そんなこんなで、死神の要望に応じて、俺たちはいろんな店を食べ歩いた。ラーメンに、クレープに、唐揚げに、ソフトクリーム――思いつくまま、通りすがりに目についたものを片っ端から。もはやグルメツアーというより、胃袋に対する暴力だった。
今は、駅前のベンチで休憩中。死神はというと、「もう食えない」とぼやきながら、お腹のあたり――厳密には腹のあたりにあるはずの場所――をさすっている。骨に腹があるのかは謎だが、仕草はそれなりに人間らしく見えるから不思議だ。
「死神、そろそろ帰るぞ。これ以上、外にいてもろくなことなさそうだし」
財布も空だし、何よりこっちの体力がもたない。付き合いきれん。
そう言って立ち上がろうとしたところで、死神がぽつりと声を漏らした。
「なあ、渉」
――あれ?
いつもなら「貴様」だの、やたらと戦時中みたいな言い回しだったはず。名前を呼ばれたのは、初めてかもしれない。思わず振り返る。
「どうしたよ、改まって」
死神は、すっと右手を前に伸ばし、ある一点を指さした。その先には、見慣れたシルエット。都内、いや全国でも指折りの高さを誇る、あの巨大なタワーだった。
「……あそこに行きたい」
真顔というか、無表情の骸骨フェイスでそう言われると、冗談か本気か判断がつかない。
「えーと、どういうわけで? 観光? まさか、空から帰還命令が出てるとか?」
軽く茶化すと、死神は少しだけ眉――があれば寄せたかのような、曖昧な仕草をした。
「そりゃ、天国に近いからさ」
ぽつんと落ちた言葉に、一瞬、頭が追いつかない。
「お前の口から“天国”なんてワードが出るとはな……」
思わず苦笑してしまう。
「もしかして、天国に恋人でもいるとか? 別れの挨拶に行きたいとか?」
ちょっと茶化しが過ぎたかと思ったが、死神は静かに首を横に振った。
その仕草が、どこか寂しげに見えたのは気のせいか。
「違う。天国に近いということは、つまり……地獄から一番遠いってことだ」
その言い回しに、どこかで聞いたような既視感を覚える。映画だったか、小説だったか。それとも、ただの気のせいか。
「お前の生まれって、やっぱり地獄なんだよな?」
「当たり前だ。俺は正式な死神だ。派遣元は地獄だし、上司は鬼のようにうるさい。いや、比喩じゃなくて、本当に鬼だ」
と、溜め息まじりに愚痴る。どこの会社にもいるらしい、パワハラ上司。
「だからな、天国に近いところに行きたい理由は、ただ一つ。地獄の鬼上司を忘れられるからだ」
「……まるで、ストレス解消にドライブ行く会社員みたいなノリだな」
思わず笑ってしまう。死神って、こんなに人間くさかったっけ?
「ん? あれ、言ってなかったか?」
死神はコトンと首を傾け――って、骨のくせに器用に傾けるな――それから平然と爆弾を投下してきた。
「俺は、人間で喩えるなら、生まれたて。そうだな……年齢にして三歳くらいだ」
「…………」
言葉を失うとは、このことだ。開いた口が、完全に塞がらない。
三歳。そりゃあ、食欲に任せてあれこれ食うわ、言動が子どもっぽいわけだ。
まったく、どうしてこんな幼い死神がこの世界に来たのか、疑問は尽きないけど――。
「じゃあ、タワーに行きますか」
呆れ半分、諦め半分。それでも、俺の口から出たのは、そんな言葉だった。
死神は無言で立ち上がり、コクンとうなずく。その背中は、不思議と軽く見えた。