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10.その④ お父様の新規事業を開拓しよう 

 さて、私の目の前にいま、ヴィオラへ転生して恐らく最初であろう難関が立ちはだかっています。


 それはTOP4の残りメンバーでも、ワタクシを恨む誰かでもなく、お屋敷内に居る人物。


 ヴィオラ・クラシエルの父であるアルバーン・クラシエル公爵。常に完璧であれという教えの下、ヴィオラへ厳しい教育を施して来た厳格な父親。お屋敷内に居るとは言ったけれど、普段は家へ帰る事はほとんどなく、ペリドット王国内だけでなく、他国も巡り、自身の事業を展開、或いは拡大していたりする。異国の商人とも外交を重ね、商家としてのクラシエル家へ更なる栄華をもたらした功績は大きい。


 しかし、家庭をかえりみない性格が災いし、妻との溝が塞がる事はなく、元々病気がちだったヴィオラが幼い頃、彼女の母親は帰らぬ人となってしまったとされている。


 そんなアルバーンは自身の利権のみを追い求めた結果、ヴィオラと共に破滅の道を辿り、原作では家に火をつけられた。つまりはこの父親も攻略しなければ、ヴィオラの未来は存在しないのだ。


 私にとってそんな厳格な父親との初対面、緊張しない訳がない。完璧を求める父親の前で、私はヴィオラを完璧に演じなければならない。


 この日、お父様・・・から呼び出されたワタクシは、私が転生して以来初めてお父様の書斎へ入る事になりますわ。扉をノックし、ワタクシが入室した後も暫く書類へ目を通しサインをしていたお父様だったが、やがて、部屋中央に配置された革製のソファーへ座るよう促された。


「学園生活は順調か?」

「ええ、勿論ですわ」


「前回の試験の成績は一位。リンから聞いたが、最近はペリドットのTOP4ともうまくやっているようだな。いい心掛けだ」

「褒めていただき光栄ですわ、お父様」


「だが、ラプラス伯爵令嬢との交友はいけ好かんな」

「それは何故ですの?」

「彼女が伯爵令嬢だからだ」


 貴族の格式を重んじるアルバーン・クラシエル公爵とはこういう人物なのだ。付き合うなら侯爵、辺境伯家まで。伯爵家、子爵家、男爵家はビジネスに使える駒か召使い程度にしか思っていない。    


 その上で、どうやらワタクシの行動は監視されているようね。誰とどのように過ごしているか? 身分や格式を重んじるお父様からは、悪役令嬢と揶揄されるような振る舞いはむしろ歓迎されている。


 だからこその四大貴族であり、TOP4。ヴィオラの婚約者は、例えばアクアリウム公爵家嫡男のサザンドール・アクアリウムでもよかったのかもしれないが、ドミトリー公爵家嫡男であるロイズ・ドミトリーの情に熱く、表裏のない真っ直ぐな性格が特にアルバーンのお気に入りだったよう。


 ワタクシがラプラス伯爵令嬢を虐げていようがいまいが、お父様にとっては取るに足らない事。だが、公爵家の人間が伯爵令嬢へ近づく、ましては仲良くなる事は言語道断……そう言いたいようね。


 さぁ、どうしたものか。この凝り固まった彼の考えを改めさせるには時間が足りない。ならば、お父様の思考を上手く誘導するしかない。


「ふふふ、お父様にしてはまだまだ甘いですわね」

「何が言いたい?」


「ヒイロの父であるラプラス伯爵家が東の領地で養蜂場を営んでいる件はご存じ?」

「ほぅ、養蜂場とな」


 少しだけ片眉を上げるお父様。一応話は聞いてくれるらしい。


「ペリドット王家の食卓にも上がる蜂蜜は、農家の皆さんの間では主食とされているそうです。パンに塗っても美味しいし、紅茶とも相性がいいのです。お父様が南方のサウザンディア王国から取り寄せているサウザンティーとのセット販売も可能ですわね。それに……」


 蜂蜜には殺菌効果があり、昔から百薬の長ともされている。この世界でもそこまでは共通の知識。そして、ここからは私の出番。お父様が考えつかないような新規事業の提案。流石にお父様の表情が変わりましたわね。


