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第3話「前よりずっと綺麗に取れてる」

時は現在に戻る。


さて、ここまで読んでくれたなら、一番気になる点があるだろう。

「一体、俺たちはどうやって“復讐”をしているのか?」

今回は、その一部始終を特別にお見せしよう。

目の前に転がっている、この人間のクズを使って、ね。


俺たちの復讐に欠かせないもの……それは兄・凛の能力だ。

兄は、生まれながらにして“ある力”を持っている。

それは、「相手に幻覚を見せる」という能力。

便利そうに聞こえるかもしれないが、いくつか致命的な欠点がある。

長時間は使えない。

一度使った相手には二度と効かない。

そして、決定的なのは――特定の場所でしか発動できない、ということだ。

その場所とは、兄の営んでいるアンティーク雑貨店、その地下にひっそり隠された“制裁部屋”。

だからこそ、まずターゲットをそこへ連れ込む必要がある。


その役目は、弟である俺、卯月 双の担当だ。

雑貨屋の店主、大学生、隣人、偶然の知り合い……その場に応じていくらでも顔を使い分ける。

あの手この手で相手の懐に入り込み、相手が警戒する前に、雑貨屋の地下にある“制裁部屋”へと誘導する。

地下へ続く古びた階段を降りた先、音も光も遮断されたコンクリートの密室。

そこに用意された頑丈なベッド――という名の拘束台に、ターゲットをしっかりと縛りつける。

逃げ場はない。

ここまで来れば、あとは兄の出番だ。

ターゲットが罵詈雑言を吐き出し、己の身を嘆き、命乞いを始める頃――凛は静かに能力を発動する。

相手の脳に直接、幻覚を叩き込む。

その“幻覚”が、なかなかエグいのだ。


せっかくだから、今回のターゲットについても紹介しておこう。

今、目の前で情けなく涙を流しているこの男――こいつは、個人経営の小さな飲食店に迷惑行為を繰り返し、それを“ネタ”にして動画を投稿していた最低の人間だ。

そのお店は、年老いた夫婦が細々と切り盛りしていた。

「少しでも多くの人に、温かいご飯を届けたい」

そんな思いで、低価格で料理を提供する、地域に愛される食堂だった。

だが、その優しさに、こいつは目をつけた。

わざと髪の毛を料理に入れたり、「汚い!」と大声で騒ぎ立てる。

「その髪の毛は自分のものではない」と必死に否定する店主に対しても、「名誉毀損だ!」と怒鳴り返す。

あげくの果てには、店の外で「この店は客を疑う悪質な店だ!」と、わめき散らす始末。

だが、誤算だったのは、その店が地域に愛されていたことだ。

近所の住民たちは夫婦をかばい、応援の声をあげ、客足はむしろ増えた。

それが、こいつのプライドを逆撫でしたらしい。

SNSで虚偽の投稿を繰り返し、炎上を誘導。

ネットの力を悪用して、次第にお店の周囲は荒れ始めた。

極めつけは、第二、第三の迷惑行為が広がり、ついには閉店へと追い込まれたのである。

もちろん、こいつは大炎上したが、本人は痛くも痒くもない。

むしろ、再生数やフォロワーが増えたことに、ほくそ笑んでいるようなクズだ。

「炎上こそ最高の蜜(ハチミツ)」だとでも思っているのだろう。


今ものうのうと次のターゲットを探しているようだが、その愚かな行為を発見した瞬間、俺の目の光は完全に消えた。

「ねえ。兄ちゃん、こいつ見てよ。次はコイツ、やりたいなー」

スマホの画面を見せると、兄は俺とまったく同じ目をしていた。

自分でもこういう顔をしていたんだろうなと客観視できるのは、双子ならではの特権だろう。

兄は、それはそれはとても穏やかに「いいよ」とただ一言答えた。

俺は、たった一人の人間の人生を壊すことなど微塵も気にせず、無邪気にガッツポーズを決めた。


そして、いつものように、こいつを地下へ連れ込んだというわけである。


「おい、俺なにもしてないんだよ!ちょっとした出来心じゃねーか。お前あのジジイやババアの孫かなんかか?」


自分で「なにもしてない」と言った次の瞬間には「出来心だった」と矛盾した発言。

さらに、あの老夫婦のことを自ら口に出してしまっている時点で、全部バレバレだ。

そんな矛盾にも気づけず、他人の痛みも、自分が何をしたかの重みも理解できない。

それほどまでに知能が低く想像力がないから、自分が行った行為の重さも人の痛みも理解が出来ないのだろう。


兄は、無言でそいつの目をじっと見据える。そこに感情などというものはなかった。ハウスダストよりも、この世にあるもの全ての中で最下層のものを見る目だ。


「救いようがない人間」


たった一言、静かに呟いたその瞬間――

兄の手が、男の顔にふわりとかざされた。

男の口が何か言いかけたまま、ふっと意識を手放す。


それと同時に、俺の目の前には“例の画面”が浮かび上がった。

テレビの液晶みたいなその画面には、今まさにこいつが見ている幻覚が映し出される。

この幻覚は双子である俺にしか共有されていない、特別な視界。

第三者には、何も映っていないらしい。


「今日はどんな内容にするの?」


俺が尋ねると、兄は静かにほほ笑んだ。


「ふふっ。さっき喚いてる時にね、すごく綺麗な歯だなって思ったんだ。それに、こいつに美味しくご飯を食べる権利なんて、もうないと思わない?人を傷つけることしかない口も要らないし。抜いちゃおうか…この歯、全部」


