見て知ったくらいには、俺の記憶は曖昧だった。

 ただ、死なせたくなかったという気持ちだけは、覚えている。

 親友を、幼馴染みを、妹を、死なせたくなかった。けれどどうすることもできなくって、メソメソ泣いていただけだった。

 と、思っていたんだけど。


「俺もあの時の事はほとんど覚えてねぇよ」


 【STRAY-LINE】地震の日から3日後。俺と紬と陽は、俺の家の最寄り駅のカフェでお茶をしていた。

 本当は行きたい所があったけれど、俺はどうしても行動範囲が制限されてしまう。だから、ではないが、このカフェはもう行きつけだ。


「私ももう夢中だった」

「見ろよ、この腹。傷跡だけは残ってんだよな」

「うっわ……うっわ」

「ドン引きしないでよ紬ちゃん~」

「背中まで貫通してたんだな。お前これ今後どう誤魔化すつもりだよ」

「俺に聞かないで~」


 陽の服をめくりあげて、【STRAY-LINE】の中で負った怪我の痕に改めてゾッとする。

 俺の足がそうであるように、陽の腹の傷も、こちらに戻ってきても治ってはいなかった。

 アーカイブで見る限りでは、俺の治癒魔術でどうにかなったように見えたのに。

 やはり、生身の組織レベルまではどうしようもなかったのか――。

 俺は、自分の両手に視線を落とした。

 あの時俺は確実に【STRAY-LINE】の中に居て、まだゲームだった頃の【STRAY-LINE】の中で使っていた装備をまとって戦っていた。

 なんで? としか言いようのない現象。

 あのアーカイブを見た視聴者の間では、俺の出現は〝降臨〟と呼ばれているらしい。

 御大層な名前だ。

 なんであんな事になったのかは、スポンサーたちが調査中だ。俺のパソコンの中にあるバグデータなんかも全部提出はしたが、果たして解明されるんだろうか。


「あ、あの~……ストラの人たち、ですかぁ?」

「え?」


 無意味に両手を見下ろしている俺を、紬と陽は黙って見つめていた。

 が、そんな俺たちに恐る恐る、声をかけてくる人影があった。

 真っ黒なロングヘアに分厚い眼鏡。化粧っ気のない顔をほんのり赤くして、俯いている。

 しかし俺たちは、彼女の声を聞いてにっこり笑っていた。結構意外ではあったが、ネットとリアルがまるで違う様子なのは、よくある事だ。


「呼び出して悪かったな、アイラ」

「ひぇ!? ひ、ひひひわわわかりました?!」

「声でわかるわよ。アイラさんだって、わたしたちの事、わかるでしょ?」

「よっす~」


 俺たちが手を上げて挨拶をすると、少しだけポカンとしていた女性が――アイラが、ぱぁっと笑顔になった。

 聞き慣れた声。外見はまるで違うけれど、その声は何度も何度も聞いた、大切な友達の声だった。


「はじめまして。《観測者》の玖堂奏くどうかなでです」

「妹のミウゼこと玖堂紬くどうつむぎでっす~」

「俺は守屋陽もりやようっていうんだ。お嬢さん、お名前は?」


 初めて、現実リアルネットストレイラインが繋がったような、そんな音がした。

 〝降臨〟一体何だったのか、とか、あの地震が何なのか、とか――そもそも【STRAY-LINE】に何が起きているのか、なんていうのも、俺たちにはまったく分からない。

 けれど、今ここでみんなが笑顔になっていて、ネットでしか会えなかった友人の手を握ることが出来ている。


「初めまして! あたし、日生ひのせあいです!」


 今こうして、生きて「出会う」ことが出来ている。

 それだけで俺は、胸が震えるくらいに嬉しいことだと、思えた。





【観測ログ:Project LACHESISラケシス No.0731】


─── Team Login ───

 SoL……接続完了

 A.I.L.A……接続完了

 MIUZE……接続完了


《観測者ユニット:KUDOU》

 起動要求……確認

 支援プロトコル:静観モード


――観測、開始。


     Re START

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