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決意と選択

琴葉は今回の戦いを通して、貴族として必要不可欠な力が自分には足りていないことを痛感した。それは「人と関わり、誰と手を組むか自分で判断し、操り操られる社会をうまく渡り歩く力」だ。これを人はコミュニケーション力と呼ぶようだが、中学校生活をぼっちで切り抜け、今も学園に入ることなく家庭教師とマンツーマンで学んでいる琴葉には全くないものだった。


戦いから1週間ほどが経った。珀も隼人も無事退院することができ、少しだけ安寧が戻ってきた。もちろん、事の中心にいた宝条家は辞退の収集に追われていたが。


琴葉も報告書の書き方を教わりながら神楽かぐらの様子を書き留めたり、宝条の上層部の会議に参加したりしていた。その間、琴葉は一つのことについてずっと悩んでいた。


だが、やっと何かを心に決めたようで、珀に声をかけた。珀は琴葉の決意を感じ取って、何か重要な話だろうと察し、使用人にバルコニーの席を用意させる。


「こうやって2人でゆっくり話すのは久しぶりだな。」


「そうですね。大変なことが起きたものですから……。」


珀が、そうだな、と言いながらふっと笑う。


「それに、このバルコニーで話すのは、婚約が決まった時以来ですね。」


「あれから何ヶ月だ、だいたい9ヶ月くらいか。早いものだな。」


「ええ、本当に。」


少しだけ沈黙が訪れる。お互いに沈黙が気まずいとは思わない。いつものことだからだ。


「珀様、私は来年度から、私立聖桜学園に編入したいと考えています。お許しいただけますか?」


琴葉が沈黙を破り、いきなり本題に入る。珀が目を少し見開いた。


「お前、大丈夫なのか?入りたくないから家庭教師をつけたのだろう?」


「ええ。以前は鈴葉すずはも在籍していたので、私が学園に通えば格好の的となることくらい簡単に予想できました。でも、すでに鈴葉は東北に飛ばされています。取り巻きの令嬢たちもそこまで学園での権力を持っていないことでしょう。美麗みれい様は学年も違いますし、今編入しても何も問題はないかと存じます。もちろん、腫れ物扱いはされることは覚悟の上です。」


真っ直ぐに珀の目を見て琴葉は続ける。


「今回の戦いを見て、貴族界を生き抜く術を身につけるためには、まず貴族と実際に関わって練習しなければならないと実感いたしました。それができるのは学園だと思います。だから……通いたいと思ったのです。」


そんな琴葉を見て、珀は静かに微笑む。


「お前は本当に努力家だな。わかった。編入手続きをしよう。だが……無理はしないでくれよ、俺の心臓が持たないからな。今回だって、倒れるまで神楽かぐらを踊り続けて、その後も熱があるのにもう一度舞うなんて無茶をあとから聞いて本当にヒヤヒヤした。」


「それは……珀様を助けたいと思って……。」


「いや、そうだよな。嬉しいよ、だが危ないことは極力しないでくれ……。」


心配そうに眉尻を下げる珀を琴葉は愛おしく思って、顔が綻んでしまう。


「わかりました。気をつけますね。」


「本当にわかっているのか……。まあいい、俺が守るからな。それと、聖桜学園の編入試験はそれなりに難しいと思うから、今のうちから対策を始めた方がいいぞ。来年度から入るならそこまで時間が残っていないからな。」


「そうですよね、私、頑張ります!」


珀が頷いて、沈黙が戻ってきた。


「そういえば、最近忙しくて全然聞けていなかったんですが、以前珀様は、私に初めて出会った時、ほのかに光を纏っていたとおっしゃっていましたよね。初恋の表現かと思っていたのですが、何か私の能力と関係しているのでしょうか?私が神楽かぐらを舞っているうちに、光の粒が立ち上って、最終的には一本の光の柱のようになったのですが……。他にも能力を発動できた時は必ず自分の体から光が出ているような気がします。」


