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悪役令嬢になったらやりたい13のこと〜ペリドットの鐘は誰が為に鳴る
悪役令嬢になったらやりたい13のこと〜ペリドットの鐘は誰が為に鳴る
とんこつ毬藻
異世界恋愛悪役令嬢
2025年06月17日
公開日
6,381字
連載中
新垣芽衣は、とある都内企業の事務職として働いていたのだが、日々の過労により突然倒れてしまう。 目覚めるとそこは好きだった異世界恋愛小説「ペリドットの鐘は誰が為に鳴る」の世界。夢にまで見た異世界転生……だが、彼女が転生した姿は物語のヒロインではなく、悪役令嬢の姿だった。 王立ペリドット学園は、ペリドット王国でも有数の貴族たちが集う中高一貫の学園。そんなペリドッド学園高等部の生徒であるヴィオラ・クラシエルは、学園でも悪役令嬢として名高いクラシエル公爵家の令嬢。学園の貴公子としても有名な公爵家の嫡男ロイズ・ドミトリーと幼い頃より婚約していたが、原作では物語のヒロインであるヒイロ・ユア・ラプラス伯爵令嬢に婚約者を奪われた後、公爵家諸共没落し、最後は家を焼かれて死んでしまう運命を辿るのだ。 悲劇のヒロインへの転生を普通なら恨むところ……だが、芽衣は少し違っていた。 なぜならば、生前の彼女にとって悪役令嬢ヴィオラは羨望の対象だったのだから。 「一度失った人生。どうせなら、憧れていた世界で悪役令嬢になったらやりたかったこと、全部やってしまおうじゃない!」 彼女の悪役令嬢ライフが此処に始まる。 ネオ書きコン03―異世界恋愛ジャンル 参加させていただきます。 皆さま応援のほど、よろしくお願いします。

プロローグ

01.ペリドットの鐘は誰が為に鳴る

「ヴィオラ・クラシエル、本日限りで君との婚約は破棄させてもらう!」 

「なんですって!? ロイズ、一体どういうつもりですの!?」 


 王立ペリドット学園の創立記念日である十月十日の謝恩祭。その祝賀会場にて事は起きる。


 ペリドット王国の四大貴族であるドミトリー公爵家とクラシエル公爵家。その嫡男であるロイズ・ドミトリーとヴィオラ・クラシエル令嬢。恐らく学園でこの二人の存在を知らない者は居ないだろう。


 ペリドットの貴公子と呼ばれるロイズ・ドミトリー。金髪蒼顔に高身長というただでさえ目立つ容姿、剣術は将来王国の騎士団長の座を約束されるほどの実力、高圧的ではなく情熱的で真っ直ぐな性格と、三拍子揃っており、学園の令嬢達を虜にしている存在。


 一方の、ヴィオラ・クラシエル公爵令嬢。クラシエル家は商家の生まれであり、幼い頃より生きるための処世術を学んで来た。背中まで伸びる紫水晶アメジスト色の透き通るような美しい髪は、昼太陽の陽光に煌めき、夜はまるで地上に舞い降りた天の川のように星空を映す。煌めく髪色と同色の双眸ひとみで毅然とした態度で渡り歩く様子に学園の者は釘付けとなる。


 それぞれの公爵家の未来を担う二人は幼い頃から決まっていた許嫁同士。そんな二人に何が起きたのか? 祝賀ムードだった会場は一転、突然会場へ駆けつけた嵐による暗雲によって静寂と化していた。


「どういうつもり……その言葉、そっくりそのまま返させてもらおう」

「ですから、何を仰りたいのか、はっきりと言ってみたらどうなの?」

「では、言わせてもらおう。ヒイロ伯爵令嬢、ペリドット学園へ入学して以来、彼女にこれまで行って来たお悪逆非道の数々、忘れたとは言わせないぞ?」 


 名前を呼ばれ、ヒイロ伯爵令嬢の短く纏めた明るい緋色の髪が揺れる。彼女がゆっくりと、だが迷いなき足取りでロイズの隣に立った事で、ヴィオラは目を鋭く細める。しかし、ヴィオラの鋭い眼光に怖気づく事はなく、ヒイロのお日様のような丸いだいだい双眸ひとみは真っ直ぐヴィオラを見据えていた。


