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愉快な三匹組

 ダンジョン運営初日。新しいダンジョンが誕生したということで、多少は話題になると思っていた。いや、正直、行列ができるくらいの期待はしていた。


 ……が、現実は非情だった。


 ここは、海のそばにある東北のへき地。風がビュウビュウ吹きすさび、郵便配達員すら滅多に姿を見せないエリアだ。ダンジョン前に立っていても、人っ子一人、通らない。


「いや、こんなはずはない。場所が悪いだけじゃ、ここまで閑散としないはずだ。何かが……おかしい」


 自作のホームページは、夜なべして作った力作だ。トップページには、「エジプト神話の世界を再現! 本格ミステリーダンジョン!」の文字がドーンと出ている。


 なにしろ、この国はゴブリン天国だ。どこのダンジョンも、どいつもこいつもゴブリンを使っている。そんな中で、スフィンクスを配置してる俺のダンジョンが埋もれるなんて、ありえない。


「もしかして、エジプト色が強すぎたか? 奇をてらいすぎた?」


 いやいや、差別化こそ命だろう。そう思いつつ、パソコンを起動して近隣のダンジョンの稼働状況を確認する。


 画面に浮かび上がるのは、地図上に表示された“人の気配”を表す光る点たち。その点が、とんでもない偏り方をしていた。


「なんてこった。天田のダンジョンにしか人がいない……!」


 地元民はもちろん、配信者や遠征組まで天田のもとに集まっているようだ。これはもう、格差と呼ぶべきレベルだ。


「くそ……。この街には、日本一のダンジョン運営者がいる。こうなるのも無理はない。でも、わかっていたはずじゃないか。俺は、この壁を越えるために来たんだ」


 気を取り直そう。今は嘆くより、改善策だ。ダンジョンの維持費もバカにならない。スフィンクスなんて輸送費込みで、車が一台買える値段だった。ミイラ男たちも、乾燥処理オプションつきで高かった。冥界の王に至っては「知識型ペット」として登録料が別で発生した。


「人が来ないってことは、入場料も入らない。つまり、赤字を垂れ流してるってことだ」


 このままだと、義務を果たせない。ダンジョン運営は日本における居住権に紐づいている。失敗すれば――本当にエジプトに追い返されかねない。


「こうなったら、ミイラ男を前面に押し出すしかない。スフィンクスは、ちょっとアホだったしな……」


 俺は決意を胸に、ダンジョン内部に足を踏み入れた。


 その瞬間、鼻をつくのは――湿った空気。そして、響く嗚咽のような音。


「……ん? 誰か泣いてる?」


 通路の先で、すすり泣くような声が反響していた。慌てて駆け寄ると、そこにいたのは、包帯ぐるぐるのミイラ男だった。


 膝を抱えて、号泣している。


「お、おい、何があった!?」


 ミイラ男は、無言で壁際を指さす。そこには……じわり、じわりと水が染み出していた。


「あ、ああ……雪解け水か。そりゃまあ、東北だしな。でも、それがなんだっていうんだ?」


 ミイラ男の口がモゴモゴと動く。だが、包帯のせいで何を言ってるかはさっぱり分からない。口の動きと、うっすら読めた表情から――たぶん「水、嫌い」と言っているように見えた。


 よく見ると、包帯が濡れて、重たそうに垂れ下がっている。まるで雑巾だ。


「やべぇ。エジプトは乾燥してるから、湿気に慣れてないのか」


 俺は慌てて自宅に戻り、タンスの奥に眠っていた除湿器を引っ張り出してきた。久しぶりに動かしたが、意外と元気に作動した。


「ほら、これで大丈夫だ」


 ミイラ男は、包帯越しに微笑んだ……ように見えた。あくまで、たぶん、気のせいじゃなければ。


 とりあえず、ミイラ男のメンタルケアは完了。


 だがそのとき、足元に――何かが、ぬるっと絡みついた。


「ひゃっ!?」


 跳ねて後ずさりし、目を凝らすと――そこには、巨大な蛇の姿があった。黒くて、ねっとりした瞳で、俺をじっと見ている。そして、舌をシューッと出し入れしながら、首をかしげてきた。


 ……あれ? なんか、人懐っこくない?


 こいつは、冥界の王・アポピス。恐怖の象徴、世界を滅ぼす混沌の具現化のはずだが……なんか、ペットショップにいる大蛇みたいな仕草してる。


「おいおい、嘘だろ……。お前、冥界の王じゃなかったのかよ?」


 急いで自室に戻り、購入時に入っていたモンスターの特徴シートを引っ張り出す。読まずに捨てかけたが、今こそ確認すべきだ。



【モンスター特徴シート】


●スフィンクス

→知能は幼稚園児レベル。謎かけは自己流。インテリアにも最適。


●ミイラ男

→湿気注意。泣くと自分の涙で包帯がさらに湿るため、情緒の安定が必要。


●アポピス

→天体に詳しい。人懐っこく、おしゃべり好き。初心者向けの爬虫類型モンスター。



 俺は、しばらく言葉を失った。


「俺、もしかして、ダンジョンじゃなくて癒し空間を作ってないか?」


 この三体じゃ、たとえ人が来たとしても、戦う気を失う可能性がある。っていうか、スフィンクス、幼稚園児って。謎かけがおかしかったわけだ。


 だが、今さら返品もできない。こいつらで勝負するしかないのだ。


「だったら……もう、やるしかない!」


 冒険者が来ないなら、自分で配信して、魅力を伝えるしかない。そう、これは逆転のチャンスだ。


 ダンジョン配信。自分が実況し、自分のモンスターの良さをアピールする。これが、俺の逆襲の始まりだ。


「見てろよ、天田。必ずギャフンと言わせてやるからな」

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