少し驚いて珀がぽかーんと口を開ける。その姿が普段の威厳ある姿とは正反対でかわいく思えてしまう。


「お前、あれ表現だと思っていたのか?」


「え、ええ。随分とかわいらしい表現をなさるのだなぁと……。」


「お前……ポンコツにもほどがあるだろ……。」


「ええ!?」


ポンコツなどと言われるのは初めてだ。そうなのだろうか。


「あれは表現ではなく、実際に光が見えたという意味だ。俺にも詳しいことはよく分からないのだが、俺には琴葉が淡くて優しい光の粒を常に纏っているように見える。だが、どうやら俺以外には普段は光が見えないらしい。能力発動の時の光は他の人間にも見えるようだな。父さんが見たと言っていた。きっと、俺がお前を探していた頃、全く見つからなかったのは俺が光を纏っている女の子と言ったのが誰にも当てはまらなかったからなんだろう。」


「それは……能力同士が惹かれあっているのでしょうか?何か意味があるのでしょうか……。」


琴葉は少し不安になる。自分たちの出会いが何者かによって企てられた大きな計画の歯車の一つになっている、そんな気がしてしまったのだ。妄想が過ぎるかもしれないが。この愛は自分たちの意志ではないのか。


「分からないが、そんな不安そうな顔をするな。俺がお前に惚れたきっかけは確かに光を纏っているお前が美しいと思ったからだが、今はお前の全てに惚れている。安心しろ。この気持ちは嘘じゃない。」


この人はいつも欲しい言葉を欲しい時にくれる。相手の気持ちを、そして自分の気持ちまでも疑ってしまった自分が恥ずかしくなって、琴葉はティーカップを持ち上げた。誤魔化すように一口紅茶を口に含んで、ゆっくりとカップを置く。


「私も、珀様の全てを愛しています。」


少し頬を赤くしてこう言えば、赤く美しい瞳が温かい色をしてこちらを見つめ、柔らかいキスが唇に落ちてきた。


※ ※ ※


持っている情報を共有して整理し、今後の立ち回りに関して話し合うために、珀と琴葉は一緒に宝条の本家に来ていた。テーブルを囲んでいるのは、当主夫妻の一史ひふみ穂花ほのか、当主秘書の白井暁人しらいあきと、次期当主の珀と婚約者である琴葉、そして次期当主秘書の隼人の計6人である。


そういえば、隼人は病院で目が覚めてからあまり元気がないように見える。青色もずっと優れないようだ。もともとあのお調子者だ。隼人のテンションが低いと周りもそれにつられてしまう。


だが、琴葉が隼人を心配する発言をすると、


「隼人なんてどうでもいいから俺だけ見てろ。」


と珀に嫉妬されてしまうから、あまり口に出すことはできない。


今日もいつもより覇気がない隼人が気怠げに珀を眺めている。


「今日は集まってくれてありがとう!早速始めちゃおうか〜。」


一史がゆるゆると会議を始める。戦闘に関して、新たにわかったことやすでにわかっていることから推測できること、その証拠集めにやらなくてはならないことなど、議論はどんどん進んでいく。


琴葉は慣れない会議についていくので必死だった。


「結局まだ月城がバックにいる証拠は掴めていないんだよね?暁人くん。」


「ええ。私だけでなく、数人の精鋭諜報員を当てているのですが、何一つ証拠が残っておらず。魔形も全て回収されてしまったようですし。」


月城家が関わっていることは宝条の中ではほぼ確定事項だったが、それを証明する証拠が一つもないようでは、月城を摘発する大義名分がない。月城のやっていることに誰もが呆れつつ、その手腕には感心してしまう。


烏丸からすま家からはなんの情報も聞き出せなかったのですか?」


珀が宝条の末席の烏丸家について問う。宝条の新年会の時、烏丸家の烏丸晃司からすまこうじが廊下に落とした銀のバッジを見つけたのは珀だった。そのバッジには月城コーポレーションのロゴマークが彫ってあったのだ。間違いなく、烏丸は月城に買収されていた。


