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BASSALIA-堕ちた貴族とその花嫁-
BASSALIA-堕ちた貴族とその花嫁-
清原因香
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年06月16日
公開日
1.4万字
連載中
娘は言った。 「私も一緒に、城の魔物退治に連れて行ってください」 1997年から開設した個人サイトに掲載している創作です。

第1話

 暗雲の立ち篭める、陰気な夕方。

 たどりついた村で、俺は上げ膳据え膳の歓待を受けた。

 やはり何かあるのだな、と思ったが、何も言わずにおくと、酒も食事も、場の一同に充分に行き渡った頃合に、老人が一人進み出てきた。

「貴方様を、優れた戦士と見込みましてのお願いがございます」

老人は、もう何も見えなくなった窓の外を指した。

「ここにお入りになります時に、丘にございますお城をご覧になったことと思います」

確かに、堅固そうな城が、山のような森に囲まれているのが、村に入る前からよく見えた。

「そこがどうかしたのか」

俺は、その城に惹かれてやってきた事はおくびにも出さずに言う。すると老人は、

「はい。数百年前、この村は、そこに入っていらしたさるお貴族様の物でございました」

と言い、こんなことを話しだす。


 その貴族は、近隣に名君の名を轟かせていた。当然、村のものも彼に心からの忠誠と奉仕を誓っていたのだが、ある時、それが狂った。

 貴族はたまたま、村に入ってきた旅の娘を見初め、なんとか説き伏せて城に招き入れた。それだけでも十分彼らしからぬ。しかも、その娘は、その貴族の評判を妬んだ別の貴族の差し金で遣わされた魔法使いだった。きっと、この貴族は、その魔法でもって魅入らせられたに相違ない、でなければそのような名君が、と老人はため息をついた。

 さて、たぶらかされた貴族は、娘との淫らな日々の間に、すっかり心身が魔性に侵され、魔法使いが消えた後残ったのは、人柄のうって変わった貴族と、その酷政に喘ぐ村人であった。しかも貴族は今も生き、毎年三分の二の収穫を村人に対し求めているという。

 のみならず貴族は、「わかっている限りで」ほぼ五十年に一度、村の娘を一人さらっていく。彼女には、若さを止める術を施した後に、その寿命の尽きるまでを弄ぶという専らの伝承である。いつか、村の若い衆が有志を募り退治に出た事があったらしいが、還ってきた者はいなかったという。これ以上、魔物の下で怯えた生活を送りたくないというのが、場に居合わせていた村人全てに通じた意見であった。

 歓待された理由を察した。報酬の前払いみたいなものだ。うなずかなければ、今夜この村から無事に出られるか怪しい。

 外はいつのまにか雨だった。遠雷も聞こえる。


 明けて、雨は未だ降っていたが、適当に外は明るかった。 窓から、昨夜の話の魔物の城が見えた。数百年前からあるわりには、疲れたところは見られず、厳粛で荘厳な雰囲気を失っていない。なかなかの骨董品だ。

 森は丘を覆うように茂っていた。住む鳥の嗄れた鳴き声が二重三重に折り重なって聞こえてきた。

 俺は分厚い皮のマントを羽織り、魔物退治に必要なガラクタの詰まった袋を壁から取った。こんなちっぽけな村一つを縄張りにしている魔物だ、大したものではあるまい。そう思っていた。

 戸を開けようとしたところで、丁度この家の前でだろうか、誰かと言い争う甲高い声がした。

「およしよ、メリッサ、お前までバッサリスになりたいのかい!」

「うるさい、離してよ!」

どうやらその声は、人が何やら止めるのを聞いていないらしい。そして不意に、俺の前の扉が開いた。

 俺を見上げる、意志の硬そうな瞳。娘は言った。

「私も一緒に、城の魔物退治に連れて行ってください」


 メリッサと名乗るこの娘は、この村で生まれ育ち、事情あって立身のために戦士になろうと決心した矢先の俺の出現であると、一通りの身の上を述べて、もう一度、畳み掛けるように俺に頼み込んできた。

「お嬢さん」

と、俺は返す。

「今のうちにそんな考えは、丸めてゴミにでもしちまいな。こいつは、生半可な決心でできる稼業じゃない。

確かに金にはなる。しかし、依頼によっちゃ、泥沼の中を一晩中歩いたり、倒した魔物の血を全身に浴びたりすることもある。一回でも仕留め損なうと、それだけ悪い評判も増えて依頼がなくなることだってある。

