配信の翌日。ようやく一組目の来訪者がやってきた。意外にも、親子連れだった。子供は幼稚園児くらいに見える。
「子連れでダンジョンに来る……?」
思わず声が漏れそうになった。ダンジョンといえばモンスター、罠、そして死。そんな場所に小さな子供を連れてくるなど、常識では考えられない。第一層にはゴブリンが出るのが定番だ。もし親が目を離したら、一瞬で八つ裂きコースだろう。
「あなたがダンジョン運営者のジャミルさんですか?」
父親らしき男性が、落ち着いた声で話しかけてくる。
「ええ、そうです」
内心は驚いていた。なぜ俺の名前を? 昨日ようやく配信を始めたばかりの、辺境の過疎ダンジョン管理人を?
「入場料はいくらですか?」
思わず、目を瞬いた。このダンジョンに金を払うって? まさか、そんな物好きがいるとは。自分で言うのもなんだが、入場料を取る価値があるとは思えない。
「タダですよ、タダ。面白かったら、知人に宣伝してください。それで十分です」
本音だった。今は評判を得るほうが大事だ。ここで金を取っても、「中身のないボッタクリダンジョン」と悪評が広まるだけだ。しかも、昨日の配信を見ていたらなおさらだろう。
「では、お言葉に甘えさせてもらいます。勇樹、まずはスフィンクスと知恵比べだ」
「わーい、スフィンクスだー!」
少年はぴょんぴょん跳ねながら、ダンジョン内に足を踏み入れていく。子供特有の、あの世界が冒険で満ちているような目だ。
だが俺は、先を見通していた。あのスフィンクスに会えば、たぶん幻滅するだろう。
「それでは、謎を出そう。1+1=2だ。では、1+1は?」
うん、言い回しが変わっただけで答えまで言ってる。これを謎というのは、もはや詐欺レベルだ。
子供は「うーん」と頭を抱えて考え込んでいる――フリをしている。目元が笑ってる。これは完全に「難しかったけど、俺、頑張ったよ」ムーブだ。最後にドヤ顔でキメるつもりだな。
「答えは2だ!」
「ほほう、貴様は先に進むのに相応しい知恵の持ち主だ。さあ、行くがよい」
わざとらしい重々しい声で、スフィンクスは道を開けた。演技力の欠片もない。逆に清々しい。
俺はタブレットを取り出し、配信画面を確認する。視聴者数は……お、24人。昨日のことを思えば地味に伸びてる。そして、コメント欄を覗くと──
「これはダサい」
「幼稚園児に負けるスフィンクスwww」
「掲示板の噂、本当だったのか……」
掲示板? そういえば、昨日のコメントで「掲示板に書いてくるわ」って奴がいたな。
「あの、すみません。あなたは、どうやってこのダンジョンを知ったんですか?」
「ネットの掲示板でね。『幼稚園児でも勝てそうなスフィンクスがいる』って書いてあったからさ」
確かに事実だけど、言葉にされると普通にダメージがある。
だが、そこでふと、何かが脳裏をかすめた。
待てよ。このままギャグ路線に舵を切れば……? そして、それがウケれば……?
可能性が頭をもたげる。勝てるかもしれない。真面目にやってダメなら、ネタに走ってみるのも手だ。
その夜、俺は配信内容を練るために頭をフル回転させた。
どうすれば、ミイラ男を映える存在にできるか。アポピスをバズらせられるか。
深夜。ようやく名案が浮かんだところで、俺は眠りに落ちた。夢の中では、バズった配信のコメントが流れ続けていた。