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第2話 「落ちぶれろよ、お前が。」

「こんなことしてる俺らが言えたことじゃないけどさ、いつかそれが完成すると良いなぁ」

「そうだね」


互いに微笑みあい、ぴたりと同じタイミングで白米を口に運ぶ。

俺たちのしていることは、慈善事業なんかじゃない。

けれど、その先に“誰かの救い”があるのなら、素直に嬉しいと思うのだ。

いつかテレビのニュースで、「義眼で視力が回復した」なんて報道される日が来ることを、今は楽しみに待ちたい。


そして、ふと、あの時のことを思い出し、軽い口調で兄に話しかける。


「それにしても、本当はあの時片目だけの予定だったのに、両目抜いておいて良かったかもね」

「あぁ、そうだね」

「あの時の兄ちゃん、すごかったなぁ」


俺はその言葉に眉一つ動かすことなく、目玉焼きの黄身に穴をあける。

プツっという小さな音を立てて溢れだす黄色い物体に、上からソースを垂らしていく。どんどんと茶色くなっていくそれは、もう食べ物には見えない得体の知れない何かに見えた。

この瞬間が、いつも見ている復讐の一部の様で、謎の興奮を覚える。


前回のターゲットは、つい先日この地方で起きた、ある痛ましい事件の犯人だった。


被害者は、小学三年生の女の子。

下校中、突然現れた男に傘で顔を殴られた。

その衝撃で、網膜を損傷。

幸い失明には至らなかったものの、視力は著しく低下し、もう元には戻らないと言われていた。


そのニュースを見たときの兄の表情は、今でも忘れられない。

いつもの穏やかな雰囲気が一気に消え失せ、氷のような、冷たい怒りが滲んでいた。


「……こいつ、次のターゲットな」


そう言った兄の声には、言葉そのものが凶器になっているような鋭さがあった。


俺はただ、静かに頷いた。

それだけで、十分だった。


そこからは、いつもの手筈通り。

あらゆる手段でターゲットに接触し、慎重に、確実に、制裁部屋へと導く。

そして、“いつもの方法”で復讐をしていた。


そこまでは、順調だった。


だが──問題は、その後だった。

あの事件がきっかけで自分がこんな目に遭っていると勘付いた犯人は、


「そ、そんなつもりじゃなかった! 驚かせようとしただけなんだよ!」


そう言って、必死に叫び続けていた。

悪意がなかったんですね。じゃあ解放します。

……なんて、なるはずがないのに。


その言葉は寧ろ逆効果で、薄汚い口から唾を吐きだす姿に、兄の目から、情というものがスッと消えたのを感じた。


次の瞬間、兄は無言でその両目をくり抜いた。

一切のためらいも、戸惑いもなかった。


犯人が上げる悲鳴の中、兄の手は、さらに“その先”を求めて動こうとしていた。


──このままじゃ、命まで持っていってしまう。


そう思った俺は、慌てて兄を止めに入った。


俺たちのルールはひとつ。

あくまで「生きて」返すこと。

それだけは、決して破ってはいけないことだったから。


すんでのところで兄を止めて、急いで復讐を終える。

クズの命などどうだっていいが、兄が命を殺めるのだけは回避したかったので、冷や汗をかきながらもホッと胸をなでおろす。


握った手はかすかに震えていて、どれだけの怒りを込めていたのかは想像しなくてもすぐに分かった。

その手を下ろさせるのだって、本当は嫌だ。

それでも、兄は一言「ごめん」と呟き、“いつもの方法”でクズを街へと返した。


久しぶりにヒヤッとした一日だったが、何はともあれ、終わり良ければすべて良しだ。


ご飯も食べ終わり、ふたり揃って「ごちそうさま」と手を合わせる。

椅子を引き、立ち上がろうとしたとき、兄がふいに声をかけてきた。


「双」


「ん? どうしたの?」


「残ったお金は、いつも通り俺らの生活費以外は」


「あぁ、もちろん。近いうちに、あの子の家に渡すよ」


「……ありがとう。いつも助かる」


兄は安堵したように微笑んでから、足元に置いていたカバンを開き、封筒をテーブルの上に丁寧に置いた。


このお金は、言うまでもなく、あの男の目玉を売って得た報酬だ。

封筒の重み、厚み、テーブルに置く音。

それだけで、そこそこの金額であることがわかる。


俺たちには、信頼できる仲介人がひとりいる。取引においては、いつもその人物を経由してやりとりしている。


そしてこの金は、最低限の生活費を差し引いた残りは、すべて被害者のもとへと渡す。それが、俺たちのやり方だ。


言い出したのは兄だった。でも俺も、その考えには一切の異論がない。店のことや諸事情で融通が利きにくい兄に代わり、俺がこの役を引き受けたのである。


「このお金で、あの子の視力が戻るわけじゃないけどさ。せめてこれからの通院費の足しとか、何かに役立ててもらえたら嬉しいよね」


「……うん。そうだね。」


そう言いながら、脳内ではさっそく“今回の受け渡し作戦”を練り始める。


その日の夜、俺は丁寧に封筒へ入っている現金を、さらに別の厚紙封筒へと包み直した。封筒の表には一切差出人を書かず、裏面にも何の記載もない。ただ、中には白い便箋が一枚。


