都内――いや、日本一高いタワーの展望台に到着したはいいものの、正直、することがない。
展望台の窓の向こうに広がる夜景は確かに綺麗だ。光の海がどこまでも広がっていて、まるで別の世界に来たみたいだ。だけど、景色というのは、誰かと共有してこそ価値が増すものだ。
その“誰か”がいない俺にとっては、ちょっと贅沢すぎる光景だった。
とはいえ、死神はというと、身体を霧のように煙状に変えて、展望フロアの天井近くをふよふよ飛びながら、はしゃいでいる。どうやらタワーの高さが相当に気に入ったらしい。周囲の人間には見えないようだから問題ないが、完全に子どもだ。三歳設定、伊達じゃない。
「もし、美穂がいたらな……」
ぽつりと独り言が漏れた。自然と、手すりの前で目を細める。
恋人が一緒なら、ここは絶好のデートスポットだ。夜景を見下ろしながら「あれ、浅草?」「あっちは新宿のビル群かな?」なんて会話をして、どちらともなくスマホを取り出して、ツーショットでも撮って……。
そんな空想が広がった瞬間だった。
「……あれ、渉?」
懐かしい声が、すぐ隣から聞こえた。振り返ると、そこには、まさかの人物――美穂が立っていた。
え、嘘だろ。
「こんなところで何してるの? まさか、浮気?」
細めた目が、少しだけ笑っているようにも見えるが、怒っている可能性もゼロではない。何より、このシチュエーションがまずい。死神と一緒に来てるなんて、口が裂けても言えない。
「いや、俺は死神と……じゃなくて……あー……なんでもない」
言葉を濁すしかなかった。言ったところで信じてもらえるわけがないし、「死神とデート中」なんて口に出した瞬間、頭のおかしい奴認定まっしぐらだ。
美穂は変わらず、ロングの黒髪を後ろでひとつに束ねている。その仕草も、横顔も、何も変わっていない。やっぱり、綺麗だ。改めてそう思う。
「あれ、あんたが美穂の恋人……?」
美穂の後ろから、別の女子が姿を現す。たぶん、友達だろう。明るくて気さくそうな雰囲気。まさか、彼氏連れじゃなくて本当に女子会だったらしい。浮気現場の修羅場にならなかっただけ、マシか。
「ふーん、そこそこイケメンじゃない?」
突然の評価に、思わず苦笑が漏れた。いやいや、初対面の人にそれ言う?
「じゃ、私はお邪魔みたいだから帰るわ。二人で楽しみなさい」
そう言って、彼女はにっこり笑って、その場をすっと離れていった。空気を読むのが上手いタイプらしい。ありがたいけど……いや、正確には「二人」じゃないんだけどな。三人です、三人。見えない死神込みで。
「ほう、彼女がいるのか。隅に置けないな」
どこからともなく、死神が現れた。相変わらず、骸骨の顔は無表情だけど、声だけは妙に得意げだ。
「まあ、邪魔はしないから楽しむといい。今後の参考にさせてもらう」
なるほど。地獄に戻ったとき、もし彼女ができたら、ここで得た“人間的なデートスキル”を披露するつもりか。だが、その前に上司の鬼から生還する必要がある。それが最大の難関だろうな。
それにしても――。
死神がいる中で、美穂との時間を楽しめるかどうかは別として。
よし、こうなったら――イチャイチャを見せつけて、デートの見本を見せつけてやりますか。