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8 いざ、移動

 ――このまま同じ場所にいても、きっと何も変わらない。


 午後3度目の襲撃を片付けて、私は決意した。

 ここから移動して、人の住んでいるところを探そう、と。


 具体的に何がしたいかというと、この世界の情報が欲しい。

 子供たちに与えられた力を考えると、おそらく私たちは「必然」でこの世界に召喚されたのだ。

 そうであるからには、「私たちが成すべきこと」が必ずあるはず。


 現状、それが何なのかが全くわからないので、受け身の姿勢で丸一日過ごしてきた。

 この草原は見晴らしがいいので、襲撃に対応するにはとても有利だ。だけど、ただモンスターを倒しているだけではいたずらに時間が消費されるだけ。元の世界に帰る方法がわからない。


 川沿いに下っていけば、人が住んでいるところが見つかるはず。

 人間が生きるには水は必ず必要で、川は漁をしたり水運に使ったりと、生活と切っても切り離せない物だから。


 ……人間、この世界にいなかったらどうしよう。

 その可能性に気付いてしまい、私はちょっと震えた。


 暗くなる前に夕飯のお弁当を食べ終わり、その後襲ってきたジャイアントバット――コウモリ型のモンスターの群れを倒したらおにぎりをドロップした。

 ……どうみても、コンビニのおにぎりですね……。フィルムに包まれてるやつ。ちゃんと前面のラベルには「しゃけ」「おかか」など中身が表記されている。


 私が死んだ眼でそれを眺めている間に、子供たちは好きな具のおにぎりを選んでいた。やっぱり人気は鮭。だけど宗久むねひさくんだけは梅干し大好きなので、残った梅おにぎりを抱えてほくほくとしていた。


 夕暮れ前に夕飯食べると、確かに朝凄くお腹が空いてるんだよねえ。助かるっちゃ助かるんだけども……。

 私が残っていた昆布とおかかのおにぎりをコンテナから取り上げると、役割を果たした黄色いコンテナはすうっと消えた。

 そういうところ!! あー、ぞわぞわするぅー!


「明日から川に沿って移動するよ」


 颯太そうたくんと杏子あんずちゃんにお風呂を出してもらって、それに入る前に子供たちに向かって説明をする。


「元の世界に帰る方法は必ずあるんだけど、それを探さないといけないからね。まず、人が住んでるところを探そう」

「なるほど、情報収集ですね」


 一翔かずとくんの言葉に悠真ゆうまくんもうんうんと頷く。理解が早い子が同意してくれたので、みんななんとなく「そんなもんかー」という顔をした。


「今日はお風呂に入ったら寝ましょう。明日の朝ご飯を食べたら出発します。早く目が覚めてお腹が空いたら、おにぎり食べていいからね」

「はーい」


 元気な声が帰ってくる。うーん、今日だけでも10回以上戦闘をしたというのに子供たちは元気だなあ。


「先生、杏子ちゃんと一緒に寝てもいいですか?」


 出しっぱなしになっていた椅子テントから、聖那せいなちゃんが毛布を持ち出して抱えてきた。

 昨日は咄嗟のことだったから出席番号でバッサリ分けたけど、仲良し同士は一緒にいたいのが当たり前だ。きっとその方が安心するだろうし。


「うん、いいよ。聖那ちゃん以外も、お友達と一緒のテントがいいって子は移動していいからね」

「俺も雄汰ゆうたと一緒に寝ていい?」


 太一くんが身を乗り出してくる。それに対して私はわざと唇を尖らせて見せた。


「それは駄目でござるぅー」

「なんででござるかぁー」


 さっそく太一くんから同じ顔でブーイングが上がる。この子のこういうノリのいいところ、嫌いじゃないな。


 太一くんと雄汰くんはこれでも仲が良い。悪戯仲間ってやつだ。ひとりがふたりになると相乗効果でうるささが5倍くらいになる。だから、仲が良くても寝るときは一緒にはできないんだよ! 