内容は、こんな感じだ。


【突然のご連絡、どうかお許しください。

私は、ニュースでお嬢様の件を知り、胸を痛めた一人の市民です。

ニュースで見たお嬢様のお姿が、以前に通学路で見たことのある女の子だったので、とても驚愕いたしました。

このような形でのご連絡が失礼であることも承知の上ですが、今回の件を知ってからというもの、何もせずにはいられませんでした。


わずかばかりではありますが、同封の支援金をお納めください。お嬢様の今後の通院や、生活の中で必要な支えになれば幸いです。


どうかお身体を大切に。あなたとお嬢様のこれからが、少しでも穏やかでありますように】


書き終えて、緊張から解かれたように一つ小さなため息をつく。

文字はPCで書いてしまうとかえって怪しまれるので、毎回色々な人間の文字を引っ張り出してマネをする。


一文字一文字、癖を抑えて、年齢も性別も分からないような無味な文体で。

今回は老人の設定なので、しなやかで流暢な文字だ。

まるで、どこにでもいるけど、どこにもいない人間のように、俺たちは姿を変える。


そして、これを俺が老人に変装して女の子の家へと渡しに行くのだ。無言でポストに入っていても怪しまれるだろうし、警察にでも届けられたら余計に面倒なことになる。


直接話しても面倒ごとになるリスクはあるが、幸い俺は口がうまい。今までこの作戦が失敗したことは一度もない。


ちなみに、俺の変装も今までバレたことはない。いや、これについてはバレるはずがない。


あの“兄ちゃん”がいれば、俺はいつだって無敵だ。


「よし。明日これを渡しに行ったら、今回のミッションは終わりだな」


女の子からも、家族からも、何の見返りもいらない。ただ、それでいい。


俺たちの信条は、ただ一つ。


「悪い奴には地獄を。良い奴には花束を」


まぁ、いわば「目には目を、歯には歯を」的なアレだ。

この世には、悪いことをしても何の報いも受けずに、のうのうと生きてる奴が多すぎる。

だからそういう奴には、ちゃんと“痛い目”を見せていこうぜって話。


たとえば——いじめ。

何でいじめられた側が、転校したり、外に出られない生活を強いられて、いじめた奴は、何事もなかったように学校に来て、その先の人生も、まるで"キラキラした青春してます"みたいな顔して歩いてるんだろうな、って思う。


いじめられた子は、何年経っても心に傷を抱えて生きてるのに、SNSを開いたら、加害者が平気な顔して笑ってる。彼氏できました♡ とか、成人式出ました☆ とか、もう、うんざりする。


そのたびに思うんだよ。


「落ちぶれろよ、お前が。」


まぁこれは、ほんの一例に過ぎない。この世界には、被害者だけが損をして、加害者が何も失わずに済む話が、腐るほど転がってる。

だからこそ俺たちは、そういう“落とし前”をきっちりつけるために、この“復讐代行”の仕事を始めた。


慈善事業なんかじゃない。


ムカついたから、殴りました。

許せないから、奪いました。


俺らがやりたくてやってる、最強のエゴ。


あ、「だったら“良い奴には天国を”じゃないのか?」って思った?


それは無理な話だ。さっきの女の子の話でいえば、あの子の目や心についた傷は、もう戻らない。この世に等価交換なんて、最初から成立しない。


俺たちは天国を与えるなんてことはできない。それはおこがましいし、傲慢だ。せいぜいできるのは、花束を渡すことくらい。

ちなみに、何で花束かっていうと、花束っていうのは、プロポーズに使ったり、記念日に贈ったりもするけど、相手によっては「花瓶ないから困る」とか、「虫寄ってくるから嫌だ」とか、迷惑になることがあるから。


つまり、俺らの“行動”もまた、ただの押しつけってこと。


それでも渡す。それが俺たちのやり方だ。


改めてその思いを心臓に強く刻み、ぐぐっと背伸びをする。背骨がパキッと鳴った。


ふと目に留まったのは、壁の隅。いつの間にか、小さなシミのようなものが出来ていた。手近にあったウェットティッシュで軽く拭ってみる。

少しだけ、薄くなった気がした。


「この世の汚れも、こんなふうに簡単に落とせたらいいのに」


ぽつりと柄にもないことを呟く。それが出来ないのを、痛いほどもう知っている。


だから俺たちは、自分の手を汚す道を選んだ。



最初に言ったよな。


この物語は、アンチヒーローになりたかった双子の話だ。


もう元には戻れないと知っていても、それでも中指を立てて歩き続けた俺たちの話。


よかったら、最後まで付き合ってよ。


コーヒー牛乳でも飲みながらさ。


——物語はまだ、始まったばかりなんだから。


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