死神との同居。そんな経験をする奴なんて、そうそういない。というか、いたら人間社会はもっと混沌としてるはずだ。道を歩けば死神、コンビニにも死神、カフェで死神がラテを飲んでたら、もう終わりだ。
で、うちの死神はというと、リビングでくつろぎまくっている。ソファにだらしなく腰かけて、ポテチをポリポリ。指でつまんで、丁寧に口元まで運んでる。食う動作はなぜか丁寧。問題はそこじゃない。
俺はキッチンからその様子をじっと見つめ、思わずため息が漏れた。
「……死神さん。それ、俺の貴重なおやつなんですけど。あと、なんで野球観てる?」
テレビの音量はちょっと大きめ。実況アナが「打ったぁー!」と絶叫するたびに、死神の肩骨がピクピクと揺れる。どうやら興奮しているらしい。
「これ、面白いな」と、死神は無表情な頭蓋骨でのんきに答える。
なんというか、返す言葉が見つからない。怒りをぶつける気力も、途中でどこかに消えてしまった。骨相手にキレても、むなしくなるだけだ。
「……同居するのは、百歩譲ってよしとしよう。いや、やっぱ譲れないけど! でもな、俺のもの、勝手に使うなってば」
怒鳴るには微妙すぎる空気。殺気も湧かない。むしろ、妙に居心地よさそうにしてる死神に、こっちが生活を侵略しているような錯覚すら覚える。
そんな俺の視線に気づいたのか、死神はポテチの袋を小脇に抱えながら言った。
「ああ、悪かったな。だが安心しろ。俺は律儀だ。家賃は払う」
律儀な死神。矛盾しかないワードランキング第一位だ。
「……家賃って、お前金なんか持ってんの?」
「いや、そんな俗物は持たん。その代わり、貴様の寿命を延ばしてやる。一日暮らせば、一日分、寿命を加算する」
言いながら、ポテチをひとつまみ。バリッと音がした。
おい、それ、家賃と関係ないだろ。
だが、言ってることは――妙に説得力がある。なにせ相手は死神。寿命の管理なんて、彼らにとっては日常業務みたいなもんだろう。
「じゃあ、その理屈でいけば……ずっと一緒に暮らせば、俺、死なないってこと?」
そう言いながら自分でもゾッとする。永遠の命。子どもの頃は夢だった。でも現実に言われると、重い。
死神は「あ」と口にして、額をパシンと叩いた。骨だけに、反響音がえらく響いた。
「しまった。それを言うつもりじゃなかった」
おいおい、うっかりかよ。
「まあ、仕方ない。この世界担当の死神には悪いが……俺は俺で、生き延びる道を探したい」
なんだよその逃げ口上。俺の家を使って、勝手にサバイバル始めるな。
死神は空になったポテチの袋をひらりと捨て、すっくと立ち上がった。そして、唐突に宣言する。
「さて、腹ごしらえは済んだ。街に繰り出すぞ」
「は? 街?」
まさかとは思ったが、死神は自信満々に頷く。
「この世界のうまいものを食べ尽くす。それが目標だ」
「いや、目標って……お前、さっきポテチ完食したばっかりだよな?」
「それは前菜だ。人間界の食文化は奥が深い。俺は死神として、この世界を理解する必要があるのだ」
いや、観光客かよ。
「で、支払いは……?」
「貴様だ」
「俺、貧乏学生な? 財布の中、軽く風通しできるくらいスカスカだぞ?」
「ならば、寿命を伸ばす。それを担保にバイトでもすれば、金は作れる。人間社会は時間の対価で動いているのだからな」
妙に論理的なことを言うな、この骸骨。
ため息が、またひとつ。
「……もういいや。行こう、街」
俺は上着を手に取り、玄関へ向かう。死神はというと、気軽に俺の後をついてくる。浮いてるような、歩いてるような、不思議な足取り。
「あ、そういや聞いとくけど。お前の姿、他人には見えないよな?」
「もちろんだ。人間の目には、俺の姿は煙のように映る。あー、そう、人間界でいうタバコの煙みたいなものだ」
「喩えが妙にリアルだな……」
ドアを開けて、日差しの下に出る。いつもと同じ、少し埃っぽい街の匂いがした。
その横には、骨のくせに満足げな顔(ないけど)をした死神が並んで歩いている。
「……さて。死神とのランチデート、いっちょ行ってみますか」
俺は、自分でも信じられないくらい自然に、そんな言葉を口にしていた。