「今の話で、俺が涼太を気に入った理由も分かったでしょ?」
「へ?」
今の話のどこに、僕が神霧君に気に入られる要素があったのだろう。
そもそも今の話に僕は登場すらしていない。
神霧君の言葉の意味が分からず首を傾げる僕に、神霧君が答えをくれた。
「涼太は俺のことを『普通の人間』『僕と同じ』って言ってくれたから。みんな俺のことを遠巻きに見たり、逆に理想の偶像扱いしてるけど、君だけは違った。俺のことを、ただの、どこにでもいる人間扱いしてくれた」
なるほど。
不思議な能力のせいで気味悪がられて奇異の視線を向けられ続けた神霧君は、普通の人間扱いをしてくれる相手を求めていたということか。
神霧君の能力を知らないクラスメイトも、ミステリアスな神霧君のことを敬遠したり、近づいてもアイドルかのような扱いをしていたから。
だから僕のように神霧君のことを自分と同じ人間として見てくれる相手はいなかった。
………………。
ここまで考えて思い至った。
僕が神霧君のことを、自分と同じとは思っていないという事実に。
「……すみません。実は僕も神霧君のことを『顔も性格もイケメンで理想的な好青年』と思ってました。だから僕と同じとは思ってないんです。僕は底辺ぼっちの陰キャなので」
「涼太、そんな風に思ってたの? 俺のことを理想的な好青年って?」
「はい。僕も神霧君みたいになれたらいいのにって憧れてました」
「ふふっ、光栄だなあ」
幻滅されるかもしれないと思いつつ放った僕の言葉は、その結果を持って来はしなかった。
代わりに柔らかい微笑みになって僕のもとへと返ってきた。
「怒らないんですか? 僕も神霧君を理想扱いしてましたけど……」
「俺みたいになれたらいいのにってことは、俺のことを、同じようになれる、同じ土俵にいる人間として見てくれてるってことでもあるでしょ。嬉しいよ」
「あっ、そういうことになるんですね、今の。言われてみるとそうかもしれません」
とはいえ僕自身が神霧君のようになることは無理だと分かってもいる。
見た目も性格も、天と地ほどの差があるからだ。
それでも同じ人間として見ていることだけは確かだと言える。
「それに涼太はぼっちじゃないよ。いつも俺と一緒にいるから」
「神霧君……!」
「だから涼太は、ただの陰キャ」
「陰キャは否定してくれないんですね!?」
いや陽キャだと言われても困るけど。
そんな要素は僕の中のどこにも無いから。
「別に陰キャは悪いことじゃないと思うよ。陰キャも陽キャもただの嗜好傾向の違いってだけでしょ。俺は今のままの涼太が好きだよ」
こういうことをサラリと言えてしまうから、神霧君はズルい。
女子がキャーキャー言うのも仕方がないと思う。
「ってことで、秘密を共有してみたけど。俺たちの心の距離は近くなったかな?」
神霧君が自分と僕の心臓あたりを交互に指さした。
「それは、はい」
「良かった。秘密の暴露損になるところだったよ」
そう言って笑う神霧君は、あまりにも普通で、思っていたほどミステリアスではないかもしれない。
僕は、そう思った。
* * *
そうやって神霧君と仲を深めている間に、修学旅行の日がやってきた。
きちんと前日に準備をしていたのだけど、家を出る前に荷物の再確認をしていたら、高校に到着するのが集合時間ギリギリになってしまった。
僕は高校に到着するなり校門に留まっている大型バスへと近づき、トランクに荷物を入れてもらう列に並んだ。
「おはよう、涼太。待ってたよ」
「おはようございます、神霧君」
するとすぐに僕を見つけた神霧君が近寄ってきた。
神霧君もまだ荷物を手に持っている。
もしかすると神霧君も少し前に高校に到着したばかりなのかもしれない。
「じゃあ行こうか」
「えっ?」
神霧君は僕の手を握ると、なぜかバスとは反対方向へと歩き出した。
「どうしてバスと反対方向へ行くんですか?」
不思議に思った僕が尋ねると、神霧君がにやりと口の端を上げた。
「それはね、こういうこと!」
そしてバスの前に集合している生徒と先生に向かって大声を張り上げる。
「せんせーい! 俺たち京都じゃなくて二人で別の場所へ遊びに行くので、修学旅行はキャンセルでお願いしまーす! みんな、ばいばーい!」
「え? えっ!?」
「涼太、走るよ」
困惑する僕の手を握ったまま、神霧君が校門の外へと走り出した。
手を握られているため、僕も神霧君に合わせて走るしかない。
「待ちなさい、神霧! 大石!」
すぐに一人の先生が僕たちを追いかけてきた。
しかし神霧君に止まる様子はない。
「愛の逃避行ってやつです! 俺たち、いつも良い子にしてたでしょ。数日だけ見逃してくださーい!」
追ってくる先生に向かってそう叫んだ神霧君は、走るスピードを上げた。
こうして僕たち二人は、早朝の道を走り続けた。