その言葉に俺はただ「確かに歯って結構お金になったし流石だなー」なんて思いながら、同意の意味で首を力強く縦に振った。

その様子を確認したあと、兄が指先に力を込めると、真っ暗だった画面に、じわじわと光と映像が広がり始める。


すると、男はだだっ広い野原に、たったひとりで立っていた。

周囲は草原だけ。何もない。

何が起きたか分からず、茫然としていた。


「なんだよ、ワケわからねーよ。さっきまで俺、知らねーやつに縛り付けられて…。っち。スマホも圏外かよ。おーい!誰かいねーのか!?」

焦りと苛立ちで、しばらく野原を歩き回るが、何も変わらない。

この幻覚は、兄次第でどうとでもなる。

虹を架けることもできるし、空から恐竜を落とすこともできる。

そして、時間を操ることも。

どうやら今回はこの方法を使うらしい。

目の前の映像では、太陽が昇り、沈み、月が顔を出す。

太陽が昇り、沈み、月が顔を出す。

それを何度も、何度も繰り返す。

俺たちの世界では10秒しか経っていなくても、こいつの中では“3日間”が流れた。

疲労と空腹で、男の動きが徐々に鈍くなっていく。

兄も俺も、段々と衰弱していく様子をただ見守っている。


「はら、へった……死ぬ……」


さらに、兄は5日分の時間を積み重ねた。

男は完全に動けなくなり、地面に倒れ込む。

その姿を合図に、目くばせをした。


「そろそろ、かな。いいよ、双」


兄が指先を動かした瞬間、画面の中に湯気の立つ“かつ丼”が現れた。

濃い茶色のソースと、ふわふわの卵…

空腹の人間にはたまらないご褒美だ。

男の目がギラつき、力なく這い寄って、かつ丼にかじりつこうとする。

「めし、めしだ……めしだぁぁぁああ!!」


掠れた声で叫び、口を大きく開けた、その瞬間。


――バキンッ。


俺は迷いなく、男の歯を一本、ペンチで抜いた。

「いでぇええええええええええええええええ!!!!!!」


画面の中の男が叫んでも、容赦なく、もう一本。

――バキンッ。


さらにもう一本。


――バキンッ。


「いでぇいでえいでええよぉおおおおおおおおおお!!!!!!」


――バキンッ。

――バキンッ。

俺は無心で、次々と歯を抜き続けた。


「案外、歯って多いんだよなー。あ、でもこの前よりも上手になって来たかも?」


無駄のない手つきで、血まみれの歯が次々とテーブルの上に転がっていく。

目の前の男は、幻覚の中で身もだえしているが、現実の身体はピクリとも動かない。

兄の能力の特徴の一つだ。

兄は“幻覚を見せる”だけで、直接的な肉体ダメージは与えられない。

例えば、やけどを負わせる幻覚を見せたとしても、現実の肉体にやけどを負わせることはできない。

だが、幻覚とは言え、肉体のダメージをそのまま幻覚の中で反映することができるのである。


幻覚を見せるだけでも多少の復讐にはなっているのかも知れない。

しかし、幻覚の中でだけもがいて終わるなんて、これでは到底、生ぬるい。

こんな中途半端な復讐の形を、俺たちが許容するはずなんてないのだ。

だからこそ、アナログだけど確実な手段――身体的な痛みを与えるのが俺の担当だ。


精神を壊すのが兄、肉体を壊すのが俺。


今までそうやってお互いに補って対応をしてきた。


すべての歯を抜き終えた頃には、男は幻覚の中で白目を剥き、口から泡を吹いていた。