それに、俺はパーティを組むつもりもないし、こんな可愛いお嬢さんの悪戦苦闘の有り様を、傍で黙って見ていられる程いい性格もしてない」

ここまで俺が言って、それでも俺について来る意志があるのなら、ここで今回の依頼が処理できるまで村の中で待っているようにと加えて言いもした。しかし、

「私は、この日のために、可能な範囲の情報は全部集めたわ。城までの安全なルートだって知っている。

これはあなたもほしい情報じゃない?」

つまり、その情報と引き換えに、自分を連れて行けと、強迫されたようなものだった。


 正直、俺は困っていた。

 人並みの社会生活を送るのがそもそも苦手だったから志したこの仕事、以来自他ともに認める一匹狼でやってきたが、こんなところでかりそめにも相棒…それも、こんな不安定な稼業にはおおよそ不釣り合いの別嬪…ができようとは、思ってもみなかった。俺は、考え得る限りの言葉を使って、彼女を思い止どまらせようとしたが、彼女の決心は石のように堅く、俺の弁舌では歯が立たなかった。 一時間後には、もう、彼女を連れて、城の回りを取り巻く森に入っていた。


うっそうと茂った木々は雨をほどよく受け止めて、森の中はそこそこに乾いていた。

 茂みに半分身体を埋めるようにして、兎が一匹、俺達が通り過ぎるのを見ている。人おじしない有り様に、俺は柄にもなく笑みがこぼれてしまった。

「逃げないんだな」

と、つい口に出すと、メリッサは、先を行く足を止め振り向いて

「ここは魔物の息がかかっている場所なの。そこの動物なんて、どんなものかわかったものじゃないもの、どんなに獲物にあぶれている猟師だって入らないわ」

と言い、どんどん先を歩いて行く。


 木の枝が四方から張り出して、丁度ドームのようになったその下で、俺達は小休止をとった。

 二人とも無言のままで昼食を採りながら、俺は、メリッサが俺の前に現れる直前、言われていた台詞を思いだした。

『およしよ、メリッサ、お前までバッサリスになりたいのかい!』

「バッサリス」

そして、引っ掛かった単語を口にする。途端、メリッサの表情がさらに強ばった。

「何か、知っているのか?」

「…」

「何なんだ、そのバッサリスとは」

「…」

「これも俺の知りたい情報だ。話してくれないのは契約違反だとは思うが」

メリッサの目には、始終、形容しようがない戸惑いがうごめいていたが、しばらく立ってから、大きな溜め息をついて、

「五十年に一度、村の娘がさらわれるのは聞いたでしょう」

「ああ」

「その娘のことよ」

この先を聞けば、さらわれた娘は、魔物との差し向かいの生活のうち、いつなぶり殺しにされるかという恐怖に精神を狂わされた女…バッサリスになるという。さらわれた娘は、二度と村に戻って来ないから、本当のところはわからない。しかし、古い伝承にあることだから、みんなそれをそのまま信じているらしい。

 メリッサは、このことについては、あまり話したくなかったらしい。うつむいて、ぼそぼそ呟くようにそのことを話してはくれたが、そのまま顔を挙げなかった。


 まるで油の切れた歯車が回っているような雰囲気をそのまま引きずりながら、俺達はさらに城の近くに寄った。

「城の石垣よ」

と、メリッサは、目の前に現れた草むした斜面を叩いた。

「…どこだったかしら、入り口は」

それから、彼女本来の顔なのだろうが、あどけない表情になって左右を見ている。俺も、彼女の指示に従おうと、余計な口は挟まなかった。しかし、背後に突如として現れた気配には、反射的に身構えた。

―来ないで!   

と細い声が聞こえる。しかし、メリッサには聞こえていないらしい。

「何、何があったの 」

と俺の背後を伸び上がって見ている。俺はそれを押しとどめ、静かにするようその口を塞いだ。

―来ないで!   

もう一度声がした。前より少し大きい声で。今度こそはメリッサにも聞こえたらしい、目を円くしていた。


 それは確かに、女の声だった。

「バッサリスか」

俺は思ったままを呟いた。この状況では、そう考えるのが一番適切であろう。しかしメリッサは

「気のせいよ」

と、一蹴した。

「そうでなかったら、魔物が私達を呼んでいるのだわ。

声色を使って」

しかし、メリッサは最後までそれを言えなかった。出なかった言葉の残りは喉の奥に押し込んで、俺を押しのけて、城から離れて走り始めた。

「待て、メリッサ」

俺もその後を追った。振り返ったとき、木々の間を、何かがかすめた。メリッサは、その影を追っていたのだ。


 「相手」は、立て込んだ木々の間を、音もなく、滑るように駆け抜ける。時々、ちらちらと、その髪や服が見え隠れする。

「待って!」

メリッサは、「相手」に必死に声をかけていた。すると、その「相手」は、すっと俺達の走っていた小径に飛び出す。メリッサはもとより、俺も面食らった。

「!」

その娘の顔は、メリッサによく似ていた。彼女と同じ色の瞳が、遠目にもかかわらず手にとったようにわかる。ただ、この娘の方が、一本芯が通ったようなものがあるようにみえる。

