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002 ”unknown”としてのバズり

「なぁ! 昨日の蘆屋晴明の配信、見たか!?」


 いつものように靴箱の前で靴を履き替え、教室に入ると同時に聞こえたのが、その第一声だった。

 朝の眠気なんて吹っ飛ぶくらい、彼の声は妙に興奮していた。


「……ああ。あの陰陽師が映ったとかいうやつ?」


「そうそう!! 黒いパーカー着た少年がさ、ドーン!って現れて、蘆屋を助けたんだよ! すごくなかった?!」


「えー……あんなのCGだろ。ってか、霊なんていねーじゃん。小学生かよ」


 斜め前の席で肘をついていた男子が冷めた声で割って入ると、会話はあっという間に“いつものネット論争”に変わっていく。

 賛否両論、というより否定派がちょっと優勢か。

 霊的存在なんて認めたら、今まで信じてきた現実ってやつが揺らぐからだろう。理解はできる。


 でも、僕には関係ない。

 だってあの「黒パーカーの少年」は、他でもない──僕自身なのだから。




 ◇ ◇ ◇


 そもそも僕が蘆屋晴明の配信に気づいたのは、あのあと家に帰った瞬間のことだった。

 陰陽庁から届いた一通のメッセージ。

 『君、ネットでめっちゃ有名になってるぞ⭐︎』という、軽いノリと共に貼られたURL。


 内容を確認した瞬間、心臓がドクンと跳ねた。

 まさか、霊的存在が配信で映っていたなんて。

 僕の使用した【陽式 一切合切爆天幟】の瞬間まで、見事にフルで録画されていた。


「マジで……最悪じゃん」


 一瞬、冷や汗が背中を伝った。

 【一切合切爆天幟】は陽式の中でも極めて破壊力の強い術式。

 発動したエリアは郊外とはいえ住宅地に近い。最悪、被害届が出ていてもおかしくない。


 だが。

 調べてみると、まったくの逆だった。


 あのとき僕が助けた彼──蘆屋晴明は、オカルト系配信者としてすでに一定のフォロワーを持っていた人物で。

 曰く、今回の“事件”は彼の配信史上、最大の「奇跡」であり、最高の再生回数を叩き出したバズ配信だったのだ。


「はぁ……なんだよそれ」


 僕は机に突っ伏して、思わずため息を吐いた。

 バズるのは、べつに悪いことじゃない。

 むしろ今の僕にとっては──いや、僕の“財布事情”を考えれば、正直すごくありがたい現象だ。




 ◇ ◇ ◇


「でもなあ……できれば、正体がバレた状態でバズりたかったんだよねぇ……」


 誰にも聞こえないように、ボソッと呟いた。


 僕は今、致命的に金がない。


 いや──正確には、「使えない金がある」というべきか。

 陰陽庁から支給される活動費は、表向きでは存在しない名目で処理されているため、表社会で使うには制限が多すぎる。

 それにFXなので僕は金を引き出すことができない。


 一応、生活費などは政府側が負担してくれているにしても、服を買うにも機材を買うにも、いちいち政府に話を“通す”必要があるのだ。

 だから、せめて自力で稼げる手段が欲しかった。


 僕の師──陰陽術を教えてくれた人がこの話を聞いたら、きっとこう言うだろう。


 「霊能者たるもの、金銭に目を曇らせるな。質素に、慎ましく生きよ」と。


 ……でも、僕は違う。

 満足なんて、していない。

 命を削って戦い続ける毎日に、見返りすらないこの立場に、もう限界を感じ始めていた。


 強力な霊も減り、対等に戦える相手も少なくなってきた。

 それでも依頼の数は減らず、僕の“生き方”は、社会に知られることすらないまま──見えないまま──ただ淡々と消費されていく。


 せめて、表に出てもいいんじゃないか。

 少しくらい、報われてもいいんじゃないか。




 ◇ ◇ ◇



「……配信、始めてみようかな」


 その言葉が、ふと漏れた。


 霊という存在は、この社会では「無いもの」とされている。

 国家ですら正式には発表せず、“なかったこと”として隠蔽し続けている。


 霊がいる、陰陽師がいる、なんて言ったら。

 嘲笑されるのがオチだ。都市伝説扱いか、精神を疑われるだけ。


 ──だけど。


 蘆屋晴明のように、「見せる」ことで受け入れられ始める可能性があるのだとしたら?

