御者さんがびびってしまって馬車を止めてしまった。
巡回役人は馬車の前に馬を止め地面に降りた。
「くそ、どうするニコル」
「なんだ、あの巡回役人は、ふ、ふざけるなよっ」
「ど、どうなるのかな、これから」
さて、宰相の息子と、有力騎士家、外国の留学生を巻き込んで陰謀を完遂しようとするのじゃな。
相手は相当の覚悟じゃな。
「とりあえず、俺が下りる、ニコルはあいつらを叱り飛ばして追っ払え」
「解った、何とかしよう。ヤマト君はイザベラさんをここで守ってくれたまえ」
「わ、解ったよニコルさん」
ふむ。
私は外に出るアランとニコルの後に付いて馬車を降りた。
「だ、駄目だよイザベラさん」
ヤマトくんも困惑しながら降りて来た。
「おい、お前は馬車の中で待機してろって」
「アランさん、奴らの狙いは私でしてよ」
「何とか言いくるめて追い払うから」
巡回役人はむっつり黙ってアランの前にやってきた。
おお、チンピラやヤクザでは無いな、本物の巡回役人だ。
しかも、なかなか腕が立つ。
思想か、いや、宗教心だろうか、金でも地位でもなさそうだ。
「巡回役人がなんだっ、わたしはっ」
「ニコルさまですな、ケールソン侯爵家、いや宰相様のご令息と言ったほうが良いですか」
「それを解って誰何しようと言うのかっ! 無礼だぞっ!」
巡回役人の二人は黙ってニコル君を睨んだ。
「イザベラ様をですね、三人で殺してはくれませんか? そうしたら俺らはあなた方三人を見逃します……」
「なっ!」
「ふざけてるのか、てめえっ!」
アランくんが剣に手を掛けた。
「解りませんか? イザベラを殺さないなら、お前達を全員殺す、って、言ってるんですが」
「……」
ニコル君が黙った。
アラン君が剣を抜いて構えた。
それでも二人の巡回役人はだらりと自然体でこちらを見ていた。
「そう、高位の貴族令息でも手を汚して弱みを作らなければ殺す、そういうたぐいの陰謀なんですのね」
おや、という感じに巡回役人の眉があがり、後の役人が剣を抜いて
「一人でも逃したら、貴方たちのグループは壊滅ね。それほどの勢力は無いのかしらね。そうねこんな綱渡りみたいな陰謀を仕掛けているのですからね」
「良く回る口ですな、イザベラ嬢」
「ええ、命が掛かっておりますからね、うふふ」
「なんだ、中身に何が入った? 悪霊か?」
中身?
「アランさま、片方、後方の役人と、相打ちなさってください」
「相打ちなのか?」
「はい、絶対に相手を殺してください。そうなるとアランさまの命は保証できませんが、私たちの生存率は跳ね上がります」
「もう片方はどうするのだ、イザベラさん」
「我々三人で殺します、ニコルさま、ヤマトさま、どちらかが彼に取り付いて動きを止めれば、多分殺せますわ」
「……、お前、誰だ」
「どうでもいいではありませんか、そんな事は重要かしら? どうせここで殺さなければ破滅の相手ですわよ、ほら、最悪の事態を考えなさいな」
目に見えるように巡回役人は動揺した。
前に出ていた糸目のリーダー格も剣を抜いた。
二対四、数の上では有利じゃが、向こうは歴戦の剣客な感じで、こっちはひよっこ騎士に、宰相の息子、外国の若侍じゃ。
「皆殺しで良いのだなっ!!」
「おまえらの言いなりで女を殺してどうすんだよっ!」
「イザベラさんの言っていた陰謀は本当なのかっ! お前達はどこの所属かっ!」
ニコルくん、そんな事を聞いても教えてはくれないじゃろうな。
ヤマト君が腰を落とし、
おお、なかなか良い拵えじゃな。
「えっ?」
ヤマト君が信じられないような顔で
敵の糸目役人も意表を突かれたのか動きを止めた。
「なっ」
「「「は?」」」
「ば、馬鹿な、馬鹿なっ!! 剣客の死霊が入ったとでも……」
崩れ落ちる糸目役人から滑るように移動して後の役人に接敵した。
もう一度、猿叫から、八双、そして切り下げる。
敵が慌てて剣で受けようとしたが、なに、そんな事で避けれる薩摩示現流では無いのじゃ。
剣ごと腕を切り落とした。
ふう、と残心をすると、山の音が戻って来た。
カッコウが鳴いておるな。
予科練で叩き込まれた剣道が乙女ゲーム内に来て役立つとはのう。
なんでもやっておくべきじゃわいな。
「お、おまえっ、その腕前は何だーっ!!」
「イ、イザベラさん、なんで蓬莱刀法を知ってるのっ!!」
「け、剣を叩き斬って、腕を落とすなんて」
「早く捕まえてくださいませ、何のために生かして制圧したんだと思ってますの?」
「あ、ああ、確かに」
「くそ、くそっ、貴様貴様、何故だっ!! イザベラの精神は封じたはずだぞっ、貴様っ」
「封じた? 何でですの?」
敵の視線が
む、この中にイザベラ嬢が封じ込まれておるのか?
「くそっ、くそ、ガザリング王国万歳っ!!」
そう言って敵は懐から出したナイフで首を突いた。
「ガザリング王国……」
とは、なんであろうのう?