毎朝恒例のモンスターの襲撃は、また騎士たちには後ろで見ていてもらい、子供たちの椅子で撃退した。
一部の騎士は子供だけに戦わせるのをよしとしなかったけども、「でも、子供たちが椅子で倒さないと食事が出ないので」という私の一言ですごすごと下がっていった。
クリスさんから聞いた話では、彼らは移動日数に応じた保存食を携帯してはいるけども、不測の事態に備えてできるならばそれは温存しておいた方がいいそうだ。
だから、モンスターから出てくる食事に関しては、子供たちにとっても騎士たちにとってもメリットがある。
「はちみつコッペだ!」
「僕、粒あんマーガリンがいい」
黄色いコンテナに詰まっていたのは、コッペパンに何かを挟んだもの。
和食好きな
ジェフリーさんとか、昨日のうちに子供に馴染みきったコミュ強騎士は、何がお勧めか聞きながら選んでいたりする。
そして私は、卵サンドを何個も抱えたレイモンドさんと、笑顔でジャム&マーガリンとはちみつ&マーガリンを両手にいっぱい抱えたクリスさんと向かい合っていた……。
「何が言いたいかわかりますよ。『おまえ、卵好き過ぎだろう』と思ってますね」
少し長い黒髪を後ろで括ったレイモンドさんが、クールな表情のままで私に向かって言う。そんなに顔に出てたかな……。騎士なんだから、肉とか野菜とかもっと食えよと思ったのは事実だけども。
「半分当たってますね。残り半分は」
「『おまえ、甘い物好き過ぎだろう』と私が思われているんでしょうね。ですが、こういった甘い物を食べる機会はなかなかないので、つい手が伸びてしまって」
クリスさんは甘い物が好きなのかもしれない。はちみつがたっぷり塗られたパンを頬張って幸せそうにしている。
「……あまり、偏った食べ方をしないようにと子供たちに言っている手前……」
この世界、まだ栄養学が全く発達してないのかもな。
この前の村を見た限りでは、「その土地で穫れる作物で生きている」って感じだったし選り好みができる段階ではないんだろう。
私が持っているのは、余っていた粒あん&マーガリンとツナ&レタスとハム&チーズだ。バランス的には、うん、まあまあかな。
「食べながらで失礼。昨夜は大変快適に過ごさせていただきました。ありがとうございます」
ひとつのパンを3口くらいで食べながら、口の周りを汚さずにクリスさんが喋る。
「それはよかったです。いろいろ知らない物が多くて困惑もされたかと思いますが」
「驚いてばかりでしたよ。髪を洗う石けんと体を洗う石けんが違うのもですが、髪を乾かす熱風が出る道具とか。――それに、あの大量の水はどこから現れて、使った水はどこへ消えるんでしょうか。……考えると不気味ですね」
卵サンドを持ったままでぶるりと震えたレイモンドさんに、私はやっと同志ができたと食いついた。
ひとりで抱えていたこの理不尽に対するなんともいえない感情は、子供には理解できていないようだったから。
「そうなんです、気持ち悪いんです!! 例えば、使った水が流れ出て、川に流れ込んでいくのが見えたりすればそれなりに納得もできるんですが」
「ミカコさんから見ても気持ち悪いのですか……うう、気持ち悪い」
レイモンドさんと私は鳥肌を立ててしまい、食べかけのパンを膝に置いて「気持ち悪い」を連発しながら自分の体をさすった。
「考えても仕方がない。この食事ですら奇跡の産物なのだから」
イケメン騎士が真顔で真実を言いながら、ジャム&マーガリンを頬張っている。
「クリスさんは、貴族の生まれですよね?」
「ええ、そうです。わかるものでしょうか?」
「なんとなく、ですが」
クリスさんが貴族だと思ったのは、隊長という立場のこともあるし、様々なことに関する鷹揚さの中に「豊かなところで育った」のが見え隠れするからだ。
優雅は無駄から生まれるというのが的を得ているなら、この人には他の騎士とは違う優雅さがある。だから貴族だろうと推測した。
