「どうしよう……」
三層へ向かうための階段。
それはもうすぐそこなのに。
その前にはワイバーンがじっと座っていた。
『別のルートにした方がいい』
『ワイバーンに追いかけられたトラウマ蘇ってそう』
「うるさい……!」
『うるさいいただきました〜』
『図星だな』
コメントの通り図星だった。
思い返すだけでも恐ろしい。
必死に逃げた記憶が蘇るだけで体が震えに襲われてしまう。
「ていうかさ本当になんでワイバーンがここにいるのよ。本来三層の魔物でしょ」
『稀によくある』
『下層の方で追いやられた個体かも。ワンチャンあるでアイラ』
『やめとけ。これまでとは訳が違う。別ルート探せ』
『バレずに行けばワンチャン』
「別ルートを探そうにもあてが分かんないじゃんか。ぶっちゃけ、今目の前に三層に行く機会がある以上は逃したくない……でもどうすりゃいいのよこれ」
『漢見せろアイラ』
『やめとけ退け』
『隠れて行こうぜ』
割れる意見。
配信者としてか未熟な冒険者としてなのかは分からないけど、あたしはその場に留まるしかできなかった。
「じゃあさあたし行くからさ、スパチャ頂戴」
『出たw』
『い つ も の』
『まーたおねだりしてる』
「いいじゃん! 配信ってそういうもんでしょぉ!?
『自分の力で何とかするのが配信者じゃないんですかね』
『どうせ無駄になるじゃん』
『今回はしょうがねぇなぁ。とは言えない。実力が不足しすぎてる』
『しょうがねぇなぁニキに見放されてて草』
「じゃあどうすんのよ」
『だからさっきから言ってるだろw』
『これ堂々巡りになるだけだぞ』
「なんなのよもう……! わかったわよ行けばいいんでしょ行けばさぁ!」
『なwんwでwそwうwなwる』
『ヤケクソじゃねーか』
『でもとりあえずテレポート代はあるし別いいんじゃね』
「そうじゃん! 500ルピ残しながら戦っていざと言うとき逃げたらいいんだ!」
『そう上手くいくかねぇ』
『ダメそう(小並感)』
「使う魔法って何がいいかな。レベル1魔法よりレベル2の方がいいよね」
『せやな』
『ファイアーボールよりかはフレイムボールにしとけ。量より質で行け。その方がまだ希望はある』
『運が良かったら勝てる。運が良かったらな』
「オッケーわかった! 見とけよお前ら!」
あたしはいざという時
『作戦それだけ?』
『なんでこうも向こう見ずなんだこの子』
『負けそう(確信)』
『せめて隠れて行って無理なら戦うでいいのに』
『アホやん』
颯爽と飛び出たあたしにワイバーンは顔を向ける。
「フーッ…………」
「あっあわ、あわわわぁわあわあわ……」
『足ガクガクで草』
『予定調和』
『知 っ て た』
『何も考えてないから……』
頭が一瞬で真っ白になった。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い無理無理無理無理無理無理無理。
「ねぇもうテレポート使って良くない?」
『ダメです』
『やるだけやれよ』
『とりあえず頑張って』
コメントはどうも逃がしてくれない。
何なのこいつらァ……。
「わかったわよ行けばいいんでしょ!」
あたしは一気にワイバーンへと駆け寄り、剣を振るっていく。
「ヤアアアアアアアアアアア!!!!!」
『これバジリスクの時に見た』
『突撃しか脳がない女』
『再放送かな?』
『また転けそう』
「フーッ……グオオオオオオオオ!」
辺りを揺らすワイバーンの大きな怒号がピシピシと辺りの壁を軋ませる。
無理だこれ死ぬわ。
バサッと大きな翼を広げてワイバーンはあたしに明確な敵意を向けて羽ばたいた。
「ああああああああああ!」
あたしは一瞬で身を翻し一気に逃げる!
こんな化け物どう戦えって言うのよ! こんなブロンズソード1つのみじゃ無理に決まってるでしょ!
『またかよ』
『何回やるんだこの流れ』
『やっぱり再放送じゃないか(呆れ)』
「うるさいうるさいうるさいうるさい! お前らは部屋でヌクヌクとこの配信見てるだけの癖に!」
『とりあえずフレイムボール撃ってみたら』
「そうだそうだそうだ! フレイムボール!」
100ルピを消費して、あたしは一瞬だけ振り返り、顕現した掌の火炎をワイバーンへと発射した。
ボォン!
と激しい音がして爆炎がワイバーンを包み込む。
『やったか!?』
『勝ったな風呂入ってくる』
「それやってないフラグだからやめて!」
噴煙が晴れる。
そこに居たのは……
「グルルルルル………………」
あたしを睨みつけるワイバーンの姿だった……。
「効いてないじゃん! ダメじゃん!」
「グオオオオオオオオ!」
「あああああああ! なんか怒ってる!」
『そりゃ怒るわ』
『ブチギレで草』
『まぁ待て待て。怒ってるってことは効いてるってことだ。案外なんとかなるかもだぞ』
「ホント!? マジ!? ガチで!? リアリー!? 嘘だったら許さないから!」
『必死www』
『どうだろうな。たださっきみたいに胴体に当てるよりかは顔とか狙った方がいいんじゃないか』
「顔! 顔ね!?」
『多分顔にフレイムボール当てたらさっき以上に怯むだろ。その隙に剣で刺しにいくのはどう?』
『無謀すぎん?』
『ただ他に手が無さすぎる。自分もそれが一番勝率いいと思う』
『後は刺せるところまで来てくれるかだな。そこはワイバーンが怯んで落ちてくれることを願おう』
「顔にフレイムボール当てて刺しに行けば勝てるんだね!? 信じるからな!?」
『勝てるかはわからんけど勝率はまだマシそう』
『まぁ頑張れ』
「えっと……ええと、さっきフレイムボールで100ルピ使ったから残り900ルピ。テレポートが500ルピだから使えるのは400ルピ…………4回! 4回で成功しなければもうテレポート使うから! わかった!? いいね!? じゃあ行くよ!」
あたしは足を止めてワイバーンに向き合った。
怖い怖い怖い怖い!
