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廃都の語り部
廃都の語り部
武藤勇城
歴史・時代外国歴史
2025年06月16日
公開日
3,333字
連載中
遠い古、地球上に存在していた様々な『エルフ』種族達も、今や絶滅危惧種。流浪の末に日本へ辿り着いた、最後の生き残り、年老いたハイエルフの話を聞いてみましょう。 ノベルアッププラスで行われていた「エルフ短編小説コンテスト」参加作品 https://novelup.plus/event/short-contest-elf/ 2025年6月17日~19日 毎日 6:10 更新予定 全3話 各話3333文字 合計9999文字

廃都の語り部 上 遠い過去を語りますぢゃ。

 世界樹は雪人ゆきびとと共に生まれ、かてと成らん――

 雪人は世界樹と共にりて、其の地を守らん――

 世界樹が滅びしとき、雪人が新たな命を繋がん――

 雪人が滅びし刻、世界樹が新天地へと導かん――



 こそ御婆おばばの語るの場所へ御越し下さいましたなあ。

 今から、遠い過去を語りますぢゃ。

 其れは遠い、遠いいにしえ、太古の昔の物話ですぢゃ。


 此の世界には、数多あまたの種族が棲息して居りましてなあ。

 砂の上で陽光に身を焦がす闇人やみびと

 森の中で常時自然と共に在る森人もりびと

 雪の下で吹雪の酷寒冷風も愛す雪人。

 山の上で天高くへ遠吠えを続ける獣人。

 水の中で弄ばるるがまま激流に身任す魚人ぎょじん

 雲の下で風をまとい遥か地上を遠望する鳥人ちょうじん

 互いに交わる事無く、争う事無く、棲み分けして居りましたのぢゃ。

 中でも闇人、森人、雪人。

 此の三種族は、大別すれば同じ種族ですぢゃ。

 御婆と同じ、『エルフ』とも呼ばれる種族なのですぢゃ。


 森人。

 これが恐らく、一般的に『エルフ』とわれて想像する者の姿ですぢゃ。

 此処ここに居られる多くの方と同じ肌の色、しくは淡い小麦色、金色こんじきの髪、薄い色の瞳。

 体は華奢きゃしゃで上背はやや低く、成熟した男性でも日本の学生より小柄ですぢゃ。

 女性ともれば、日本で謂う小学生、若しくは其れより若年じゃくねんにも見紛みまごう程ですぢゃ。

 樹々の上、うろの中。

 う謂う場所を寝床ねどことし、木の実や果実、草をんで暮らして居りましてなあ。

 近現代で謂う「草食系」「べじたりあん」「ヴぃーがん」なのですぢゃ。

 荒れぬ様に森を管理し、一度ひとたび荒れれば補修しながら、其処そこに棲まう生物と共存共生し、仲良う暮らして居りましたのぢゃ。

 森の守り人、と謂う意味を込めて、森人、又は守人もりびととも呼ばれて居りましたのぢゃ。


 闇人。

 是は近現代では、『ダークエルフ』と呼ばれて居る者の姿ですぢゃ。

 肌は褐色、若しくは其れより尚一層太陽に焼かれた焦茶色、漆黒の髪、深い黒色の瞳。

 森人とは正反対で、体格は優れて居り、闇人の最も小さき者でも日本に居る誰よりも巨躯きょくでしょうなあ。

 身の丈のみに留まらず、肉体の質も極めて優れて居りますぢゃ。

 力は強く、足は速く、視力は良く、近現代で謂う「ふぃじかるもんすたー」なのですぢゃ。

 光と炎と熱に強く、灼熱の太陽光の下で苦も無く暮らして居りましてなあ。

 是も森人とは正反対で、砂漠に棲息する鳥や獣や虫、何でも喰らう「肉食系」なのですぢゃ。

 其の所為せいか、森人とは互いに反目し合い、仲良く行動を共にする等、滅多な事では有り得ませぬのぢゃ。

 人の死を扱う事も多う御座いましてなあ。

 死を司る者とも伝わって居りますぢゃ。

 全身黒の姿、其の見た目から、闇人、又は病人やみびととも呼ばれて居りましたのぢゃ。


 雪人。

 是は御婆と同じ、北の大地、雪山の中で暮らす希少種の姿ですぢゃ。

 一部では、『ハイエルフ』と呼ぶ者も居りますぢゃ。

 肌は雪の如く透き通った白色、肌と同じ白金色の髪、薄い白黄緑色の瞳。

 森人も闇人も、長命種で数百年の刻を生き永らえますがなあ。

 雪人は其れより更に長く、中には千年を超える刻を生きる者も居りますぢゃ。

 く謂う御婆も、今年で六百九十八歳ですぢゃ。

 最早ろくに動けぬ、老いさらばえた御婆の肉体ですがなあ。

 未だ命の炎が燃え尽きては居りませぬのぢゃ。

 しかし森人や闇人で或れば、うの昔に命尽き、其の儘森の一部に成るか、砂の下に埋もれて居るか。

 特に命短き闇人なら、埃及えじぷと木乃伊みいらに成って居る頃でしょうなあ。


 森人も闇人も元々個体数が少なく、繁殖力の面では人間を含めた他種族に遠く及びませぬ。

 雪人は、其れより更に個体数が少のう御座いましてなあ。

 繁殖力も極めて低い種族ですぢゃ。

 其の雪人には、生まれ持った使命が有りますぢゃ。

 雪人が誕生すると、御祝いに一本の世界樹の苗が贈られますぢゃ。

