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第3話 駄々っ子な死神

 そんなこんなで、死神の要望に応じて、俺たちはいろんな店を食べ歩いた。ラーメンに、クレープに、唐揚げに、ソフトクリーム――思いつくまま、通りすがりに目についたものを片っ端から。もはやグルメツアーというより、胃袋に対する暴力だった。


 今は、駅前のベンチで休憩中。死神はというと、「もう食えない」とぼやきながら、お腹のあたり――厳密には腹のあたりにあるはずの場所――をさすっている。骨に腹があるのかは謎だが、仕草はそれなりに人間らしく見えるから不思議だ。


「死神、そろそろ帰るぞ。これ以上、外にいてもろくなことなさそうだし」


 財布も空だし、何よりこっちの体力がもたない。付き合いきれん。


 そう言って立ち上がろうとしたところで、死神がぽつりと声を漏らした。


「なあ、渉」


 ――あれ?


 いつもなら「貴様」だの、やたらと戦時中みたいな言い回しだったはず。名前を呼ばれたのは、初めてかもしれない。思わず振り返る。


「どうしたよ、改まって」


 死神は、すっと右手を前に伸ばし、ある一点を指さした。その先には、見慣れたシルエット。都内、いや全国でも指折りの高さを誇る、あの巨大なタワーだった。


「……あそこに行きたい」


 真顔というか、無表情の骸骨フェイスでそう言われると、冗談か本気か判断がつかない。


「えーと、どういうわけで? 観光? まさか、空から帰還命令が出てるとか?」


 軽く茶化すと、死神は少しだけ眉――があれば寄せたかのような、曖昧な仕草をした。


「そりゃ、天国に近いからさ」


 ぽつんと落ちた言葉に、一瞬、頭が追いつかない。


「お前の口から“天国”なんてワードが出るとはな……」


 思わず苦笑してしまう。


「もしかして、天国に恋人でもいるとか? 別れの挨拶に行きたいとか?」


 ちょっと茶化しが過ぎたかと思ったが、死神は静かに首を横に振った。


 その仕草が、どこか寂しげに見えたのは気のせいか。


「違う。天国に近いということは、つまり……地獄から一番遠いってことだ」


 その言い回しに、どこかで聞いたような既視感を覚える。映画だったか、小説だったか。それとも、ただの気のせいか。


「お前の生まれって、やっぱり地獄なんだよな?」


「当たり前だ。俺は正式な死神だ。派遣元は地獄だし、上司は鬼のようにうるさい。いや、比喩じゃなくて、本当に鬼だ」


 と、溜め息まじりに愚痴る。どこの会社にもいるらしい、パワハラ上司。


「だからな、天国に近いところに行きたい理由は、ただ一つ。地獄の鬼上司を忘れられるからだ」


「……まるで、ストレス解消にドライブ行く会社員みたいなノリだな」


 思わず笑ってしまう。死神って、こんなに人間くさかったっけ?


「ん? あれ、言ってなかったか?」


 死神はコトンと首を傾け――って、骨のくせに器用に傾けるな――それから平然と爆弾を投下してきた。


「俺は、人間で喩えるなら、生まれたて。そうだな……年齢にして三歳くらいだ」


「…………」


 言葉を失うとは、このことだ。開いた口が、完全に塞がらない。


 三歳。そりゃあ、食欲に任せてあれこれ食うわ、言動が子どもっぽいわけだ。


 まったく、どうしてこんな幼い死神がこの世界に来たのか、疑問は尽きないけど――。


「じゃあ、タワーに行きますか」


 呆れ半分、諦め半分。それでも、俺の口から出たのは、そんな言葉だった。


 死神は無言で立ち上がり、コクンとうなずく。その背中は、不思議と軽く見えた。


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