双子の兄が、血のついた歯を一つずつ丁寧にティッシュで包みながら、ふと口を開いた。

「双、歯を抜くの、上手くなったね。前よりずっと綺麗に取れてる。……これなら、いい値がつくかも」


その言葉に、俺はどこか子どもじみた満足感を覚えながら小さくガッツポーズをした。


「やったー。ほんとはさ、このお金をお店の再建に使ってもらいたいって思ってたんだけど……もう、店じまいしちゃってるんだよね。でも、またこのお金で経営してくださいっていうのも何か違うよなー」


思い出したくもないSNSの投稿文が脳裏をよぎった。

長年ずっと大事にしてきたお店が、まさかこんな形で閉まるとはきっと夢にも思わなかっただろう。

老夫婦の心情をただ想像することしかできないが、その感情はきっとすがすがしいとは程遠いものだったのではないだろうか。


兄は静かに頷いた。


「そうだね。だけど、きっと使い道はあるはずだよ。お店を切り盛りしている間には行けなかった旅行とか趣味の時間とか、老後の暮らしにあててもらえたらそれだけでも十分だし。

もしもいつかお店を立て直そうとしたら、その時はまた俺たちも影から協力しよう」


そう言って、抜き終わった歯を2人で静かに見つめた。綺麗なお金じゃなくても、気持ち悪いと捨てられるお金だったとしても。

俺たちはただ、自分勝手に復讐をしているだけなのだと、改めて実感する。


「うん、そうだね!」


まるで目の前で人の人生を踏みにじったとは思えないような、他愛ない会話を俺たちは笑顔で続けた。


そして、抜き終わった歯茎の穴に、じっくりと瞬間接着剤を流し込んでいく。仮にも、インプラントなどを作成させないようにだ。

穴を塞ぎ、二度と人工の歯根すら入らないように仕上げる。


俺たちの復讐は、決して再生を許さない。

ちょっとやそっとのものでは意味がない。

すぐに他の何かで代わりのきくなんてことは、あってはならない。


痛みも、見た目の欠損も、生活の不自由も、全てまとめて一生の傷にしたい。

ただ殴ったり、ただ傷つけて"その場限り"で終わることがないように。


徹底的に、やり遂げるのが俺たちのやり方だ。

歯を全て包むと、兄はいつものトーンで声をかけた。


「じゃあ、双。俺はこっちをやるから、あとはいつも通りよろしくね」

「はいよ~!いくらになったか分かったらまた教えてね」

「もちろん。そういえば、ちょっとお腹もすいたね。もうこんな時間だし、今日は夜食食べちゃおうか」

「よっしゃー!俺、兄ちゃんが作ったトマトとベーコンのホットサンドがいい!」

「いいよ。作って待ってるから」


兄のホットサンドが食べられると聞いて、俄然やる気が出る。

目の前には、白目を剥いてぐったりと横たわる男。呼吸は浅く、歯が抜かれた口元からは血と唾液が混ざった液体がだらしなく垂れている。


さて。こいつを“いつも通り”地上に戻さなくては。


夜も遅い時間。

外を歩けば、街の光や人々のきらめきに目を細めたくなってしまうだろう。

多くの人が笑いあい、愛し合い、自分の居場所を求めてる。


そこに、俺たちの居場所は決してなかったとしても。

今夜も、明日も、明後日も。

俺の帰る場所は、兄ちゃんの隣さえ、あればいい。


「ホットサンド、楽しみだな」

そう呟いて、俺は男を肩に担いだ。

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