『ん?』
『ん?』
『ん?』
『4回?』
『おかしくね?』
『あっ(察し)』
『これは……』
でも怖がっていても仕方がない……!
あたしは覚悟を決めてワイバーンに立ち向かう事を心に決める!
「フレイムボール!」
ボォン!
放たれたフレイムボールはワイバーンの頭部に気持ちのいいくらいに直撃した。
しかし、ワイバーンは以前としてあたしぼ剣が届かない空中のままだ。
「落ちないじゃん!」
『落ちるかは運次第だって言っただろ』
『とりあえず当て続けてみろ』
『なぁそれより……』
『シ━━━ッd(ºεº;)』
『ワイバーンも多分怯んでるから畳み掛けるしかない』
『ガンバエー』
『まぁ倒せればいいわけだし』
「畳み掛ければいいのね!? フレイムボール!」
あたしは噴煙が晴れる頃にもう一度フレイムボールをワイバーンにめがけて放つ。
だが……
「グオオオオオオオオ」
ワイバーンは怒りに身を任せ頭を振り、フレイムボールはワイバーンの後方へと消えていった。
「外れたーッ!!」
『外したwww』
『はwずwしwた』
『(ノ∀`)アチャー』
『めげるなめげるな』
ワイバーンは見るからに怒りをあたしに向けている。
「嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい」
「グオオオオオオオオ!!!」
耳をつんざく雄叫びをあげてワイバーンはあたしの方向へと勢いよく突っ込んできた。
「あああああああ! フレイムボール!」
勢いのままにあたしは掌に火炎を顕現させて放つ。
しかしそれは標準がまるであっていなくあらぬ方向へと飛んで行った。
『何してんだァ!』
『草』
『これはひどい』
『無駄打ちってレベルじゃねーぞ』
『落ち着けって』
ドガァンとワイバーンの巨体が地面に激突する。
あたしはなんとかそれの回避だけはできていた。
「ハッ……ハッ……イヤ……ワッ……」
『とりあえず落ち着け』
『地面に来たってことは剣が届くぞ!』
『落ち着いてフレイムボール当てよう』
「グオオオオオオオオ!」
ドンッと地面が蹴られ勢いよくワイバーンは再びあたしに突撃をかましてきた。
「わああああああああ!!」
間一髪、文字通り間一髪で地面を転げその直撃から逃れる。
『すげぇ』
『避けた』
『神回避www』
「やっ……もう無理……無理……!」
ホントもうヤダ逃げたいもういいでしょ頑張ったじゃんあたしはさぁ。
そんな気持ちを声に出そうとした瞬間
『いや行ける』
『ワイバーン埋まってる!』
『勝てる勝てる!』
『ワイバーン見て!』
コメントに従いワイバーンの方を見ると突撃の影響で体の一部が壁に埋まっていた。
「えっチャンス!?」
『チャンスだぞ!』
『フレイムボール当てろ!』
『今しかない!』
「フレイムボール!」
出された火炎はワイバーンの頭部に確実にヒットした。
行ける!
『行け行け行け行け行け行け』
『GOGO!』
『勝てるぞ!』
『突撃のアイラ見せてやれ!』
『マジか!?』
「うああああああああ!!!!!」
勝つ!
あたしはこのワイバーンを倒す!
その思いを胸にあたしはワイバーンへと剣を振りかざし突撃した────が
「グルル…………」
三度、噴煙が晴れた後、ワイバーンの眼はギロリと光りあたしを見た。
あっダメだこれ。全然効いてないっぽい。多分鬱陶しいハエが居たくらいの感覚でしかないんだ。ていうかもうこの突撃止まんないし。
様々な思考が過ぎる。
世界がスローになる。
ワイバーンの口が大きく開かれる。
しかし
「大丈夫なんだなぁ」
あたしは慌てていなかった。
虎の子の500ルピ。このために残していたんだから!
「テレポート!」
ブーッ
発動不可のブザー音が鳴り響いた。
「は?」
タブレットに移されたポップアップには残金450ルピの文字。
50…………50………………
「ミミックゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
あたしが最後に聞いたのはグシャァという自分の肉体が食べられた音だった。
「あああああああクッソオオオ!!!」
地上でリスポーンしてあたしは悔しさを噛み締める。
『草』
『あーあ』
『アイラにしては頑張った』
「なんなのよもう! 言ってよ! 足りないなら言ってよ!」
『言おうとしたら突撃したんだよ』
『無駄打ちしたのはアイラ定期』
「もうー! もう少しだったのに! 今日はもうおしまい! また今度配信するから次はちゃんと投げ銭してよね!」
『乙』
『乙』
『乙〜』
『楽しかったわ乙』
配信を切り、あたしは不貞寝する。
投げ銭の額によって全てが決まるダンジョン配信……。
絶対有名配信者になってダンジョン攻略を進めていくんだから!