娘は、俺達をじっと見ていたが、瞬きのうちに消えてしまったのだった。

 余りのあっけなさに、メリッサは、追いかけようとしてとどまり、

「…」

そして辺りを見回した。まるで母に置いてきぼりにされた子供のような顔だった。


 メリッサは、少し消耗しているらしい。俺は、例の城の石垣に背をもたせ掛けるようにして座らせた。昼食で余った酒を少し飲ませると、彼女は一瞬しかめ面をして、正気を取り戻したようだった。

 森の中がそろそろ暗くなり始めようとしている。日の暮れる前に、城の中に入ってしまいたい。依頼は早くこなすのも仕事の信頼に繋がるものだ。

「メリッサ」

そして俺は、先刻の彼女の奇行が、今回の依頼に関係があるのではないかという予感がした。俺は、彼女を極力傷つけずに…しかしどうしようもなくいやな質問だが…尋ねた。

「今のバッサリスとは、どうやら知り合いらしいな」

すると、以外に答えはあっさり返ってきた。

「姉よ、三つ違いの」

どうやらメリッサは、話さねばならぬと観念したようだった。

「親も早く亡くしたから、他の村人から情けをかけてもらいながら、それでも姉妹二人死なない程度に生きて来たわ。でも…」


 メリッサのそれでも一旦言いよどんだ先のことを、俺の口で言い直せばこうである。

 メリッサの姉…アマルテイアは村で信仰されている神への供物となる花輪を編む仕事を与えられていた。村でも指折りのよく働く気立てもいい娘であったが、そのうち仕事が粗雑になり、あるいは注文で約束の期日に遅れ、全く仕事が手につかなくなった時もあったらしい。

 いろいろ理由が勘ぐられて、結局、男ができたのではないかということに落ち着いたが、村の若者の誰一人として、心当たりのあるものはなかった。そういう意味で、アマルテイアは付け入る隙がない娘のようで、ひとつ屋根の下に住んでいたメリッサも、そんな心当たりは全くなかった。

 それが、つい一年ほど前であった。ある夜、姉の声がしたので、ふと目を覚ました。かなり夜も更けていたのだが、まだ仕事をしているのかと思い、また眠ろうとすると、彼女の叫ぶらしき声が聞こえてきた。

 女所帯だから、いつ何時でも、こんな覚悟はできている。メリッサは跳ね起きて、姉の部屋に飛び入ろうとした。が、戸は隙間が細く開いて、光さえ漏れているのに、扉はそれ以上閉まりも開きもしない。メリッサは隙間から中を覗いてみた。

 確かに姉はいた。できかけの仕事はそのままで、色とりどりの花の中に粗末な服も脱ぎ散らかされて、アマルテイア本人は一糸まとわぬ手足を投げ出して、しかもその腹の上には、見たこともない男が乗っていた。

 一瞬、すわ、と全身が震え上がったが、どうも暴漢にしては、その男は小綺麗すぎた。部屋を見直せば、少々乱雑な部屋でも、姉の抵抗したらしい跡は何もない。かえってこの男は「歓迎されて」いた。姉の目はすっかり正気を失って、淫らな恍惚の眼差しで中空を眺めていた。勘がよいはずなのに、自分がここにいるということもわからない様子だった。先刻聞いた叫びのような声も、どんな状況で出されたものかわかってしまったメリッサは、男が誰かということよりも、自分にとっては生きる手本とも言えた誇り高い姉がまさか、という思いの方が先に立って、ついわななく手が戸にぶつかった。

 物音に、男は扉を見た。

「誰だ!」

そしてメリッサは、男の容貌に二度びっくりしたのである。 幼いころ親から聞かされた、白昼堂々魔物にさらわれる娘の話を思い出した。あれで、姉と一緒にいつまでも震えていたのも思い出されたが、今はどうでもいい。

 髪は黒い炎が燃え上がるようで、折からの月光に緑色の光沢を放っていた。肌は透けるように白く、瞳の暗い緑が、戸の後ろにいるメリッサまで突き刺すかのように鋭かった。メリッサは戸の後ろにひた隠れ、これが夢か何かであってほしいと必死に願っていた。


 そのうち、アマルテイアの部屋の窓が、大きくばたん、と鳴り、風が戸を押しのけてきた。メリッサは、再び自由に動き出した戸を開けて、中に入った。作りかけの花輪も彼女の服も、乱れたままにしてあり、風に花びらが舞い上がっていた。しかし、姉も魔物も、忽然と姿を消していた。 風は、嵐の前触れで、すぐに、たたきつけるような雨が始まって、夜明けまで止まなかった。

