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第2話 俺は律儀だからな

 死神との同居。そんな経験をする奴なんて、そうそういない。というか、いたら人間社会はもっと混沌としてるはずだ。道を歩けば死神、コンビニにも死神、カフェで死神がラテを飲んでたら、もう終わりだ。


 で、うちの死神はというと、リビングでくつろぎまくっている。ソファにだらしなく腰かけて、ポテチをポリポリ。指でつまんで、丁寧に口元まで運んでる。食う動作はなぜか丁寧。問題はそこじゃない。


 俺はキッチンからその様子をじっと見つめ、思わずため息が漏れた。


「……死神さん。それ、俺の貴重なおやつなんですけど。あと、なんで野球観てる?」


 テレビの音量はちょっと大きめ。実況アナが「打ったぁー!」と絶叫するたびに、死神の肩骨がピクピクと揺れる。どうやら興奮しているらしい。


「これ、面白いな」と、死神は無表情な頭蓋骨でのんきに答える。


 なんというか、返す言葉が見つからない。怒りをぶつける気力も、途中でどこかに消えてしまった。骨相手にキレても、むなしくなるだけだ。


「……同居するのは、百歩譲ってよしとしよう。いや、やっぱ譲れないけど! でもな、俺のもの、勝手に使うなってば」


 怒鳴るには微妙すぎる空気。殺気も湧かない。むしろ、妙に居心地よさそうにしてる死神に、こっちが生活を侵略しているような錯覚すら覚える。


 そんな俺の視線に気づいたのか、死神はポテチの袋を小脇に抱えながら言った。


「ああ、悪かったな。だが安心しろ。俺は律儀だ。家賃は払う」


 律儀な死神。矛盾しかないワードランキング第一位だ。


「……家賃って、お前金なんか持ってんの?」


「いや、そんな俗物は持たん。その代わり、貴様の寿命を延ばしてやる。一日暮らせば、一日分、寿命を加算する」


 言いながら、ポテチをひとつまみ。バリッと音がした。


 おい、それ、家賃と関係ないだろ。


 だが、言ってることは――妙に説得力がある。なにせ相手は死神。寿命の管理なんて、彼らにとっては日常業務みたいなもんだろう。


「じゃあ、その理屈でいけば……ずっと一緒に暮らせば、俺、死なないってこと?」


 そう言いながら自分でもゾッとする。永遠の命。子どもの頃は夢だった。でも現実に言われると、重い。


 死神は「あ」と口にして、額をパシンと叩いた。骨だけに、反響音がえらく響いた。


「しまった。それを言うつもりじゃなかった」


 おいおい、うっかりかよ。


「まあ、仕方ない。この世界担当の死神には悪いが……俺は俺で、生き延びる道を探したい」


 なんだよその逃げ口上。俺の家を使って、勝手にサバイバル始めるな。


 死神は空になったポテチの袋をひらりと捨て、すっくと立ち上がった。そして、唐突に宣言する。


「さて、腹ごしらえは済んだ。街に繰り出すぞ」


「は? 街?」


 まさかとは思ったが、死神は自信満々に頷く。


「この世界のうまいものを食べ尽くす。それが目標だ」


「いや、目標って……お前、さっきポテチ完食したばっかりだよな?」


「それは前菜だ。人間界の食文化は奥が深い。俺は死神として、この世界を理解する必要があるのだ」


 いや、観光客かよ。


「で、支払いは……?」


「貴様だ」


「俺、貧乏学生な? 財布の中、軽く風通しできるくらいスカスカだぞ?」


「ならば、寿命を伸ばす。それを担保にバイトでもすれば、金は作れる。人間社会は時間の対価で動いているのだからな」


 妙に論理的なことを言うな、この骸骨。


 ため息が、またひとつ。


「……もういいや。行こう、街」


 俺は上着を手に取り、玄関へ向かう。死神はというと、気軽に俺の後をついてくる。浮いてるような、歩いてるような、不思議な足取り。


「あ、そういや聞いとくけど。お前の姿、他人には見えないよな?」


「もちろんだ。人間の目には、俺の姿は煙のように映る。あー、そう、人間界でいうタバコの煙みたいなものだ」


「喩えが妙にリアルだな……」


 ドアを開けて、日差しの下に出る。いつもと同じ、少し埃っぽい街の匂いがした。


 その横には、骨のくせに満足げな顔(ないけど)をした死神が並んで歩いている。


「……さて。死神とのランチデート、いっちょ行ってみますか」


 俺は、自分でも信じられないくらい自然に、そんな言葉を口にしていた。

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