 もし“それ”が現代の形の啓示であり、信仰の形であり、僕が生きる意味の一端になるのだとしたら──


 この力で、世界を少しだけ動かせるのかもしれない。


 ……そんなことを考えているうちに、チャイムが鳴った。


 朝のホームルームが始まる。

 僕の、日常という名の異常がまた、何事もなかったように幕を開けるのだった。



ーーーーーーーーーー



 放課後のチャイムが鳴った瞬間、教室の空気が一斉に弾けた。


 ざわめき、笑い声、椅子の引き摺る音。

 誰かの机に集まる輪と、窓際でスマホを構える女子たち。

 この空間にある“青春”というやつは、どうにも僕の居場所ではないらしい。


 神城風磨、16歳。

 見た目も中身も“陰キャ”全開の高校一年生。

 表の顔は冴えない生徒、裏の顔は――


 ……なんていっても、現実に誰にも信じられてないわけで。

 今も一人で無言で鞄を背負い、机を静かに離れる。


「おーい神城〜、今日もどっかいくん?」


 クラスの陽キャグループの誰かが、悪意のない声で尋ねてくる。


「うん、家電量販店。配信用のカメラ買いに行く」

「……へ?」


 素で意味がわからないという表情。

 まあ当然だ、僕がそういうことを言い出すなんて、連中からしたら「唐突に空を飛ぶウサギ」に等しい。


「冗談冗談。気にしないで」


 軽く笑ってごまかし、足早に教室を後にする。


 ──だが、本当のところは冗談でもなんでもない。

 僕は今日、本気で「バズる準備」をしに行くのだ。


 ◇ ◇ ◇


 最寄り駅から電車で二駅。

 降り立ったのは、都会にしては程よく落ち着いた街並みのショッピングエリア。


 夕焼けがガラス張りのビルに映り込み、足元のアスファルトを黄金色に染めていた。

 人通りはそこそこ多く、制服姿の学生や、会社帰りのサラリーマンたちの姿が交錯している。


 僕の目的地は、その一角にある大型家電量販店――『テクノイレブン』。


 店頭には、新型テレビやタブレットの広告が踊り、店員たちの威勢のいい声が響いていた。


 「……こういう場所、やっぱ苦手だな」


 正直、こういう明るすぎる場所は、霊より怖い。

 過剰な照明。過剰な活気。過剰な“現代的幸福”。

 僕が夜の霊域に慣れすぎてるだけかもしれないけど、ここは“生の力”が強すぎて居心地が悪い。


 けれど、来たからには目的を果たさなければならない。


 僕は人混みを避けながら、配信機材コーナーへと足を進めた。


 ◇ ◇ ◇


 ──正直、想像以上だった。


 そこには十数種類のカメラと三脚、リングライト、ピンマイク、グリーンバック……。

 「配信」という一言で括るには、あまりにも世界が深すぎた。


 「やば……ここ、呪具屋より種類多いじゃん……」


 マジで術具店より魔力の“選定基準”が複雑に思える。

 どれがいいのか、正直さっぱりわからない。


 だから僕は、一度深呼吸して、心を落ち着ける。


 そして唱えるのは──


 ──《秘儀 陰陽式 価格性能費見切眼(コスパみきりがん)》


 ……それっぽい術名を唱えてはいるけど、実際はそんな術存在しない。

 ただこれで、少しやる気が出た。


 少し気分の高揚した直感でふと目に入った一台を選ぶ。


 「これかな……。ナイトビジョン対応、広角レンズ、AIオートフォーカス……。うん、悪くない」


 存在しない術とはいえ、なんかそれっぽい名前を唱えるだけでも多少なりとも効果はある。

 これが思春期の厨二病パワー。


 ……自分で言ってて悲しくなってきた。だがそれが陰キャの処世術。


 選んだのは、コンパクトで高性能なVlog用カメラ。

 暗所でもクッキリ撮れる高感度センサーと、視認できない微弱光でも補正できる補助光機能がウリらしい。


 ……要は、霊が映りやすいということだ。


 “視える者”としては当たり前でも、“視えない者”にも証拠を残すには、こういう機材が必要だ。


 …まぁ、映らなかったとしても僕の霊術で映るようにはできるんだけど。


「ふふ……文明ってすごいなぁ」


 そんなことを呟きながら、僕はレジへ向かった。


 ◇ ◇ ◇


「お会計、2万4800円です!」


 店員の明るい声に頷きながら、陰陽庁の裏ルートからもらった“合法っぽい資金”を取り出す。

 これはちゃんと、監査済みのギフトカードに換金された資金なので安心安全である。──たぶん。


 陰陽庁というもの自体、政府主体であれど公にはされていない組織であるため、組織としての資金源は多分裏社会とかそっち系と繋がっているのだ。

 別に僕に害はないからいいけど、公にできないことは間違いない。


 「ポイントカードは……お持ちで?」

 「……持ってません」

 「はいっ、かしこまりました〜!」




 レジで会計を済ませたあと、僕はふと、周囲を見渡した。


 恋人同士でゲーム機を買っている大学生カップル。

 タブレットを吟味する主婦。

 イヤホンを選ぶ男子高校生たち。


 ……きっと、僕と彼らは、同じ時代を生きてるのに、別の世界に住んでいる。


 僕は誰かにバレないようにパーカーのフードをかぶり、肩をすくめながら、そっとレジを離れた。


 ──この日常、魔が潜むことを知らない彼らに、僕は何を見せられるのだろう。


 ◇ ◇ ◇


 店を出ると、空は茜色から群青色に変わりつつあった。


 駅前の通りでは、帰宅ラッシュのサラリーマンたちがスマホを片手に歩き、どこか疲れた表情で夜へと消えていく。


 「……これで、準備は整った」


 袋の中には、僕の“第二の目”が眠っている。


 世界に真実を伝えるためのレンズ。

 陰と陽、霊と人、真実と嘘が交差するこの時代で、僕の力を“本当に映す”ための武器だ。


「……さて」


 呟くと、僕は軽く地面を蹴って、背中に“気”を流した。

 ーー《陰陽式 絶影空歩(ぜつえいくうほ)》


 風を切り、屋根の上へと身体が跳ねる。

 されど、周りの人間は僕を見ることができない。

 都会のビルの谷間を抜け、僕は夜へと帰っていく。


 ──これが、現代最強に霊能者こと、神城風磨がカメラを手にした日だった。

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