「黄泉の手……ですか?」
まさか神霧君も厨二病仲間!?
……と思ったけど、当の神霧君の表情を見るに、そういうわけでもなさそうだ。
神霧君は特別な能力があって嬉しそうどころか、忌々しそうな表情をしている。
「正式名称は知らない。俺がそう呼んでるだけ。あの手に連れて行かれた人は死んじゃうから」
これだけを聞くといかにも厨二病だけど、僕は神霧君の能力が本物だと知っている。
神霧君に死相が出ていると告げられてからしばらくの間、僕にはいくつもの災厄が降りかかっていたからだ。
車に轢かれそうになったり、マンションから植木鉢が落ちてきたり、駅のホームで誰かに押されたり、入ろうとした銀行に強盗がやってきたり。
とても一ヶ月の間に起こるとは思えない出来事に何度も見舞われた。
そのたびに神霧君に助けてもらっていた身からすると、神霧君には本当に不思議な力があるとしか思えない。
「もしかして、僕の周りにもその手が視えてたってことですか?」
「うん。今はもう諦めたみたいで消えてるけどね。俺がことごとく邪魔をしたから」
神霧君の言葉にホッとする。
あんなスリリングな日常は、二度とごめんだからだ。
「……昔はこの能力のせいで気味悪がられてたんだよね。何も考えずに『あの人の周りに黒い手が視える』なんて言っちゃって、数日後にはその人物が死んじゃうから」
「勘違いをされそうな話ですね。こう、良くない方向に」
いかにも『死を呼ぶ子ども』といううわさをされそうな話だ。
その黄泉の手とやらは神霧君が呼び寄せているわけではないのだろうけど、黄泉の手が視えない人にとってはそれが分からない。
僕だって神霧君が身体を張って僕のことを助けてくれていなかったら、良からぬ想像を働かせていた可能性がある。
神霧君のせいで不運に見舞われている、と。
「俺は視えたものを視えたと言っただけだったんだけど、そのうち俺が呪術で人を殺してるってねじ曲がったうわさが回っちゃってさ。遠くからの視線は感じるのに、誰とも目が合わなくなっちゃったんだ。俺と目が合ったら殺されると思ったのかもね」
やはりそうなったのか。
なんとも理不尽な話だけど、神霧君の周囲の人たちの恐怖する気持ちも分かる。
誰だって得体の知れないものは怖いから。
だけどそれはあまりにも神霧君に酷な話だ。
「ついにはその地に住めなくなって、こっちに引っ越してきたんだ。引っ越してからは俺の能力のことは秘密にしてた。また今の家に住めなくなったら嫌だから」
「そんな大事なことを、僕に話しても良かったんですか?」
今の話が本当なら、黄泉の手の秘密を話すことは、神霧君にとってはリスクでしかない。
僕なんかに気軽に話していい秘密ではないはずだ。
「涼太は他人の秘密を言い触らすようなやつじゃないから」
しかし神霧君は、僕に秘密を話すことをリスクとは思っていないようだった。
どうやら僕は口が固いという点で、神霧君から信頼をされているようだ。
「俺が秘密にしてほしいと言ったら、涼太は誰にも言わないでしょ?」
「それはまあ。命の恩人である神霧君を困らせるようなことはしたくありませんから」
これだけ何度も命を助けてもらっておいて、その恩を仇で返すほど僕は非道ではない。
だから神霧君の秘密が僕の口から広まることはあり得ない。
……うわさをしようにも、僕には神霧君以外にお喋りをする相手がいないし。