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第8話


「涼太、嫌がってた割にはノリノリだったね。最終的には俺よりも前のめりになってお寺巡りしちゃってさ」


 いくつものお寺を巡った後、入った喫茶店で神霧君が苦笑した。


「僕が嫌がってたのは修学旅行を当日キャンセルしたという部分ですから。鎌倉でお寺巡りをすること自体は嫌がってませんよ」


 神霧君がコーヒーを飲みつつ雑談モードな一方で、僕はテーブルの上にもらってきたお寺のパンフレットを並べながら今日一日の観光を整理していた。


「最初に行ったのは長谷寺で、そのあと鎌倉大仏を見て、銭洗弁天でお金を洗って、鶴岡八幡宮を見て、建長寺、円覚寺。無計画で来た割にはいい感じに巡れましたね」


「体力が無いはずの涼太がいつまでも歩き続けるからビックリしたよ」


「もしかして神霧君、疲れちゃいました? すみません、もっと早く休憩を入れるべきでしたね」


「平気だよ。昼食を食べるときに休憩したから。俺じゃなくて涼太のことが心配だっただけ」


 言われてみると、なんだか足が重いような気がしてきた。

 明日は筋肉痛になるに違いない。

 早朝に全力ダッシュをして、鎌倉に移動をしてからは歩きっぱなしだったのだから、当然か。


『ここで、今入ってきたニュースをお伝えします』


 そのとき、喫茶店に設置されたテレビから、キャスターがニュースを読み上げる声が聞こえてきた。


 どこかで大きな事件でもあったのだろうかと顔を上げると、テレビにはよく知る文字が並んでいた。


「えっ……バスが事故を起こしたって……あれ僕たちの乗る予定だったバス、ですよね? 僕たちの通ってる高校名が書かれてますし……そんなまさか。じゃあ、みんなは!? みんな事故に巻き込まれたってことですか!?」


 取り乱しつつ神霧君の顔を見ると、彼は驚くほどに冷静な表情でテレビを見ていた。


「そうだろうね。バスに乗る全員に黄泉の手が伸びてたから」


「そうだろうねって……神霧君はこうなることを知ってたんですか!?」


 思わず神霧君に向かって叫んだ。

 しかし彼に動じる様子はない。


「俺には死に方までは分からないよ。でもクラス全員に黄泉の手が伸びてたってことは、バスに何かが起こる可能性が高いとは思ってた」


「そんな……それならどうしてみんなを止めなかったんですか!? 死ぬと分かってたのに!」


 もしもバスが事故に巻き込まれることを伝えていれば、未来は違っていたかもしれない。

 そう思って神霧君に詰め寄ると、神霧君からは冷ややかな視線が返ってきた。


「どうやって止めるの? 俺が『そのバスに乗ったら死ぬよ』って言ったら、みんなが修学旅行をやめてくれたとでも?」


「それは……そうですが……」


 一生徒の根拠の無い言葉で、高校が修学旅行をやめてくれたとはとても思えない。

 そのことを理解しているのだろう神霧君が、静かに告げた。


「俺の手で出来ることなんて、ほんのわずかなんだよ。たとえば涼太をバスに乗せないようにすることくらい」


「そ、それでも! みんなに注意をすることは出来たはずです! それなのに、神霧君はそうしなかった!」


 僕はなおも食い下がった。

 だってこの結果はあまりにも甚大すぎる。

 出来ないだろうからと簡単に諦めていいものではなかったはずだ。


「どうしてみんなを見捨てたんですか、神霧君!?」


 非難するような僕の言葉に、神霧君は一言で答えた。


「俺には涼太さえいれば良かったから」


 …………は?

 僕がいれば、それで良かった?

 そんな理由で、クラスメイト全員の命を簡単に諦めた?


 僕には到底理解できない考え方だ。

 助けられるかもしれない命を、そんな風に簡単に諦めるなんて。


 黄泉の手は神霧君が引き寄せたものではないのだろうけど、それでも神霧君には黄泉の手が視えていた。

 クラスメイト全員に忍び寄る黄泉の手が!

 それなのに、それを無視して何も告げずに見送るなんて。

 黄泉の手が伸びていたのは、知らない相手ではなく、一緒の教室で学んだクラスメイトだったのに!


「……そんな風にみんなを切り捨てられるなんて、神霧君は人間ではありません。不思議な力を持ってるからではなく、考え方が人間とは思えません」


「人間じゃない、か」


 神霧君は自身の手を顔の前に掲げながら、その手を眺めた。


「ずっと黄泉の手を視てるうちに、俺も黄泉側になっちゃったのかな。自分と自分の大切な人以外の死を止めようとしない程度には」


 ……そうか。

 神霧君は黄泉の手によって人の死に触れすぎたために、感覚が麻痺してしまったのだ。


 町を歩けば何百人もの人間とすれ違う。

 その中には黄泉の手が伸びている人もいることだろう。

 ああ、この人は死ぬんだ。

 きっと神霧君はそう思いながら日々を生きている。

 神霧君にとって『死』は、僕とは比べ物にならないほど身近なものなのだ。


「涼太とは仲良くなれたと思ってたのに。涼太に人間じゃないと言われるとはね。残念だよ」


 立ち上がって僕のもとから離れようとする神霧君の腕を掴んだ。


「神霧君……ううん、零君!」


「俺の名前」


 突然腕を掴んで下の名前を呼ぶ僕に、神霧君は目を丸くした。


「僕はもっと零君のことを知らなければならないんだと思います。君のことをきちんと理解するために。だから、これからも一緒にいてください!」


 僕はもっと神霧君のことをよく知って、彼の苦悩を共有したい。

 黄泉の手の秘密を打ち明けてもらった僕には、それが出来るから。

 神霧君の苦悩を理解したいと、僕がそう思ったから。


「……俺と一緒にいたら、涼太まで黄泉側になるかもしれないよ?」


「いいえ。逆に僕が零君をこっち側に連れ戻します。僕にそんなことが出来るかは正直分かりませんが、零君がいなくなるのは嫌なので!」


 それにたぶんだけど、僕は黄泉側にはならない。

 だって僕は、普通ではなくなりたい、どこまでも普通の人間だから。

 黄泉側の人間だなんて、そんな他の人と違う人間にはなれないから。

 だからこそ、僕には神霧君を人間側に引っ張ることが出来る。


「涼太、君は」


「一緒にただの人間になりましょう!」


 僕は一度神霧君の腕を離すと、離した手で神霧君と握手をした。

 きつく、かたく、この手が離れることのないように。


「……きっとどっちへ行ったとしても、君と一緒なら大丈夫だね」


 そう言って、神霧君が微笑んだ。


 テレビでは、バス事故の続報が流れていた。







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