 ヒイロ・ユア・ラプラス伯爵令嬢。少しドジなところもあるが、持ち前の笑顔と天真爛漫な性格で可愛らしく振る舞うヒイロ。気づけば三年という高等部での生活で、ロイズを始めとする学園のTOP4と呼ばれる存在はヒイロの動向へ注目するようになっていた。


 常に完璧を求められたヴィオラ・クラシエル公爵令嬢に対し、悠々自適な家柄で育ったヒイロ。ヴィオラにとって、貴族の令嬢としてあるまじき振る舞いをする彼女は許せなかったのだ。


 だからヴィオラは時にヒイロを叱責し、クラスメイトの令嬢達と共にヒイロをけ者扱いした。許嫁であるロイズとヒイロの距離が近づく度、ヒイロを陰で虐げるヴィオラ。その行為が余計、ロイズとの距離を遠ざけるものとなるとは知らず、彼女は少しずつ、自ら破滅の道へと歩みを進めてしまったのだ。


「ワククシは彼女へ、貴族とは何か、その在り方を教えていたに過ぎませんわ」

「そう、天真爛漫な彼女はそれをずっと君からの教育指導だと我慢していたのだよ。三年間、ずっと……ずっとだ」

「そう、同情から愛情が芽生えた……という訳ですね」


 ヒイロの右手がそっとロイズの左手の裾へ添えられている様子を見たヴィオラはゆっくりと息を吐く。謝恩祭という喜ばしい会場で、有力貴族の者達が集まる場での屈辱的な仕打ち。ヴィオラははらわたが煮えくり返る程の怒りを覚えていた。


「ロイズ、あなたは、ワタクシという許嫁がありながら、そこの伯爵令嬢と愛を囁き、不貞行為へ走ったという訳ですね」

「俺は! そういうことを言いたいんじゃないんだ、ヴィオラ」


 会場がざわつく。それもその筈。婚約相手が居ながらそれ以外の相手へ愛を囁くなど言語道断。ヴィオラの背後に控える取り巻きもけだものを見るような目でロイズを見ている。このまま膠着状態が続くかに見えたが、決着は意外と早かった。とある一人の女性が手を挙げたのだ。


「わたしは……ヴィオラ様に大切な人の心を奪われました!」

「は? 誰? あなた」

「レイラと言います。あなたが愛を囁いたグレイニー伯爵家嫡男、オレオの彼女です。グレイニー家の土地が欲しいからってあなたはグレイニー伯爵とオレオを篭絡しましたね。あなたのその美貌にオレオは虜となり、わたしは彼と別れました」

「あれはただ、父の商談へ同行しただけよ。別に言葉で交渉しただけじゃない。それにワタクシはそのオレオなんて興味ないから、あなたがそのオレオと復縁すればいいじゃない?」

「あなたはそうやって! 沢山の人の心を奪って来たのですよ」


 ヒイロの周りに何人もの令嬢が集まっていた。ヴィオラは父から教わった処世術を言葉巧みに利用したに過ぎない。何か不貞行為をした訳ではないのだ。だが、心を弄ぶ、掌握するという事は犠牲になる者が生まれるという事。二年の頃から立ち始めた悪役令嬢という噂も、彼女の耳に届いていた。だが、ヴィオラにとってはどこ吹く風で、むしろ完璧を求める彼女にとっては、有名になる事が心地良い位に思えたのだ。


「そういうことだ、ヴィオラ。君の味方はもう居ない。残念だが、婚約破棄させてもらう」

「あなた……そんな事をして、どうなるか分かっているの!」

「以上だ」

「もういいわ」


 ロイズとヒイロへ背を向け、会場を後にするヴィオラの背中は凛としていて真っ直ぐで、でもどこか寂しそうでもあり……。いつも彼女の後ろに控えていたヴィオラの取り巻きも彼女を追いかける事はせず、彼女の肩が小刻みに震えていた様子を見た者は誰も居なかった。


