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神話召喚! ゼウスの嫁
神話召喚! ゼウスの嫁
碧美安紗奈
異世界恋愛恋愛ゲーム
2025年06月15日
公開日
3,833字
連載中
「オレ様は全知全能の神ゼウス、嫁にしてやる。ありがたく思え」 アラフォー、家事手伝い、スーパーのレジ打ち、婚カツで失敗したばかりの杯花歩理子《はいかぶりこ》。 彼女のもとにギリシャ神話の主神にして全能神ゼウスが突如出現、「全能と証明するため醜女もものにできると実証すべく歩理子に求婚する」とほざく。 さらに異世界〝イフィリオス〟へ拉致、「あくまで愛人扱いだが、ならばここで神話になるような活躍くらいしろ」と強制。 だがここまでバカにされて黙っているような女では歩理子はなかった。 「自分が求婚を断ればゼウスの経歴にはブスに振られたという事実が加わる、断られたくなかったら要求に応えろ」と逆に取引を持ち掛ける。 かくして、絶世の美少女な容姿とギリシャ神話の存在を召喚できる〝神話召喚〟の能力をゼウスより与えられた歩理子。 世界を見返すための戦いが始まった。

異世界の嫁

「オレ様は全知全能の神ゼウス、貴様を嫁にしてやる。ありがたく思え」


 逞しい体つきの壮年男性が天井をすり抜けた落雷と共に降臨。胸を張りながら自信満々で開口一番のたまった。


 彫りの深い顔立ちで頬から顎に掛けてひげを生やしている。サングラスを掛けたおじさんだが、イケオジだ。

 古代ギリシャの貫頭衣キトンに宝石をちりばめたようなものを着て、稲妻を象った槍らしきものを持っていた。


 名乗ったのはまさしく、ギリシャ神話の主神。天空を司る最高神の名だ。


 子供部屋おばさんともされる、少女の頃から使っていてあまり変化もない杯花歩理子はいかぶりこの自室には不似合いな光景だった。

 まして奴はベッドの上に立ち、二メートルくらいの身長で頭が天井についているのだから違和感MAXである。


「……ここまでして、あたしをバカにしたいの?」


 外出しないときはほぼ普段着のようになったジャージ姿で、自称ゼウスの来訪に驚愕して尻餅をついたまま。歩理子の口を出た第一声だった。


 杯花歩理子はいかぶりこ、アラフォー。婚活は失敗続き、家事手伝いかつスーパーの店員な彼女は、仕事で疲れたところに突然のゲリラ豪雨でびしょ濡れになりながら帰宅。やっと着替えたところだった。

