「ベッドルームはどちらですか?」
屋敷に足を踏み入れるなり、リベルトはとんでもないことを問うてきた。ヴァレリオは自分を横抱きにしている細身の男を睨む。
「は?」
その細腕に抱えられているというだけでも屈辱なのに、ベッドルームに案内しろだと? そんなプライベートの空間に何故案内しなければならない。と、答えたいところだが、そうもいかない。身体の自由が利かない。触れられている背中と膝裏が熱い。それ以上に、とてもではないが口にできない場所が張り詰めて仕方ない。抱きかかえられている状態で、ぎりぎりリベルトに気づかれていないと思いたいが、これが普通に立っている状態だったり寝そべっている状態だったら危うかった気がする。
「なんで」
「……リビングがいいんですか?」
何を言っているのか全く分からない。そもそもこの場所にこいつを入れたのは、火照りを鎮める方法を聞くためだ。『リビングがいい』の意味がわからない。ヴァレリオは無言でリベルトを睨む。
「ちゃんと答えて」
リベルトはどろりとねちっこく甘ったるい声で囁くと、そのままヴァレリオの尖った耳を軽く食んだ。びく、と肩を跳ねさせて小さく悲鳴を上げてしまい、恥ずかしさからヴァレリオはじたばたと暴れる。
「落としてしまうでしょ、危ない」
あ、そうか、とリベルトは何かひらめいた顔をする。
「そう、僕も長時間あなたを抱え続けることは出来ませんし、このままですと危ないので、治療のためにもベッドかソファに降ろせれば、と」
なんだか嘘くさい気もしたが、これ以上話が進まないのも困る。ヴァレリオは、か細い声で寝室の場所を伝えた。リビングへ通じる大扉は開けず、通路を左へ曲がり、そのまままっすぐ行って突き当りの右の扉。そう聞いて、リベルトは上機嫌で歩みを進めた。鼻歌でも聞こえそうな勢いなのが鼻につく。
扉を開けると、リベルトは天蓋付きのベッドの上にヴァレリオをぽいと落とした。スプリングの利いたベッドの上に投げ出された四肢には、もはや力は入らない。リベルトは、無遠慮に窓へ近寄ると重たいカーテンをシャッと開いた。青白い月明かりが部屋を照らす。
「さて、ご説明しましょう」
ヴァレリオの左手側、ベッドに浅く腰掛ける。
その揺れだけで、ヴァレリオは小さく身を震わせた。余計なことを喋ってリベルトが話をやめてしまわないように、唇を固く引き結ぶ。
ぎし、とベッドを軋ませ、ヴァレリオの右肩の横に左手を置き、半身覆いかぶさるようにして顔を近づけると、リベルトは囁いた。
「
「やめろ、聖句など聞きたくない」
「……僕にとっては聖句じゃない。事実なんです」
カソックの33もあるボタンを一つずつ外しながら、リベルトはそう言った。
「先ほども言いましたが、僕は呪われた……いや、祝福された子」
肩からカソックを落とすと、次はローマンカラーのシャツをすっとたくし上げる。その腹部には、焼き印のようなものがあった。
「……は?」
「悪魔祓いのために、様々な実験を受けて聖印を刻まれた者。特殊な力を得た身です」
遠くなる意識、苦しくなっていく呼吸の中、ヴァレリオはそんなの虐待じゃないかと思った。
「する、と、お前は吸血鬼を殺すためだけに……身体を、作り替えられた?」
リベルトは静かに頷く。生物兵器と同じだ。教会が仕組んだ吸血鬼殺しの罠、それがリベルトというわけだ。ヴァレリオはこれだから人間は嫌いだと思った。自分たち吸血鬼も大概身勝手な生き物だが、人間はそこに傲慢さと無責任さが加わる。吸血鬼を退治したいのならば幼い子供で実験なぞせず、自分の身体を改造してくればいいのに。こいつは恐らくは教会の上層部に好き勝手祈りやら祝福やらを込められて特異な性質を付与されたのだろう。
やはり、教会はバカばかりだ。
「でもね、僕は教会に感謝してます。……やっと、満たしてくれる“食物”を見つけられた」
うっとりとそう呟いたリベルトに、ヴァレリオは総毛立つ。一瞬でも気の毒に思ったのがバカだった。
(こいつ、やっぱりイカレてやがる……)
気づけば、リベルトはすっかりヴァレリオの腹部に跨がっていた。流れるような手つきで、シャツの胸元を緩めてくるリベルトを、ヴァレリオは動けずに見ているしかできない。何をしようとしているのかはわかった。わかったが、わかりたくなかった。
「おい、やめろ」
「呼吸、苦しいでしょう? くつろげた方が楽になりますよ」
しゃあしゃあと言ってのけながら、リベルトは露わになったヴァレリオの鎖骨に口づけを落とす。ひやりとした感触に、ヴァレリオは身を竦めた。
「いい加減、にッ……」
この火照りを鎮める方法を言うんじゃなかったのか。
目で訴えられて、リベルトはこの上なく甘く微笑む。その瞳の奥の揺らめきに、気づきたくはなかった。
「ああ、そのことですね……」
リベルトはヴァレリオに深く口づけると、そのまま呼吸を奪うように執拗に唇を食んだ。いつもは人間の娘を堕落させて血を奪っていたはずの吸血鬼が、人間の、しかも女を知らないであろう聖職者の男にどろどろに溶かされて、熱に浮かされてしまっている可哀想な男に成り下がっている様を見て、リベルトは満足そうに口角を吊り上げると、ヴァレリオの耳元でこう囁いた。
「
どこか遠くに、ベルトの音を聞きながら、ヴァレリオは何かが崩れてしまうことを悟った。