それ以来、暁人は部下を使って烏丸家を秘密裏に監視し、様子を見ていたのだが、特に妙な動きはしていなかった。戦いの時までは。


「バッジを使って脅したけれど、わかったことは本家の結界に外側から小さな綻びを作っていたことくらいだった。本家を襲撃してきた神楽家はそこから結界を壊して入ってきたんだね。」


「な!外側から綻びを作るなど……。」


結界に長けている白井家の暁人が目を見張る。宝条の本家に張ってあるのは防御の結界だ。それを外側からいじるのは至難の業である。


「確かに烏丸家は闇を操る能力者の家系だけど、それにしてもやっぱりおかしい。月城がなんらかの技術を以って手伝ったと考えるのが自然だね。今回、月城は様々な技術を見せてきたわけだし。」


部屋の空気が少し重くなる。実際月城は今回、月城魔形軍隊、能力者に別の死者の能力を付与する技術と最先端と言える技術を使って戦ってきたのだ。これ以上技術が進めば、この世はどうなってしまうというのだろう。


「でも、こうも考えられるよ。月城は技術を世に出していないわけだ。その高い技術力をもってすればよりよい社会が作れるというのに。だから、技術独占の証拠さえ掴んでしまえば、民意はこちらに傾くはずだ。まあその証拠を掴むのが難しいんだけどね〜。」


一史の意見にみなが頷く。月城の暴走をここで止めなければ、この世界は月城に支配されてしまうかもしれない。でも、今なら止められる可能性がある。今の一つ一つの選択に、日本の未来の命運がかかっているといえるだろう。


琴葉はその事実に身震いした。貴族のトップに立つということは、つまりそういうことなのだ。選択全てが民を動かす。普段勉強しているテキストではわからない責任を初めて目の当たりにした気がした。


「結局、烏丸家は自分の娘を珀くんのお嫁さんにしたかったみたいだね。月城に、協力したらそれを手伝うとか言われて、まんまと踊らされたらしい。でも、宝条に関して大した情報を持っていなかったからか、完全に信用されていないのか、あちら側の計画は一切教えてもらえなかったようだよ。だから僕らはなんの情報も得られなかった。」


新年会の時、烏丸家の娘に手洗い場で罵られたことを思い出す。あれはすでに裏切った後だったということか。


「沙汰はどのようにするのですか、父さん。」


珀の問いに、きゅっと真面目な顔になった一史が答える。


「そうだね、まだ決定じゃないけど、今後宝条を名乗ることを許さない、ということにしようかなと思っているよ。宝条を裏切ったんだから仕方ない。魔形討伐界隈からさらに人手が減るのは困るから、貴族としては扱うけど、それ以上の待遇は認めないかな。」


「一史さん、それは少し厳しいのではなくて?」


穂花が困ったように言う。きっと情が湧いてしまうのだろう。


「いや、裏切っただけならもう少し甘くても良かったのかもしれないけど、相手が月城だ。宝条を名乗っているのなら、月城側につくことの意味をもう少し考えるべきだったんだよ。こういうのはしっかり罰さないとね。」


「そう……ですわね。余計なことを言ったわ。」


一史は穂花に優しく微笑む。ほんの少しだけ部屋の雰囲気が緩んだ。


「一史様。今回の烏丸家の件、裏切りを持ちかけたのは月城家ということですよね。不可侵の取り決めを犯したとして月城を訴えることはできないのでしょうか。唯一証拠があるわけですし……。」


「いい視点だね、琴葉ちゃん。でも、ちょっと難しいかなぁ。烏丸家が裏切るという決断をした時点で、その点においては不可侵が無効になっていると考えるのが妥当だね。持ちかけられてすぐに烏丸家が上に報告していれば、不可侵で訴えることができただろうけど、もう遅いねえ。」


「そうですか……。」


琴葉は自分の不勉強を悔いる。貴族社会は複雑で難しい。


「とにかく、優先すべきは月城の技術力を証明する情報、今回の戦闘への関与の証拠を集めることだね。宝条、引いては日本のために、全力を尽くそう。」


一史の言葉で会議はお開きとなった。

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