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第7話


「ゼエゼエ……神霧君、どういうことですか!?」


 先生が追いかけて来ていないことを確認した僕たちは、見つけた公園でぐったりとしながら休憩をとった。

 僕が地面に寝転んでいる一方で、神霧君は座って休んでいるだけだけど。


「涼太、苦しそうだね。運動不足なんじゃない?」


「確かに運動不足なことは否めないですけど……って、そうじゃなくて! どうしてあんなことをしたんですか!?」


 僕が非難めいた口調で言うと、神霧君が申し訳なさそうに頭をかいた。


「もしかして涼太は京都が楽しみだった? それとも奈良が気になってた?」


「どちらも人並み程度には楽しみにしてましたよ。神霧君と一緒にお寺巡りをしたり、鹿に鹿せんべいをあげたり……」


 僕の言葉を聞いた神霧君は、ぽんと手を叩いた。


「じゃあこれから二人で鎌倉にでも行こうよ。あそこにもお寺があるでしょ。鹿は、動物園? あー、さすがに一日で両方は行けないか。とりあえず今日はお寺巡りでいい?」


「そうじゃなくてですね。修学旅行を当日キャンセルするなんて、帰ったら相当怒られるでしょうし、それに……あ、愛の逃避行だなんて。修学旅行から帰ってきたみんなに何を言われるか分かったものじゃないですよ!」


 僕は神霧君のことが好きだけど、別にそういう意味で好きなのではない。

 友人として好きなのだ。

 そりゃあ神霧君くらいのイケメンが相手だったら、そっち方面に興味の無い僕でもなんかイケそうな気はするけども。


 複雑な想いを抱えながら神霧君を見ると、僕と目の合った彼が微笑んだ。


「気にしなくても大丈夫だよ。だって……」


 ああ、駄目だ。

 一度そういう目で見てしまうと、途端に神霧君が色っぽく見えてくる。

 走ったせいで上気した顔も、汗で肌に張り付く髪も、なんだかすべてがエロティックだ。


 ……って、ちがーう!

 僕はまず、このおかしな状況を何とかしないといけないのだ。


「とにかく。今日はパーッと遊ぼうよ。その前に荷物をコインロッカーに預けるのが先かな?」


「神霧君、僕の話を聞いてました!?」


「俺と一緒にお寺巡りがしたいんでしょ。あと鹿」


「都合のいいところだけを切り取らないでください!」



   *   *   *



 修学旅行に合流するために京都へ行く交通費を持っているわけもなく、僕は神霧君に流されるまま鎌倉へと向かうことにした。


「あーあ、着信がすごいですよ。もう話が親まで行ってるみたいです」


 僕のスマートフォンは先ほどから鳴りっぱなしだ。

 怖いから一度も出てはいないけど。


「俺のところにも先生から着信が何度も入ってる。あとはクラスメイトたちからのメッセージがたくさん」


「はあ。家に帰ったらなんて説明をすればいいんでしょう」


「気が乗らなかった、でいいんじゃない?」


 軽い調子でそんなことを言う神霧君を小突く。


「いいわけがないでしょう!? 今から家に帰るのが憂鬱ですよ」


「じゃあ俺の家でお泊まり会をしようよ。ちょっと修学旅行っぽいでしょ」


 神霧君は悪びれる様子もなく、楽しそうにしている。

 神霧君だって家に帰ったら親に怒られるだろうに。

 ……もしかして神霧君のところは子どもを叱らない方針の親だからこんなに悠長にしていられるのだろうか。


「息子がこんなことをしても、神霧君の親は怒らないんですか?」


 神霧君の態度を不思議に思った僕が尋ねると、神霧君はうーんと唸りつつ、僕の言葉を肯定した。


「相談せずに修学旅行をブッチしたことはちょっと叱られるかもしれないけど、たぶん大丈夫。ニュースが出てから帰れば分かってくれる」


「ニュース?」


「それより着いたよ、お寺! せっかく来たんだから楽しもう」


 いつの間にか僕たちは鎌倉にあるお寺の一つに到着していた。

 お寺の入口からでもいくつもの花が見える。

 きっと中はもっと色とりどりの花々が咲き乱れていて美しいに違いない。


「ううっ、流れで鎌倉に来てしまった意志の弱い自分が恨めしいです」


「俺はそんな涼太が好ましいよ」


 そう平然と言ってのける神霧君を横目で見る。


「ここまで来たからには見ますけど。高校生がこんな時間に何をやってるんだって止められたりはしないですよね?」


「しないしない。最近は夜間や通信制の高校に通ってる生徒も多いからね。それに鎌倉だってよく修学旅行の行き先に指定される場所だから、昼間に高校生がいたって誰も気にしないよ」


 言われてみるとその通りではある。

 実際にここに来るまで僕たちは誰にも声をかけられていない。


「じゃあ、楽しみましょうか! 全力で!」


 半分ヤケになった僕は、ずんずんとお寺の境内へと歩を進めた。




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