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第88話 抱きしめて


ジェイムズの手下を避けるために、深山は私を抱きかかえたまま、非常階段を駆け下りていた。


階下までの距離がどんどん近づいてくる。


その時、不意に下の階段から騒がしい物音が響いてきた。


深山は警戒して足を止める。

私の心臓もドキドキと跳ね上がる。「まさか、見つかったんじゃ……?」


深山の桃花眼に疑念がよぎる。「そんなはずはない!」

今回の行動は確かに急だったが、彼は以前この病院ですでに種をまいており、星野侑二を足止めできるはずだった。

理論上、ミスが起こるはずがない。


だが、深山は星野の鋭敏な神経を侮った。

その時だった。ジェイムズの怒鳴り声が非常階段中に響き渡る。

「監視カメラに映ってる!あいつらは上にいるぞ!」


深山は眉をひそめた。「本当に、見つかったか。」

本来なら、彼は一兵も失わず、密かに後輩ちゃんを連れ出すつもりだったが、状況は一変した。


刹那、深山の柔和で紳士的な雰囲気が一変し、代わりに殺気が漂い始める。

彼はうつむき、私に低く囁いた。

「後輩ちゃん、しっかり僕にしがみついて。」

私は「うん」と返事をし、深山をぎゅっと抱きしめた。


次の瞬間、深山はまるでチーターのような速度で、私を抱えたまま屋上目指して駆け上がっていく。


階下の人間たちも、私たちの動きに気づいたようだ。

ジェイムズの声が再び響く。「上だ!」


この病院の階数はそれほど多くなく、全部で八階しかない。

今は三階にいる。

普通の人なら屋上まで1~2分はかかるだろう。

だが、深山は私を抱えたまま、三十秒もかからずに屋上へと到達した。


私たちが非常階段の出口から外へ出ると、最上階は全部機械室になっており、エレベーター操縦室やセントラル空調設備室、消防制御室などが並んでいる。


私は顔を強張らせる。

まさか、屋上が行き止まりだなんて、逃げ道が全くない!


非常階段の出口から迫ってくる足音に、私は思わずパニックになった。

「やっぱり先輩が先に逃げた方がいい、彼らの狙いは私だから。」


そう言い終えた瞬間、見覚えのある人影が現れた。

青野千里だ。

千里は素早く非常階段の扉に鍵をかけ、深山の前に歩み寄った。

「ボス、宮崎様を連れて先に行ってください。ここは僕が食い止めます。」


驚きのあまり私は千里をじっと見つめた。

「でも、そこには何十人ものディヴィーナの者がいるのよ!一人でどうやって?」


千里は自信たっぷりに微笑んだ。

「前回オスクーロ会とディヴィーナの争いの時も、僕は宮崎様を守ったでしょ?」


と言った途端、深山から冷たい一瞥が送られた。


千里は気まずそうに頭をかく。

「ただ……その時は宮崎様の足に弾が一発当たっちゃって、本当に申し訳ないです!」


私はぽかんとした。

前回、あの銃弾の雨から私を守ってくれたのは千里くんだったの? 

普段は深山の後ろで、いつもヘラヘラしていて頼りなさそうな千里が?


さらに聞こうとしたその時――

ディヴィーナは扉が開かないせいで、銃で扉に一斉射撃を始めた。


私の顔が青ざめる。

銃を使い始めたということは、星野は私を捕まえるためなら流血も厭わないということだ。


千里の表情も真剣になり、黙って二丁の銃を取り出す。「ボス、早く行って!」

深山は一切迷わず、私を抱えたまま屋上の反対側へ駆け出した。


その時、固く閉ざされていた扉は、銃弾の嵐でひどく変形していた。

ついに、ディヴィーナの一人が扉を蹴破った。

その人は、敵が一人きりなのを見て、嘲りの笑みを浮かべ、ためらうことなく発砲した。

だが、千里はそれより早く、弾丸を撃ち込む。

男は、その場で撃たれて倒れた。


だが、ディヴィーナは人数が多い!

一人倒れても、すぐに次が現れる。

第一陣が倒れても、第二陣が来る。

千里はそんな人海戦術にも一切動じず、むしろディヴィーナを扉の向こうで押さえ込んでいる。


彼は眉をひそめて言う。「この僕がいる限り、今日お前ら全員ちり芥だ!」


一方そのころ――

屋上の騒ぎは当然、星野の注意も引いていた。

彼は通路口に立ち、氷のように冷たい声で詰問する。

「上にはそんなに人数がいるのか?どうしてまだ制圧できていない?」


ジェイムズは弱々しく答える。

「あの男は神業の射手で、俺たちが顔を出すとすぐ撃たれ……しかもあいつの居場所も突き止められません。」


だから今、ディヴィーナの突撃は、射手の餌食になるだけだった。

星野から強引に攻撃し続けろと指示されていなければ、ジェイムズはもう撤退したいと思っているほどだ。

死傷者があまりにも多いんだ!


星野の目には怒りが滲む。

「この深山彰人を甘く見ていた。」

こんな腕利きの射手が側にいるとは。

だが、それもたった一人だけだ。


星野は携帯を取り出す……

前回は連絡するのに躊躇いがあったが、今回は迷いなく、決断してボタンを押した。


―――


深山彰人は私を抱きかかえたまま、屋上の反対側までやってきた。


私は縁に近づき、すでに用意されている下まで繋がるロープを見つける。

エクストリームスポーツ好きの私には、深山のプランBがすぐに分かった。

非常階段から下りられないなら、このままロープで滑り降りるつもりだろう。


私はやる気満々に言った。「装備をちょうだい、私ならできるわ。」


深山は私の差し出した手を見て、しばらく黙る。

「千里が用意したのは二組だけなんだけど。」


私は呆然とする。「じゃあ、千里くんはどうするの?」


深山は訂正する。

「千里のことじゃなくて、君の分は用意していない。」

そして一歩近づいてきた。「僕が君を抱いて降りる。」


私:「……」

正直、全然予想していなかった。

でも、深山先輩が抱いてくれるなら、私も一緒に飛ぶわ!


ちょうどその時、千里も駆け寄ってきた。

彼は嬉しそうな顔で、やけに得意げにしている。

「ディヴィーナの連中は僕にビビって、もう突撃をやめた。今のうちに早く降りましょう。」


きっと星野もディヴィーナの連中も、出入口を塞げば安心。私たちが別の方法で逃げるなんて思ってもみなかっただろう。


千里はすぐに装備を身につけ、「僕が先に降りて、下で待ってます」と言った。


深山も「分かった」と返事をする。


千里は私のそばを通り過ぎる時、親切そうに飴を差し出し、にこにこして私に言った。

「宮崎様に賄賂です。今度ボスが僕を罰しようとしたら、助けてくださいね。」


私は無意識に服の裾をいじり、胸がなぜかざわめく。

「先輩が私の言うことなんて、聞くはずないじゃない。」


千里はもう少し近づき、飴を私の手に渡す。

「宮崎様のお願いなら絶対に聞きますよ。」


だが、飴が私の手に届く前に、彼の表情が突然変わった。

射撃の達人としての警戒心で、千里は本能的に顔を上げ、向かいのビルを見た。


バン――

銃声が空を切り裂いた。

向かいのビルから、弾丸が飛んできた――。

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