 体型は小太り、顔も不細工メガネ。彼氏いない歴=年齢の喪女。自他共に認める負け組だ。

 未だかつて、告白すらされたことがない。


「それがなに。神様名乗るやつがいきなり全部すっとばしてプロポーズ!? あるわけないでしょ、んなこと!」

 もはや人生あきらめかけ溜まりに溜まった鬱憤を、立ち上がって神もどきに吐きかける。

「あたしが流行りにうといからって、手品とか最新技術のホログラムかなんかで悪戯してんでしょ!?」


 呆気にとられる自称ゼウスを差し置いて、歩理子はもとから散らかってる部屋中をさらに荒らして仕掛人を探しだす。


「犯人は誰よ、あたしのこと疎ましく思ってるお姉ちゃんかお兄ちゃんか親戚!? 昔のいじめっこか今のパワハラ上司!? 迷惑系動画配信かなんかなんでしょ!?」


 タンスや戸棚やクローゼットを開け、着替えや雑誌やゴミをひっくり返す。も、何も出てきやしない。


「……いいぞ!」なぜか、自称ゼウスはぽかんとした顔を笑みに染めだす。「見込み通りのろくでもない女だ。らちが明かん、理解させてやろう!」


 次の瞬間、雷のごとく肉迫した自称神に抱き締められ、歩理子は彼が来訪した時の逆再生のように稲光に包まれる。


 気付けば、屋根をすり抜けていた。

 風は感じる。雨も相変わらずだが、濡れない。もちろん感電もしない。

 でありながら、雷と一つになって自称ゼウスと猛スピードで天へ昇っている。


 我が家は見る間に小さくなる。周りの住宅街も。それらと寄り添う公園も、商店街も、地方都市の全容が窺えそうになったところで暗雲に突っ込む。


「う、嘘でしょ。こんなことあり得ない!」


 あちこちで雷が暴れる暗雲の中で、ようやく歩理子は異常さに喚く。


「ありえる」

 ゼウスは、自信満々で見下ろして答えた。

「オレ様は全能だからな!」


 そして雲を抜けると、いつの間にワープしたのか。そこは、 もう異世界だった。


 なぜそう思うか。

 ゼウスと歩理子は成層圏辺りに浮いて静止したが、眼下の景色は地球と違ったからだ。


 天の太陽と、まだ薄い月は元の世界と似ていた。

 しかし、陸地。いや、空中を浮く島がまず少し下にあった。ドラゴン、としか形容できない生き物も飛んでいる。

 成層圏を超えるほどの、世界一なはずなエベレストより高い山もある。


 上下逆で空の湖に落ちる滝。山くらい巨大な教会。複雑に交差する虹。練り歩く巨石像。普通なら倒壊する構造で建つ幾何学的な搭。西洋ファンタジーでしか目にしないような、城壁に囲われた中世都市と城も窺えた。


「主神の嫁になるんだ」

 圧倒される人間をよそに、ゼウスは勝手に進める。

「あくまで権妻ごんさいだがな。オレ様の愛人に相応しい、神話くらい残せる活躍はしてもらおう。この異世界、〝イフィリオス〟でな。地球じゃもうそんな場もねぇだろ。因みにここにいる間、おまえにとっての元世界の時間は止まってる。この地に残る充分な神話を残せたら、あとは戻りたきゃいつでも帰してやるよ」


 歩理子は試しにとっくに頬をつねっていたが、当然痛いしあらゆる感覚が現実で夢じゃない。こうなってはもう、外見だけはイケオジの内面最低野郎が全能の神ゼウスに相当しうる何かで、言ってることも信じざるを得なくなってきた。


「ど、どうしてよ」

 せめてもの抵抗で、尋ねる。

「いったい、何がどうなってあたしがこんな状況に巻き込まれてんの!?」


「なに、ある存在に挑発されてな」

 へらへらとゼウスはしゃべる。

「オレ様が、あらゆる意味でいろんな美女をモノにしてきたのは知ってんだろ。そこに、〝全能の神なら醜女しこめもモノにしてみろ〟と言われたわけだ。できないなら、不可能なことがあことになる。で、ろくでもない一般の女から、適当におまえを見繕ったんだよ。聞くまでもないが、もちろん嫁になるよな?」


 ギリシャ神話の主神ゼウスは正妻の女神ヘラがいながら、人から神まであらゆる女に手を出す神話界きってのプレイボーイだ。そのせいで不幸になった女も多い。

 そんなろくでなしが実在するなら、やりそうなことではある。歩理子が神話に詳しいのもなぜか知ってるみたいだが、心を読めても不思議はない。


 なにせ、全能なのだから。

 でも。


「だが断る!」

 歩理子は言ってやった。内心ビビっていたが、できる限り気丈に振る舞って。

「ふ、ふざけないでよ。あんたが本当にゼウスだとしても関係ない。そこまでバカにされて、糞野郎を受け入れるほど安い女じゃないわ!」


「ああん?」

 全く予想だにしていなかったように、ゼウスは目を点にして返す。

「このオレ様が求婚してやってるのに断るってのか? 誰でもいいんだ、普通に捨てるぜ。神から求婚されたという栄誉を得ようというのにふいにするとは。では、下らぬ人生に戻るがい――」


「あんたこそ、状況わかってる? あたしに断られるってことは、できなかったことが生まれるわけ。全能じゃなかったことになるのよ。ブスにフラれた惨めな主神って事実で、経歴が傷つくのはそっち!」


 サングラス越しでもわかるくらいに。ゼウスは、見事に鳩が豆鉄砲をくらったみたいな顔をした。

 内心の動揺を表すがごとく、積乱雲が満ちてくる。

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