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東北ダンジョン、今日も平和に壊れています
東北ダンジョン、今日も平和に壊れています
雨宮徹
現代ファンタジー現代ダンジョン
2025年06月17日
公開日
1万字
完結済
西暦20XX年。日本各地にダンジョンが出現していた。 日本では「成人になったら、ダンジョンが一つ与えられる」「ダンジョンをうまく運営するのが、大人の証」とされていた。 東北地方に住むエジプト人のジャミルも成人の証としてダンジョンをもらう。 しかし、ダンジョン運営には数多くの困難が待ち受けていて……。

ダンジョンもらいました

「拝啓 ジャミル殿

 貴殿は十八歳となり、ダンジョン運営の権利及び義務が生じました。つきましては、ダンジョンを一つ差し上げますので、運営・管理をよろしくお願いいたします。所在地については、別紙をご参照ください。 敬具」


 ――静かな部屋に紙の擦れる音が響く。

 俺は、届いたばかりの一通の手紙を何度も読み返していた。差出人は、日本国政府。まさか、本当に来るとは思っていなかった。


「ついに、この日が来たか……」


 しみじみと呟く。言葉にしてみると、妙に実感が湧くから不思議だ。


 日本に来てまだ日は浅いが、街のそこかしこで「ダンジョン運営」という単語を耳にしていた。公園で子供がスライムを叩いている横を、おじいさんが「うちのミノタウロスは元気だよ」と笑って通り過ぎる。向かいのサラリーマンは、朝の挨拶代わりに「ゴーレムの調子はどう?」と聞いてくる。


 この国では、十八歳になると一人一つ、ダンジョンを持つことが当たり前になっているらしい。しかも、運営の善し悪しで、その人間の「格」が決まる。まるで、ダンジョンが人生の履歴書でもあるかのようだ。


 思えば、隣のおじいさんのダンジョンも、かなり手が込んでいた。苔むした石造りの通路に、歴戦のトラップ。あれを一人で作ったのかと思うと、ちょっと尊敬する。


 ――俺も、一人前にならなきゃいけない。


 まずは勉強からだ。この都市には、日本一のダンジョン運営者がいるという噂を聞いた。名前は……ええと、相沢? 秋山? 赤崎?


 ――いや、名前はどうでもいい。重要なのは、彼が「ダンジョン運営のコツ講座」を開いているということ。それさえ学べば、俺もこの雪深い地で立派にやっていけるはずだ。




「ここが、講座の開催場所か……」


 地図に従ってたどり着いた先は、ごく普通の一軒家だった。看板には「天田」と書かれている。


 名前すら違った。思っていたよりも地味だ。いや、地味というより、「これで合ってるのか?」というレベルの佇まい。


 インターホンを押すと、奥から野太い声が聞こえた。


「入って左の部屋に行ってくれ」


 どうやら、今は手が離せないらしい。俺は言われた通り、靴を脱いで中へ入る。廊下はやや狭く、生活感がある。玄関にゴブリンの置物があるのを見て、少し緊張した。


 左の部屋に入ると、そこには見た目そのまんまのゴブリンがいた。


 小柄で、灰緑色の肌。鋭い爪と、ぎょろりとした目。思ってたよりも、臭い。


「これが、ゴブリン……?」


 思わず呟くと、奥で椅子に座っていた男が声をかけてきた。


「おっ、君も受講者か?」


 柔和な笑みを浮かべながら近づいてくる。


「仲間がいて心強いよ。俺は町田っていう」


「俺はジャミル。エジプト人だ」


「へえ、エジプトは乾燥地帯だから、東北の気候に慣れるのは大変だろ?」


「ええ、まあ。特に雪には苦労してますね」


 初対面でも自然と会話が弾む。町田は人当たりがよく、どこか飄々とした雰囲気がある。俺の緊張も、少しだけ解けた。


 しばらくすると、講師の天田が部屋に入ってきた。


 スーツを着てはいるが、ネクタイは緩く、髪もボサボサ。だが、その姿にはどこか余裕と風格がある。何より、視線が鋭い。場の空気を支配する力を感じる。


「今日の受講生は君たち二人だ。さて、数時間だがダンジョン運営成功の秘訣を教えよう」


 その声には、一切の迷いがなかった。さすが「神様」と呼ばれる男だ。


「君たちも知っているだろうが、こいつがゴブリンだ。こいつらは、一層目に配置すれば問題ない」


 目の前のゴブリンが、くちゃくちゃと何かを噛んでいる。ガム? いや、骨か?






 その後も講座は続いた。罠の配置、モンスターの役割分担、冒険者の心理を突く方法――といった内容を期待していたが、実際は違った。


「適所に配置しましょう」「モンスターは育てれば応えてくれる」


 当たり前すぎる。具体性が一切ない。


 俺が質問しようと手を挙げる前に、町田が感激したように立ち上がり、「おお、神様!」と大げさに天田と握手している。


 講座の最後には、当然のように受講料の請求が来た。


 正直、払う価値があったとは思えないが、ここでケチっても始まらない。


「おお、そうだ。そこの君。ダンジョンには、どんなモンスターを配置するんだい?」と天田が尋ねてきた。


「うーん、故郷のモンスターですね。スフィンクスとか」


 ぼんやりと、だが俺はそう答えた。


 エジプトで育った俺にとって、それはごく自然な発想だった。


 天田は鼻で笑った。


「ふふ、そんな甘い考えでは運営はうまくいかないぞ」


 明らかに上から目線だ。俺の中で、静かに闘志が燃え上がる。


 ――こうなったら、日本一の運営者となって、見返してやる。





 家に戻るとすぐに、俺は故郷に連絡を入れ、伝説のモンスターたちを取り寄せた。


 謎かけのスフィンクス。定番のミイラ男。そして、冥界の王・アポピス。


 この三体がいれば、立派なダンジョンになるはずだ。


「よし、スフィンクス。俺に謎を出してみろ!」


 どれほど深淵な問いが返ってくるのか。わくわくしながら耳を澄ませる。


「……。1+1は?」


 は?


「難しすぎて答えられないか。答えは3だ」


 満足げにふんぞり返っているスフィンクス。


 違う。そうじゃない。俺は、ただ呆れているんだ。


 お前、知能低すぎないか? それ、謎かけじゃなくて算数なんだが?


 残念ながら、モンスター返却制度はない。バグったAIを引き取ったような気分だ。


「大丈夫、まだミイラ男たちがいる……はずだ」


 不安を押し殺し、俺はスフィンクスを門番としてダンジョンの入り口に配置した。ぶっちゃけ、番犬の方が役立ちそうだが、今は考えないでおこう。


 こうして、豪雪地帯の片隅に、一つのダンジョンが誕生した。


 まだ誰も訪れていない、真っさらな冒険の地。


「さて、明日からオープンだ」


 来るがいい、日本人よ。俺のミイラ男たちが、お前らを震え上がらせてやる。


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