「して」
バルニバビ島の自宅。洋室のテーブルを挟んで対面するアテナが、ギリシャ神話の神々の飲料〝ネクタル〟をワイングラスから一口味わって話した。
「またおれを呼び出し、疑問を解決しようというわけか。ゼウスに直接尋ねればよかろうに」
ちなみにネクタルは無色透明の液体で、神には念じるだけでどんな味にも外見にも変化させられるという。これも知恵の女神でもあるアテナから教わったが、彼女はそのまま飲んでいる。
「だ、だって」
向かいの席にいるブリコは、タピオカミルクティーに変換したそれを啜ってから言う。
「朝のことがあったから、顔合わせにくいですもん。何か隠してるかもしれない当人なわけだし」
「ふむ、説明不足ではあるがな」
迷彩服に甲冑を重ね着したアテナは、兜だけ脱いでいた。前はほぼ隠れていた金の長髪を撫で上げ、背もたれに寄り掛かると腕を組む。
「ゼウスの話に嘘はない。単に、挑発されたのが彼だけではないということだ」
「つまり、ブスをものにしてみろってことですか?」
「そういうことだ。あらゆる神話の主神クラスが同時期に同様のことを言われたらしい。だからこそ、我先にと必死になってもいる」
「なんのために、誰が」
「そこまでは、当人たちしか知らん。どういうわけか他の神々にも教えてはくれなくてな」
しゃべりながら、彼女は卓上中央にある大皿に載った紙粘土みたいな物体を千切る。こちらも、ギリシャの神々の食物〝アンブロシア〟だ。
やはり念じればどんな食べ物にもなるというのに、アテナはそのまま口に運ぶ。
「けど、おかしいじゃないですか」
やや考えた後で、ブリコは疑問を呈する。
「神話召喚は、あたしが交渉の末にゼウスから得た能力なんですよ。なんで、他の神話の主神クラスの嫁になった人が同じ能力を持ってるんですか?」
「本気でゼウスを出し抜いたと思っていたのか?」
むしろきょとんとして、アテナは明かす。
「奴はあれでも主神で全知全能だ。望みの容姿と神話召喚は、初めから此度の嫁に与えられる能力だった。芝居だよ、上手く誘導されたな」
「エーッ!?」
ショックのあまり、卓上を叩いて立ち上がってしまう新人女神である。
しかし、アテナは落ち着き払って付け加えた。
「もっとも、昨日の娘娘とやらが自分とおまえを〝嫁〟と認識していたように、通常は主神クラスの女になることを了承すればそうなる条件だ。おまえがそれを拒否しながら同等の立場を得たのは、確かに特異な出来事らしい」