「つまり、ヴィオラはヒイロ・ユア・ラプラス令嬢へ近づく事で、ラプラス家の養蜂場と専売契約・・・・を結びたい。そう、考えているのだな?」

「ええ、先日彼女は喜んで父のラプラスへ提案すると言ってくれましたわ」


「ヴィオラ。お前の考えは分かった。しかし、その化粧水・・・? それにロイヤルゼリー? 売る勝算はあるのか?」

「勿論ですわ」


 どこの世界であろうと女性とは美を追求するもの。私だって早く蜂蜜の化粧水を使いたいもの。勝算はある。それが今年の謝恩祭だ。王立であるペリドッド学園の祝賀パーティには、蜂蜜を嗜んでいる王族の人も参加する予定。ならば、そこで蜂蜜の効果を証明してみせればいいのだ。ワタクシの計画の一端をお父様へ披露してみせると、お父様は屈々と笑い始めた。


「恐れ入った。それでこそ我が娘だ。謝恩祭でのお披露目が成功した暁には、その美容分野とやらの事業をヴィオラへ委ねようではないか」

「ありがとうございます、お父様」


 お父様へ向け、恭しくカーテシーをする。そして、お父様が上機嫌になったついでにもう一つ。提案をしておこうと思うワタクシ。


「そう言えば、お父様。グレイニー伯爵家の北の土地。狙ってますでしょう?」

「ほぅ、流石我が娘だ。あそこのオレオとやらは高等部の一年生らしい。お前が耳元で囁けば、伯爵も頷くしかあるまい」

「いえ、あそこの土地よりも美味しい・・・・話があるんですわよ?」


 ワタクシは父の書斎にあった地図を開き、北のグレイニー領より少し西側に位置するアルマー辺境伯の土地、アルマーニュ領を指す。火山の麓にあるこの土地は特に産業が無く、逆に言えば貴族同士の領地争いがない平和な土地だったりする。そして、何より火山の麓には温泉が湧き、地元の民のみが嗜んでいる。先日お風呂で思い出した場所は此処だった。


「元々産業のないこの土地に開発資金を提供し、共同事業を持ち掛けたなら、きっといい投資になるとは思いません?」


 お父様の下には元々有能な人材が揃っており、観光業・・・を一つ立ち上げるくらい容易な筈。ただし、地元の民を追い出すようなやり方でなく、温泉旅館を作りつつ、地元の民も潤うような仕組みを作っていく事をワタクシは提案する。


 温泉事業は投資だとすれば、お父様が断る筈もなく……。


「気に入った! よし、そうと決まれば早速この地に温泉旅館を作ろう。明日から我も、辺境伯の地へ向かうとしよう。ヴィオラ、来年の卒業旅行はここの温泉で決まりだな。ハッハッハ」


 お父様、こんな絵に描いたような笑いをするんですわね。これで無事、ワタクシの破滅回避へ一歩近づきましたわね。


 まずはアルマー辺境伯の娘である現二年生のレイラ・・・・リサ・アルマーへご挨拶へ出向かなければなりませんわ。


 そう、このレイラこそ、原作で悪役令嬢を破滅へ向かわせた張本人。完全なる伏兵・・なのだ。レイラの彼氏だったオレオはグレイニー伯爵家の一人息子。オレオは原作でもただのモブキャラだった一人。


 だが、レイラに関しては違っていた。ヒイロが住んでいる学生寮のルームメイトで、彼女の良き相談相手だったのだ。三年の間、ヴィオラ視点ではまずレイラと出逢う事すらないのだが、原作のヒロイン視点では時々登場していたサブキャラ。そんなヒロインの友人キャラが、ヒロインのために勇気を出して決死の告発をするシーン。原作でのヴィオラの断罪シーンは、ヒロインを応援する目線だとそう映るのだ。


 これで、そんなレイラへ繋がるベクトルが一つ生まれた。彼女にとって、現時点でワタクシの姿はどう映っているのか? 今から楽しみですわね。



~悪役令嬢になったらやりたい13のこと~


 その④ お父様の新規事業を開拓しよう 

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