翌日。俺はマイダンジョンを配信すべく、手元のスマホとにらめっこしていた。機材の準備といっても、大層なものはない。本格的なカメラやマイクを揃えようものなら、それこそダンジョン経営が赤字で破綻する。そんな予算は、今の俺にはない。
せめてこのスマホが最新機種ならな。画質も音質もマシになるだろうに。
ため息交じりにカメラの位置を調整しながら、ひとりごちる。背景に余計な段ボールが映らないように、角度には気を使った。
「まあ、これで人が増えればいいが……」
ぽつりと漏らしたその言葉に、自分でも期待と不安が滲んでいるのがわかった。再生数が伸びて、話題になって、来場者が増えて……その流れの先に、天田を見返せる日が来るかもしれない。
そう思って、配信開始ボタンを押す。
画面の向こうに誰かがいると信じて、俺はスフィンクスの前に堂々と立った。こいつはダンジョンの門番として配置しているが、正直まだまだ調整中だ。
「さあ、スフィンクスよ。俺に謎を出してみろ!」
意気込んで叫ぶ俺の声が、石造りの空間に響く。数秒の沈黙。緊張の間を置いて、スフィンクスが口を開いた。
「今日は何曜日だ?」
……は?
一瞬、何かの聞き間違いかと思った。だが、何度思い返しても、スフィンクスの言葉は「曜日」だった。謎解きじゃなくて日常会話。クイズ番組の序盤のジャブですら、もう少しひねるだろう。
「おいおい、算数じゃなくて日常会話になってるぞ。これ、大丈夫なのか?」
とりあえず苦笑いしながらカメラ目線でごまかすが、内心は冷や汗モノだった。慌ててスマホの視聴者数を確認すると、画面の隅に「3」の数字。
三人。少ない。けど、ゼロじゃない。とにかく、何か引きのある映像を――と意識を切り替えたところで、コメント欄が動き始めた。
「なに、こいつ。自分のダンジョン配信してるwww」
「暇人ワロタ」
「スフィンクス、頭が残念すぎるだろ」
早くも厳しい洗礼が始まっていた。好意的とは言い難いが、反応があるだけマシだと思いたい。そう、思いたいが、胃がきゅっとなるのを止められない。
まだだ。ここから逆転すればいい。
「次は、ミイラ男のコーナーです!」
声のトーンを切り替えて、切り札のミイラ男をカメラに映す。除湿器も設置してあるし、湿気による腐敗臭は抑えられているはずだ。見た目は……まあ、ギリギリ許容範囲内だと思いたい。
しかし、そこにいたミイラ男は、静かに座り込んでいた。何をしているかと思えば――
「……って、おい。包帯の巻き替え中なんだが」
生々しい肌の一部が露出しており、何とも言えない生活感を放っている。撮っちゃいけないものを映してしまったような気まずさに、指が止まった。
コメント欄が一気に盛り上がる。
「ミイラの中身、見えてるぞ」
「これ、配信事故じゃね?」
「掲示板で無能運営者って書いてくるわ」
終わった。完全に終わった。冷や汗どころか、背中が凍るような感覚だ。アポピスを紹介する余裕なんてない。蛇神に暴れられたら、今度こそリアル事故になる。
「こんなダンジョンです、気になったら来てください」
それだけ言って、そっと配信終了ボタンを押した。スマホの画面が暗転する。
「こりゃ、見返すどころか、エジプトへ返されるかもな……」
誰にも見られないように、ため息をついた。天田の高笑いが脳裏にちらつく。
だが、そのときの俺は、まだ知らなかった。
――この配信が、後に思いもよらぬ大騒動を巻き起こすことを。