 此の世界樹も極めて希少でしてなあ。

 種子は有れど発芽する事は殆ど無く、枝葉を分けて増やす事も出来ませぬ。

 其れなのに雪人が誕生する年には、不思議と一粒の種が、必ず芽吹きますぢゃ。

 一三二七年、御婆の誕生した年も同じでなあ。

 嗚呼ああ、其の話をする前に。

 其れより昔、御婆が生まれる前、雪人の間で語り継がれた古代の御伽噺おとぎばなしをしましょうかなあ。


 近現代迄伝わって居る北欧神話。

 是に関して、今、御婆から説明する必要は御座いますまい。

 実際の雪人とは懸け離れた姿の伝承ですがなあ。

 御婆自身の話は後でします故、其の前に説明するのは野暮ですぢゃ。

 然し乍ら、古代埃及で伝わる話には少々口を挟みますぢゃ。


 アヌビス。

 此の名前を聞いた事は御座いますかなあ。

 埃及神話に登場する、狼、若しくは山犬の頭、黒き肉体を持つ、冥府の神とされて居りますぢゃ。

 死者の心臓の重さを量る、審判の間迄案内する役目を担って居ると伝わって居りますぢゃ。

 此のアヌビスの伝承の基に成ったのが、闇人ですぢゃ。


 エルフの最大の特徴が、長い耳ですぢゃ。

 御婆の耳も、ほれ此の通り。

 長く、鋭く、尖って居りますぢゃ。

 長い耳を持ち、全身漆黒の姿をした闇人。

 其れが人から人へ伝聞し、悠久の刻を重ねる間に、次第に変化して狼や山犬の姿に成ったと謂う訳ですぢゃ。

 人間よりも遥か長い刻を生き、人の死と生のはざまを何度も往復し、多くの偉大なる王を見送った闇人。

 ぢゃから死を司る病人やみびととも呼ばれたのですぢゃ。

 死者の肉体を木乃伊と化すすべも、闇人の間に生まれ伝わった秘術ですぢゃ。


 数千、数万。

 数多の人間達を先導し協力し乍ら、巨躯と怪力を活かして金字塔ぴらみっどを打ち建てたのも闇人ですぢゃ。

 此の刻ばかりは、仲の悪い森人も手伝いに動員されましてなあ。

 力は無く鞆知恵有る者として、各所で指揮監督し、大層役立ったと聞き及んで居りますぢゃ。

 左うした功績が認められ、闇人森人が揃って壁画に描かれ、伝説として遺されたのですぢゃ。

 闇人がアヌビス。

 其の対と成るバステトが森人ですぢゃ。


 犬猿の仲等と申しますなあ。

 犬と猫も普段は大層仲が悪く、自然の中で出会わば常に喧嘩と縄張り争いを繰り広げますぢゃ。

 斯様かような部分も取り入れたのでしょうなあ。

 闇人と森人の対比。

 闇人が耳の長い犬なら、森人は耳の長い猫。

 左う謂う風に壁画に描かれ、人の世には犬の頭のアヌビス、猫の頭のバステトとして伝え広まったのでしょうなあ。

 御婆は直接、其の様子を見ては居りませぬ。

 然し乍ら、実際の話と、近現代に遺る伝承、其処から逆算して考えるに。

 当時、闇人と森人が喧喧囂囂けんけんごうごう、言い合い喧嘩し乍らも、根底は同じ仲間同士、一つの果て無きおおきな目標に向かい、肩を並べ邁進して居た姿が目に浮かびますぢゃ。

 実に興味深いと、御婆は左う思う処ですぢゃ。


 御婆と雪人の話に戻りますぢゃ。

 雪人は森人と同じく、自然を愛し、殺生を嫌いますぢゃ。

 動物の命を頂く事無く、生まれた刻に贈られる世界樹の実と雫が主な栄養源ですぢゃ。

 日本には、霞を食べると謂う言葉が有りますなあ。

 仙人が殆ど飲まず食わずで生きて居る様を表す言葉ですぢゃ。

 御婆と共に暮らして居た雪人は、其の言葉通り、僅かな食で永く健康に暮らして居ったのですぢゃ。


 左う左う、日本の有名な「あにめーしょん」にも、其の様な仙人が居りましたなあ。

 確か「どらごんぼーる」と謂う「あにめーしょん」で、「かりんさま」と謂う名前でしたかなあ。

 其の生き様は、雪人の生活に極めて近しいですぢゃ。

 世界樹の下で、世界樹の恵みで生きる雪人。

 高い塔の上で、仙豆を栽培し生きる「かりんさま」。

 其れは丸で、御婆雪人の暮らしを描いた斯の様ですぢゃ。


 話が脱線しましたなあ。

 雪人は生涯を通して、世界樹一本分の恵みだけで十分、暮らせますぢゃ。

 其れ故、周囲の動物とは、棲む場所も食べる物も、争い奪い合う必要が無いのですぢゃ。

 逆に雪人以外には、世界樹の恵みを享受出来ませぬ。

 世界樹の実も、世界樹の雫も、常人や動物が口にすれば命が有りませぬ。

 雪人に取っては此の上無き御馳走でも、其の他の動物の胃袋には過ぎたる負担と為り、悶え苦しんで絶命に至りますぢゃ。

 左う謂う悲劇が大昔に幾度となく起きましてなあ。

 二度と悲劇が繰り返されぬ様、太古の雪人は防止の為の秘術を編み出したのですぢゃ。

 近現代で社、知る人が増えましたなあ。

 光の屈折を利用し、瞳に映らぬ様に為す秘術ですぢゃ。

 うして雪人は、人間の目から隠れ、世界樹を護りはぐくみ乍ら、永劫の刻を暮らして居りましたのぢゃ。

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