 この出来事をきっかけにクラシエル公爵家には悪い噂が流れ、彼女やクラシエル公爵に騙されたと訴える者達が現れ始める。そして、翌年の春、何者かがクラシエル公爵家へ火をつけ、ペリドット学園の悪役令嬢として名を馳せたヴィオラ・クラシエルは卒業式の鐘の音を聞く事無く、その短い生涯を終えるのだった。



「うぅ~~、ヴィオラ……不遇すぐる……」

 小説のページを進める手を止め、鼻水を思い切りすすった私は、推しの死に涙した。


 突然すいません話の腰を折ってしまって。ヴィオラのラストシーンにちょっと耐えられなくなりまして。嗚呼、私の名前は新垣芽衣って言います。とある都内企業の事務職で働いているのですが、社長がワンマンなせいで最近同僚がどんどん辞めて行きまして、最近は365日、ほぼ休みなしで働いています。って、私の事なんてどうでもいいですね。


 私の推しが死んだ。これほどショックな事はない。365日社畜として働いている私ですが、これほどまでに明日仕事を休みたいと思った事はなかったですね、はい。話を戻しましょう。


 『ペリドットの鐘は誰が為に鳴る』は、最近人気の異世界恋愛小説。貴族社会のペリドッド王国の未来を担う紳士淑女たちが集う王立ペリドッド学園で繰り広げられるラブロマンス劇。主人公である伯爵令嬢のヒイロ・ユア・ラプラス、ペリドットの貴公子ロイズ・ドミトリー。悪役令嬢ヴィオラ・クラシエル。この三角関係を中心に物語は展開される。


 尚、ペリドッドの鐘は学園の時を告げる鐘を指しており、作品のタイトルは、卒業式当日、式事を終えた後に鳴る鐘の前で愛を誓い合った生徒は未来永劫結ばれるという伝統から来ている。


 小説の最終巻中盤にして、ヴィオラ・クラシエルの家が燃えた。クラシエル公爵家を恨む者達の犯行。彼女は悪役令嬢になりたくてなった訳ではなかった。幼少期から完璧を求められた彼女には、彼女なりの信念があり、彼女なりの悪役令嬢たる理由があったんだ。


「リン、そこに居るんでしょう。あなたは早く逃げなさい」

「駄目です、お嬢様。最後までわたしもご一緒します」


 ヴィオラのラストシーン。火は屋敷全体に生き渡っており、逃げ場はないと悟ったヴィオラは、扉を隔てた向こう側に居る専属侍女のリンと会話していた。


「ワタクシはヴィオラ・クラシエル。皆に悪役令嬢と呼ばれようが、ワタクシはワタクシの存在証明を此処まで貫いて来たにすぎません。どうかそれを忘れないでくださいまし」

「お嬢様。お嬢様は最初から最後まで可憐で美しかった。リンは知っています」

「ありがとう、リン」


 燃え広がる炎の中、彼女は自室にて生涯を終える。最後まで物怖じせず真っ直ぐ立っていた彼女は凛としており、とても美しかった。あの謝恩祭でロイズから婚約破棄を叩きつけられ、表舞台から去った時点で彼女は全てを悟っていたのかもしれない。


 それにしても不遇すぎる。ロイズを始めとする学園のTOP4も物語の後半は皆ヒイロへ好意の矢印が向いていたし、取り巻きの令嬢達は公爵令嬢という彼女の立場を利用し、ただ後ろを付いて来ていたに過ぎず、彼女の味方は専属侍女のリン位だった。


 嗚呼、泣きすぎてなんか眩暈がして来ました。ん、なんか視界がぐるぐるしている。あ、しまった。ここ三、四日寝てなくてエナジードリンクという回復薬の重ね掛けで生活していたんだっけ。ヤバイ……胸が締め付けられるように痛い……え、待って。これ、ヤバイんじゃ……。


「うぅ……」


 白い光の中で、私の中のヴィオラが微笑んでいる。


 彼女がなぜか私に手を差し伸べている。そんな透明感溢れる華奢なミルク色の手へ私の手を伸ばして――


 そのまま私の視界は暗転したのです――


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