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第9話

 アンナは絶叫したあと力なく項垂れてしまった。

 すっかり動かなくなってしまったので、気味が悪くなったのか彼女を拘束していた者たちが離れていく。

 エミリーは止めるルカスを宥めてから、再びアンナに歩み寄った。


「主人公もね、所詮は物語の一部なのよ」


 エミリーは地面に手をついているアンナの目の前に立った。

 アンナを見下ろしながら冷たく声をかけると、彼女はガタガタと震え出す。


「……う、嘘でしょ。まさかあなたも?」


 転生者なのか、そう聞きたいのだろう。

 エミリーは否定も肯定もせずに穏やかに微笑んだ。


 悪役令嬢の役目は主人公の下級貴族の娘をいじめること。

 しかし、その先に待つ悪役令嬢の物語は悲惨なものだ。

 ならばその運命に抗おうとするのは当然のことじゃないか。


「たとえば前編で死んだはずの主人公の幼馴染が続編でしれっと生きているとか……。こういうシナリオ変更って公式でも起こりえるじゃない?」


 前世の記憶を頼りにエミリーが淡々と話していると、アンナの顔が醜く歪んでいく。


「私ね、ただ平穏に暮らしていたいの。その為に努力したのよ」


 悪役令嬢が普通に暮らしていくというのは難しい。

 主人公が存在しているだけで確実に悪役令嬢にとってのBADENDルートに入ってしまう。

 そこをどうにかしてシナリオ変更しなければならない。


「人生はアップデートの繰り返しよ。いつまでもあなたに主人公補正があると思わないでね」


 アンナは絶望した顔でエミリーを見上げている。


 エミリーの人生において、アンナは邪魔な存在だ。

 主人公アンナは本筋から必ず排除しなければならない。


 アンナが動き出すのは魔法学園に入学してからというのは分かっていた。

 だからエミリーはその前から準備をしていたのだ。

 おかげで学園に入学する頃には完璧な令嬢として周囲の信頼を勝ち取ることができた。

 こうして考えてみると、ルカスに惚れられるのは当然だったのかもしれない。




「俺たちだけならともかく、殿下にまでたてついたんだ。しかも生徒たちから金銭をだまし取っている。退学は確実だろう」


 アンナは駆けつけた警備に大人しく連れていかれた。

 これで安心だな、と小さくなっていくアンナの背中を見ながらルカスが言った。


「……ええ、もう意地悪をされることはないと思うとほっとします。でも、幼い頃からのお友達がいなくなってしまうのは寂しいですわ」


「これからは俺が傍にいる」


 ルカスがエミリーを抱きしめて頭を撫でてくれた。


「さあ、仕切り直しだ。今日は二人の婚約祝いで集まったのだからな!」


 王子がグラスを手に取って声を上げた。

 すると、友人たちが次々にグラスを手に取っておめでとうと言ってくれる。

 一瞬にして周囲が温かい空気に包まれた。

 気がつけばアンナに騙されて集められた者たちは、騒ぎに巻き込まれたくなかったのか姿を消していた。


 エミリーは会場の様子を眺めながらルカスの胸に頬を擦りつける。


「私すごく幸せです。友人が私たちを祝福してくれて、ルカス様の愛情を感じられて……」


 この幸せを絶対に守ってみせる。

 邪魔する者は相手が主人公だろうが潰してやる。

 そのための努力はこれからも惜しまない。

 それが悪役令嬢という存在に転生した私の生き方なのだから──。



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