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ようこそ、日本一のダンジョンへ

 朝の時点で、配信の視聴予約が三千人を超えていた。理由は一つ。今日、ついに“あの男”がやってくる。



「日本一のダンジョン運営者、天田来訪!?」

「マジか、あの高級ギミックの覇者」

「ジャミル終わったな……」



 コメント欄は、すでに騒然としていた。まるで主役の座が奪われたかのような空気。だが俺は、ただ静かに息を吸った。


 知っている。こいつは、自分以外のダンジョンを「遊び」と切り捨てる男だ。効率、利便性、予算の潤沢さ――それらを武器に、地方で夢を見た運営者たちを何人も潰してきた。


 でも、今回は違う。俺には――配信がある。観客がいる。味方がいる。そして、最後の仕掛けも。





「ここが、噂のバズ狙いダンジョンか」


 天田が姿を現したのは、ちょうど昼過ぎ。陽光の差し込むエントランスに、黒のジャケットがよく映えていた。彼は一歩足を踏み入れた瞬間から、空間のすべてを値踏みするような目をしていた。


 整然と整ったミイラ展示ゾーン。昨日の来訪者が残してくれた「日焼け講座・体験者の声」の短冊も、今では展示の一部になっている。


 だが、天田はそのすべてに一瞥をくれただけで、鼻で笑った。


「クオリティ、低っ。大道芸と変わらんじゃないか」


 その言葉に、付き従うスタッフらしき男たちもくすりと笑った。


 全員がスマホで撮影しながら、面白半分にメモを取っている。


 やはり、他所を見下すスタンスは変わっていない。でも、それでいい。むしろ好都合だ。


「では、アポピス様との“星読みの間”へどうぞ」


 俺の言葉に、天田は「は?」と眉をひそめた。だが、案内通り足を踏み入れると、空気は一変する。


 壁一面には投影された夜空。レーザーが天井を流れ、精密な星図を描き出す。古代と現代が重なり合う神秘の空間。


「かつて古代エジプトでは、星の動きが運命とつながっていると信じられていました……」


 音声ガイドが響くたび、観客の足音すら止まる。


 天田も、無言のまま立ち尽くしていた。


「これは……意外と、よくできてるな」


 低く呟いたその声には、先ほどの嘲笑が消えていた。


 配信コメントが、湧き上がるように流れていく。



「天田、口数減ってて草」

「星座演出すげぇ……」

「ここ、本当に最底辺ダンジョンか?」



 その瞬間を、俺は待っていた。


 そして、仕込んでいた決定打が、アポピスの口から語られ始める。


『天田よ――かつて汝は、この地を「遊び場」と嘲りし者なり。されど今、星々も語る。変化を恐れぬ者こそが、真の支配者なり、と』


 しばしの沈黙。場の空気が、ぴんと張り詰める。


 天田の目が見開かれる。


 AI音声による合成。それは、彼が過去に語ったインタビュー記事の発言を巧みに編集し、再構成したメッセージだった。


「これは、俺の発言……?」


 まさか、過去の自分の言葉が、こうして皮肉として返ってくるとは思っていなかったのだろう。自信に満ちたその表情が、一瞬だけ崩れた。


 痛烈な皮肉――そして、俺からの復讐の一撃。静かな勝利の鐘が、確かに鳴った。


 天田は、それ以上何も言わなかった。ただ、踵を返す。そして出口で、振り返りもせずに呟いた。


「見事だった」


 その声だけが、微かに聞こえた。





 その夜、配信の視聴者数は一万人を突破した。コメント欄には、笑い、驚き、称賛が絶えず流れ続けた。


 翌朝、政府のダンジョン運営管理課から通知が届く。件名は簡潔だった。


「来訪者数、日本一記録更新」


 画面を見つめながら、俺はゆっくりと息を吐いた。


 ようやく、ここまで来たか。


 かつて、誰にも見向きされなかったこのダンジョンが、今、星のもとで輝いている。


 ミイラも、蛇神も、冗談交じりの講座も――全部が、この舞台の一部だった。


 俺は、胸を張って言える。


「いらっしゃいませ。ここが日本一、面白いダンジョンです」

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