「ジェフリーさんは平民でしょうか」
「はい、彼はこの騎士団の中でも叩き上げの騎士ですね。あれでも副団長補佐という役目に就いています。昨日は、その、見苦しい様子を見せていましたが……」
レイモンドさんが言葉を濁す。昨日のお尻洗浄機能での半ケツ騒動のことだな……。
きっとあれって、今後語り草になったりするんだろうな。ご愁傷様。
「怪我を負って引退する者も多い中で、15で入団して20年も前線に立ち続ける者はそうそういませんよ。間違いなく辺境騎士団での『最強の盾』の一角です。もう少し思慮深くあれば一団を任せられる実力者なのですが。
それで、貴女にとって私はどう見えますか?」
黒い目の奥に好奇心の光を揺らして、卵サンド大好きな騎士は尋ねてくる。この人の観察眼、冷静さ、それっぽい育ちというのは……。
「貧乏男爵家の三男以降、もしくは商家の出かな、と」
私の言葉にクリスさんが吹き出して咽せた。そのクリスさんに慌てて水を飲ませながら、物凄く嫌そうな顔でレイモンドさんは私を見ている。
「……この世界の人間ではなかったのですよね?」
「レイモンドさんには冷静さと計算高さが見られます。成り上がり指向とも言えるもので、そういった資質は利に敏い商人の方が身に付きやすいかと思いました。貧乏男爵の三男以降というのは、貴族らしさの片鱗を窺わせながらも、クリスさんのようにそれが前面に出ていないこと。それと、商人とも共通する成り上がり指向ですね。
私たちの世界でも過去には、家を継ぐ立場にない男子がこうした軍隊組織に所属することはよくある事でしたから」
「レイモンド、ミカコさんを量るのはやめた方がいい。お互いにとっていい結果にならないと思うよ。ちなみに、レイモンドは商家の出というのは当たっています」
まあ、私にはTRPGの「生まれ表」と「経験表」とかの知識があるからね! あれはひとつのテンプレートだから、「商家生まれの騎士」がどう育ってそういう人格を形成したかとかは、散々シミュレーションしてる。メタ知識の勝利!
私に思いっきりずけずけと指摘された事が刺さったのだろう。レイモンドさんはため息をつきながら頭を振っていた。
「貴女が平民というのが信じられませんよ。その資質、この国で貴族として生まれていたら引く手あまただったでしょうに」
「褒めていただいて恐縮ですが、私は元の世界でもこうして職に就いていますので、別に『引く手あまた』に魅力は感じませんね」
「……なんですかね、こう、貴女と話していると奇妙な感じがします」
「偶然ですね、私も『この人自分に似ていて嫌だなあ』と思っていたところです」
一歩間違うと同族嫌悪に陥りかねない同類意識を抱えて、私とレイモンドさんはくつくつと笑った。
「さて、まずは我々の本拠地であるエガリアナ辺境騎士団の砦に向かいましょう。今後、真実を見つけるために旅を続けるとしても、それなりの装備が必要です。例えば、子供たちにとってもミカコさんにとっても、その格好は目立ちすぎる」
食後に移動を始めるにあたって、クリスさんが方針を説明してくれた。私は無言でそれに頷く。
服装が目立つというのは、実は私も凄く気にしていたことだったから。身なりが良いと思われるのは、今の私たちにとって危険でしかない。
「騎士団の砦といっても、村とあまり変わりませんし商人の出入りもあります。そこで衣服を揃えましょう。費用のことなら心配要りません。もし貴女方に助けられなかったら、我々は壊滅して騎士団はもっと多くの出費をしていたのですから、団長に認めさせます」
爽やかな笑顔を浮かべながら「認めさせます」なんて言ったよ、この人!
そして私は、クリスさんの馬に同乗させられる事になった……。本当はクリスさんにメロメロらしい
そう、この世界に来てから彼らの前に出会っていた人々――あの村での出来事について説明しなければいけなかったから。