翌日。俺は秘策を引っ提げて、いつものようにダンジョンへ向かっていた。
昨日の配信がじわじわと広まり始めたのか、来場者の数は目に見えて増えている。昨日は親子連れ一組だけだったが、今日は三組六人が並んでいた。まさか、本当に効果が出るとは。
「よし、今日が勝負だ」
気合いを入れ直す。今日の仕掛けは、二段構え。昼は笑いで釣り、夜は知的好奇心で刺す。バズるためにはギャップも武器になる。
ダンジョンの入口で来訪者が集まり始めたのを確認すると、俺は軽く咳払いして言った。
「みなさん、今日は特別に――ミイラ男による『日焼け対策講座』を開催します!」
一瞬、場が静まり返る。想像どおり、ほとんどの客が「は?」という顔をしている。だが、ここで押し切る。
「ミイラ男は、全身包帯で紫外線対策ばっちりです。ここは東北とはいえ、夏の日差しは侮れません。皆さんも今日からミイラ式対策、始めませんか?」
傍らのテーブルには、安価な包帯を山盛り用意してある。もちろん未使用だ。客たちが戸惑いつつも、興味を惹かれたように手を伸ばし始める。
「包帯はこう巻くんです。首元、耳の後ろ、忘れがちなポイントですね。はい、ミイラ男先生、お願いします」
ゆっくりと、しかし堂々と現れるミイラ男。大きな動きはないが、包帯の扱いは意外と手慣れていて、見ていてなぜか癖になる。
スマホを手にした客が笑いながら動画を撮っている。いいぞ、拡散しろ。配信画面を確認すると、視聴者は159人。コメント欄も賑わっている。
「斬新だわ」
「この企画、おもしろ」
「まあ、日本は温暖化してるしな」
狙いどおり。笑いながらも「なんかためになった気がする」という微妙な納得感が、ちょうどいい。
だが、本番はここからだ。
日が落ちて、空が茜から群青に変わる頃。俺は改めて配信カメラの前に立った。
「さあ、夜になりました。今から――冥界の王・アポピスと天体観測を始めます!」
画面のコメントが一気に動き出す。
「そういえば、この前の配信でアポピスいなかったな」
「これは期待」
「冥界の王と天体観測……?」
よし、乗ってきたな。
暗がりの中、神殿風のスペースに照明が灯る。そこに現れたのは巨大な蛇型のモンスター、アポピス。神話由来のモンスターのわりには、目元が優しく、表情(?)も柔らかい。
「あのー、アポピスって蛇ですよね。我々、食べられないでしょうか?」
現地の来訪者の一人が、おそるおそる声を上げる。
「ご安心ください。うちのアポピスは『人懐っこい』と保証付きです。むしろ話し好きなので、捕まったら天体のうんちく聞かされる方が怖いかもしれませんよ」
わざと笑いを交えながら返す。会場にくすくすと笑いが漏れる。
「でも、なぜ天体に詳しいのでしょうか?」
そう、その質問を待っていた。
「神話では、アポピスは太陽を飲み込む存在、すなわち日食を引き起こす者とされていました。つまり、古代エジプトにおける『天体現象の象徴』だったんです」
軽くレーザーポインターで星を指しながら説明すると、観客の視線が自然と夜空に向く。
「つまり、彼は“神話の中の天文研究者”でもあるんですね」
その一言に、あたりから「へえー」と小さな感嘆がもれる。よし、ここでさらに深く。
アポピスが機械仕込みの音声で、神話と星座の関係を語り出す。どこにどの神話が対応しているか、なぜ星は文明の始まりとともに語られるのか。
空気が変わった。子供たちすら、目を輝かせて星を見上げている。
配信コメントも一変する。
「これ、ためになったわ」
「無料で見ていいのか……?」
「明日、ここで見た知識でドヤ顔するわwww」
笑いと知識の両立。俺の狙いは完璧に刺さった。
「私たち、何気なく見ていた星空にこんな意味があったなんて……」
小さくつぶやく来訪者の声が、今夜の成功を物語っていた。
さあ、反撃開始だ。
次は――あの天田の鼻っ柱をへし折るだけだ。