「ふたり揃ったら寝ないから! 昨日みたいにバタバタしてたら他の子が迷惑でしょう?」

「先生、おーぼー」

「おーぼーでいいですぅー。太一くんもお風呂入って!」


 ぐいぐいと太一くんを脱衣所に押しやる。他の子はそんな太一くんを見て笑っていた。



 椅子では火起こしまではできないから、完全に暗くなってしまう前に私たちはテントの中に引きこもった。

 はっきり言って私が寝るには数時間早いんだけど、他にやることもないから寝る。それに、今日は寝不足だから、早く眠れるのはありがたい。

 子供たちも最初はなかなか寝付かない。でもみんなでしりとりをしている間に、ひとり、またひとりと寝落ちていった。

 今夜も裏拳と踵落としかなと覚悟を決め、私は希望のぞみちゃんと優安ゆあんちゃんの手を握り直すと、子供たちの穏やかな寝息を聞きながらとろとろと眠りに就いた。



「じゃあ、出発しまーす」


 椅子テントを消し、私は並んだ子供たちに向かって宣言した。

 並び順はいつもの2列ではなく、縦が8列。横は4列であまりがふたり。5列目になるふたりは和田わだ陽斗はるとくんと齋藤さいとう悠人はるとくん。うちのクラスのWはると。

 うーん、ややこしい……でも男子の方が人数多いから、男女ペアで並べていくと必ず余るふたりは男子になるわけで、確率的にこういう事は起きちゃうんだよね。

 ラッキーなことに、Wはるとはクラスの中でも比較的落ち着いている方だ。隣に他の子がいないからっていきなり勝手な行動を取ったりはしないだろう。


 これは教室の座席順だ。絶対に遭遇するであろう戦闘のことを考えると、通常移動に使う縦2列はどうしても危険に思えた。更に、「隣の席の子」とセットにすることで、単独行動を抑えることを狙っている。


「隣の子と絶対離れないようにね! 何かするときは必ずふたり一緒だよ!」 


 小学1年生は、結構フリーダムだ。集中力も続かない。だからこその、簡易バディシステム。  

 体力自体もそもそもないし、適当に休憩を入れながら歩いても……子供の足だからそんなに距離は稼げないなあ。

 多分、一番小さい智輝ともきくんとか、優安ゆあんちゃんが最初に疲れたって言い始めるはずだから、その時間を目安にして、モンスターを倒した後にテントを出して休憩しよう――。


 そう、思っていたんだけども。


「みんなー、ちょっと待ってー。そんなに速く歩かないでー! 先生追いつけないー」


 まさかまさか、ガンガン歩く子供たちに付いていけず、真っ先に音を上げたのは私だった!!

 先頭を歩くと子供たちの様子がわからないので、私は一番後ろを歩いていた。それが目一杯仇になってしまった!


 そうか、そもそもVITの数値は私が一番低いんだった。こんなにも如実に反映されてるなんて思わなかったよー!


「えー、先生足遅い」


 雄汰くんの言葉がぐっさりと刺さる。私はくたくたとそこに座り込むと「休憩!」と叫んだ。


「先生、一番VITが低いの! HPも低いの! わー、悔しいよー!」


 感情を剥き出しにして悔しがったら、子供たちにも理解できたらしい。目に同情の色を浮かべて立ち止まってくれた。


「先生、椅子出してあげるから座って」

「ありがとう、りんちゃん」

「椅子召喚」


 戦闘には参加しない凛ちゃんだけど、それはやっぱりこういう思いやりの強さが理由なんだろうな。そう思いながら、凛ちゃんが出した大きめの椅子に座る。これは形は学童用だけど、大きさが全然違った。


 しかし――。


「オッケー! 行くよー」

「えっ!? ええええええ!」


 凛ちゃんが椅子を押すと、椅子がするすると動いた。

 嘘ー! この椅子、キャスター付いてる!!


「イエーイ、行っくぜー!」

「ゴーゴー!」


 凛ちゃんは私が座った椅子Wはるとに託すと、元の位置に戻った。


 子供たちの隊列はガンガン進む。

 ――椅子に座った私を連れて。


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