「
その声は、突然、俺の背後から降ってきた。
え、誰?
思わず手が止まる。今まさにゴミ袋の口を縛っていた最中だった。日課のアルバイト、コンビニの裏のゴミ捨て場。そこに不釣り合いなほど重々しい声。
背中がひやりとする。ゆっくりと振り返ると、そこには——。
骸骨だった。
いや、比喩じゃない。本物の骸骨。目は空洞、歯はニカッと全部見えてる。全身黒のロングコートを羽織り、手には異様にでかい鎌を持っている。あまりにも様になりすぎていて、逆にコスプレにしか見えない。
だが、それより何より——。
場所が悪い。
ここはゴミ捨て場だぞ? コンビニの裏だぞ? 弁当の廃棄品とカラスとの縄張り争いが繰り広げられてる、地味で臭いバトルフィールドだぞ?
そんなところに死神。場違いにもほどがある。
「え?」
思わず声が漏れる。脳が現実を処理しきれてない。
「え、なに、今の? 寿命って言った?」
「そうだ。貴様はあと六十年で死ぬ」
涼しい顔(というか骨)で、さらっととんでもないことを告げてくる。いや、どういうテンションなんだ。
俺は今二十歳。てことは、八十歳で死ぬのか。んー……まぁ現代としては短めか? でも、特別驚くほどじゃ……いや、そうじゃないだろ俺!!
「おい、死神。お前、なんか間違ってないか? 六十年じゃなくて、残り六十日とか、そっちじゃねえの?」
ツッコまずにはいられなかった。意味がわからなすぎて、逆に笑いそうになる。恐怖ってのは、こうも妙な方向に作用するもんなんだな。
すると死神は、首をかしげた。骨だけど、なんとなく“困ったな”って顔に見えるから不思議だ。
「いや、間違いではない。実は……」
言い淀む死神。
え? なに? なんかあるの? その“実は”が一番怖いんだが。
変に間があるせいで、逆に緊張感が増す。心臓がドクンと跳ねた。しかも、目の前の骸骨のせいで、どうにもブラックジョークにしか思えない。
「今の寿命宣告は、ついでだ」
「ついで!?」
お前、今どんなテンションで言った? 寿命ってそんな、スーパーの試食みたいなノリで提供されるものなのか!?
「えーと……ついでってことは、本命があるってことか?」
思わず聞き返す。正直、もう会話の主導権は完全にこいつに握られている。
死神は、ため息混じりに首を振った。
「本命は、別の人物の魂を刈り取ることだ。だが……誤って別の次元に飛び込んでしまったらしい」
「次元……って、パラレルワールド的な?」
「ああ、まあ、そうなるな」
死神は肩を落としている。落ち込んでる死神。なんかもう、怖さとか吹き飛んで、こっちが慰めたくなってくる。
しかし、別の次元って。そんな重要そうな仕事をミスるなよ。人間の生死に関わるポジションだろ。いや、死神だけど。
「じゃあ、お前もさっさと戻って、その“本命”の魂でも刈ってこいよ。ここにいても、マジで臭いだけだぞ」
実際、あたりには弁当とお惣菜の腐臭が充満している。牛丼なんか、容器ごとブヨブヨになってて、もはや新しい生命体が誕生しそうだ。
「理にはかなっている。だが、それはできない」
「……できないって?」
「別次元に戻るには、一度地獄に帰還する必要がある。しかし——戻ったら、上司に怒られる」
……。
なんだその理由。
「……上司に怒られるから地獄に戻れないの?」
「うむ。雷を落とされる。実際に」
物理的に!? 怖ッ!!
ていうか、死神の上司って雷落とすのかよ。人事評価どうなってんだ。
「……で? これからどうすんの? この世界にいても、死神業できないだろ?」
「それなら、しばらく——貴様の家に住まわせてもらおう」
……。
脳が処理を拒否した。
「はああぁぁぁ!? なんでそうなる!?」
叫ばずにはいられなかった。隣のマンションの住人が通報するレベルで叫んだ。
どうして寿命を告げにきたはずの死神が、俺の家に居候する流れになっているのか。これはドッキリか? 隠しカメラか? もしくは夢オチか? どれでもいいから頼むから目覚めさせてくれ。
しかし——。
「すでに家の場所は調べてある。風呂と布団も頼むぞ」
準備万端だった。
こうして、俺と死神の奇妙な同居生活が始まった。拒否権? あるわけなかった。