 翌朝、夜半の恐怖を外に出た人々は口々に言い合っていたが、皆に人心地がつくようになってからやっと、誰かがアマルテイアの失踪に気がついた。ついでに嵐の原因も。皆このことを気の毒がり、またやじ馬的にメリッサにいろいろ聞く者も多かった。しかし彼女は自分も知らぬを決め込んだ。しかし内心は、いつかあの魔物を倒して姉を助け出そう。バッサリスとなっていても、時間さえかければ、元の姉に戻るはずだと思いつつ今があるのだとか。


 それはともかく、やっと物の影がわかる時分になってから、石垣の中に埋もれたような門と扉が見つかった。

「開くぞ」

城の入り口というから、どんなに強固なものかと思っていたが、鍵などかかってはおらず当然、門番のような者もいない。

「まるで、入ってくださいと言わんばかりだな」

門扉をくぐり抜け、やはり解放の城の扉を開けると、キキキキ…という奇妙な声と、カサカサ小さな物音がした。

 メリッサは俺の背中に取り縋ってあわあわと震えている。まだほんの小娘だ、と俺は笑いを禁じ得ず、

「安心しろ、城の邪気に惹かれた小鬼だ。光に敏感でな、これぐらいの光でも、騒ぐものなんだ」

と言って、袋からランタンを出した。

 薄黄色の明かりが玄関を照らす。両側の壁に沿って階段が、両手を差し伸べるように伸びていた。小鬼は、「強烈な」光に耐えられず、調度の陰に溶けるように隠れた。

 それに加え、この光が、別のものを呼び覚ましたようだった。俺はメリッサにランタンを預けると、腰の長剣を抜き、左の階段の陰を指した。二つの赤い光が、中空に浮かぶようにこちらを見ている。そのまま向こうは半身をのりだそうとする。脂ぎった剛毛がランタンの光を受けて淡く光った。

「ケルコプスだ」

「ケルコプス?」

「猿と人間を足して二で割ったような姿で、知能は低いが、血統的にはここの主より遥かに真っ当な『魔物』さ。

 さっきの小鬼のように、こいつも邪気に誘われたクチだろう。ふだんは至っておとなしいが、どうもこいつは邪気に同調して凶暴化しているようだ。こいつも光に弱いから、ランタンに刺激されたはずだ。いつ襲い掛かって来ても文句は受け付けんぞ」

 メリッサはひ、と叫んだ、わななくついでにランタンを揺したのだろう、玄関の影が大きく揺れた。

「いらん刺激を与えるな」

俺は言ったが、もう遅かった。ケルコプスは光の揺らめきに動転し、毛むくじゃらの両手を振り上げて、光源に襲い掛かって来た。俺はメリッサの前に立ち、威嚇に長剣を突き出したが、すぐ弾かれた。俺は床にのめったが、ケルコプスの注意はそらせられた。俺は跳ね起きつつ

「メリッサ、袋から水晶玉を出してくれ」

と叫ぶ。そして、恐怖でもたつくだろう彼女の時間稼ぎに、またケルコプスに挑みかかった。


「これ?」

数秒後出た水晶玉を、俺は横目で確認し、

「投げ上げて伏せろ!」

と言った。すぐ呪文を呟く。すぐに水晶玉は内部に光を抱き、

「キラ!」

の言葉で、真昼のような真っ白い光を放った。

 目を覆う腕の間から、わずかに閃光が漏れて来た。その後に竜巻のようなケルコプスの呻きと、続いてドウッと倒れる地響きが俺達を揺るがした。

 ひとしきり、刺すような光を中空で放った水晶玉は、その光を失いながら下に降り、最後にコン、と軽い音をたてた。


 伸びているケルコプスに止めを刺すと、俺は例の水晶玉を拾いあげた。メリッサが寄って来る。

「俺みたいな戦士が魔法を使うのがそんなに珍しいか」

と言うと、きょとんとした目のメリッサは、そんなことはないけれど、という顔をした。

「一匹狼にもそれなりの苦労があるのさ」

と、俺は彼女に水晶玉を放った。口訣を繰り返させて、

「モルプ」

と言うと、殺気とは違う紫色の光が柔らかく現れる。

「邪気を封じた。しばらく魔物は現れないだろう。お前はアマルテイアを探せ、話はまたそれからだ。俺はここの主を探す」

 俺は袋から予備のロウソクを取り出し、ケルコプスの死体を脇に見ながら、メリッサの行ったのとは違う左の階段を上った。「モルプ」の調子はよい。小鬼の姿すらない。気味の悪いほど静かだった。


 どこをどう歩いたか、それはわからない。しかし、明りが漏れているところが出てきた。何かの罠ではないかと思いながら、中に飛び込む。

 メリッサが呆然とした顔でランタンと水晶玉を持っていた。そして、そのそばには、例の、城の外にいたあの消えた娘…アマルテイアがいた。


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