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003 初配信 1

「ど、どうもー。初めましてー、現代の陰陽師こと“unknown”でーす」


 やや上擦った声で、僕――神城風磨は配信を開始した。

 あらかじめ用意しておいたカメラが三脚に固定され、画面の向こうでは漆黒のフードを被った“少年”が、薄暗い廃病院の前に立っている。


 開設してから、まだ三時間。

 撮影テストもろくにしていないぶっつけ本番だが……そこはプロ級の除霊師、いや“霊能者”としての経験値でカバーするしかない。


 チャンネル名は『unknownアンノウン』。

 「正体不明」──まさに今の僕にぴったりな言葉だ。

 ネットの海で突如現れ、ただの高校生にして魑魅魍魎を祓う神技を披露した“黒フードの少年”。


 ──あのバズり配信の正体が僕だと知っている人間は、まだいない。

 だからこそ、今なら好きに世界を暴ける。


「うーむ……同接ゼロかぁ……」


 スマホに映る数字を見て、小さくため息を漏らす。


 まぁ、当然だ。開設から数時間で初配信、事前告知もなし。

 見ているのは、世界でただ一人──僕だけだ。


 だけど、配信は“アーカイブ”というものが残るらしい。

 後から見てくれる人がいればいい。

 だから僕は、ひとまず喋ることに決めた。


「えー、今回は初めての配信ということで、僕自身の自己紹介とか、術についての解説なんかも含めつつ、実際の除霊作業をお届けしようと思います。で、今日の依頼はこちら!」


 カメラの向きを変え、暗く朽ち果てた鉄製の門と、廃墟となった病院を映し出す。

 壁は黒ずみ、窓は割れ、草木が生い茂る。

 ──まるで時が止まったかのような、負の気配を漂わせる場所。


「ここは郊外にある、旧・桃原総合病院。十数年前に火災で閉院して以来、心霊スポットとして密かに噂され続けている……そんな場所です。陰陽庁の記録では、数年前から急激に霊的反応ーーまぁ簡単にいうと誰もいないはずなのに一般人から騒音の苦情やらなんやらの件数が急激に上昇しており、調査に入った職員が何名か消息不明。……まぁ、要するに『ガチ』ってことですね」


 軽く言っているが、陰陽庁の職員が消息不明になるなど“実戦慣れしている人間”にとっては常軌を逸している。

 この廃病院に宿るものは、単なる幽霊などではない。


 だが、それでも僕は躊躇わず、扉に手をかける。


「それじゃ、行きましょう。Let's exorcise the darkness(楽しい楽しい除霊の始まりです)──!」


 錆びついた鉄扉が、嫌な音を立てて開いた。


 ◇ ◇ ◇


 ──中は、まるで地獄だった。


「逞帙>...逞帙>...蜉ゥ縺代※...」

「縺ゅ↑縺?..繧ゅ≧蟆代@縺ァ逕」縺セ繧後k繧上h縲

 ...縺ゅl?溘≠縺ェ縺滂シ溘≠縲√≠繧鯉シ溽ァ√?...遘√?隱ー?」

「逾槭h?√←縺?°螯サ繧貞勧縺代※縺上l??シ?シ

 菫コ縺ッ豁サ繧薙〒繧ゅ>縺?シ√←縺?°??シ」


 目に見えない、だが明確に“存在する”無数の《声なき声》。

 苦しみを訴える呻き、断末魔の叫び、怒り、憎しみ、未練……。


 その全てが、この建物を縛り付けている。


 「……数、やば……」


 ざっと見渡す限りでも、このフロアだけで100を超えている。

 その奥、上の階、地下の階にも“感知できる”気配があった。


 ──おそらく、この廃病院全体で1000


 あまりにも異常だ。

 普通なら誰が相手でも腰を抜かして逃げ出すはずの規模。


 だが、今の僕には『配信者』という役割がある。


「はい、では今ご覧いただいているのが、この病院内に“実在する”地縛霊たちです。数はおそらく1000を超えます。ですが、残念ながらこの画面上では視認できませんよね?──それには理由があります」


 ふと、画面にコメントが流れる。


 : うわ、unknown名乗ってるやつまた出てきたw

 : 何言ってんの?何も映ってねぇし

 : 地縛霊1000とか盛りすぎww


 ……まぁ、当然の反応だ。

 視えないものを信じろという方が無理がある。


 でも、僕には“証明する方法”がある。


「じゃ、見せてあげましょうか。霊の姿を」


 懐から取り出したのは、白銀の霊符。

 そこに自らの霊気を流し込み、紋様を起動する。


「──《霊術 顕幽の印》」


 バチリと、霊符が淡く発光する。


 その瞬間、配信画面に“ノイズのような揺らぎ”が走った。


 そして次の瞬間──


 ──そこには、無数の異形たちが映っていた。


 歪んだ顔。欠けた手足。火傷痕。骨の露出。

 人とも霊とも呼べぬ、醜悪に変質した存在たち。


 : え? なにこれ?

 : うそ、ガチで映ってる……?

 : CGじゃねぇの?

 : 動いてるぞ!?!

 : ……グロすぎて吐いた。無理。


「──これが、僕の術【顕幽の印】の効果です。

 霊的存在の概念の一部を書き換え、視えないものを『視える』ようにします。

 ちなみに、この術を応用して陰陽庁の人間も霊を視認してます。興味があれば、ぜひ就職を考えてみてくださいね?」


 軽口を叩きながらも、視線は一瞬たりとも“霊”から外さない。


 ──遊びじゃない。これは、命懸けの仕事だ。


「さて、それじゃあ。これより“除霊”を開始します」


 そう言って、僕は足元に一本の線を描いた。

 そして、そこに力を込める。


「展開──」





 ──《陽式結界 霊域封鎖(れいいきふうさ)》


 次の瞬間、建物内に“空気の膜”が張られる。

 霊たちは僕に気づき、一斉に“こちら”を向いた。


 ──目が合った瞬間。

 廃病院全体が、異様な気配に包まれた。




ーーーーーーーーーーー





「さて、戦闘しながら楽しい解説の始まりです!」


 半ば悲鳴のようなコメントが配信画面を埋め尽くす。しかし、僕は気にも留めず、踏みしめた地面を一気に蹴り上げた。

 もちろん、ただのジャンプじゃない。“陰陽気”の“陽気”を身体強化に転用し、肉体の限界を超える加速を付与しての跳躍だ。


「最初に狙うのはこいつ! 今このフロアにいる地縛霊の中で、一番へと進行している危険個体です。このまま放っておけば、自由に動き回ることができるようになる。──つまり、東京が終わるってわけですね!」


 解説を添えながら僕は、音を置き去りにしてその霊に肉薄し、鋭く足を振り抜いた。

 理解不能な咆哮を上げる霊は、思考も抵抗も及ばぬまま吹き飛ばされる。


 続けて詠唱する。


「ーー《陽式 奔雷霊槍(ほんらいれいそう)》」


 僕オリジナルの陰陽術。“陽気”を槍の形に具現化し、その刃に雷の性質を持たせる。

 名の通り、雷のごとく奔る槍は、軌道を閃光とともに描き、霊の中心に命中する。


「逞帙>逞帙>逞帙>?∫ァ√′菴輔r縺励◆縺ィ縺?≧縺ョ縺???..谿コ縺吶ャ?」


 霊は仰け反り、よじれ、苦悶の悲鳴を文字化けのように撒き散らす。

 だが、まだ消滅には至らない。


 ──怒りに飲まれたその霊は、明確な殺意を纏いこちらに接近してくる。

 腕のようなものが複数に枝分かれし、刃のように鋭利に変化している。


「《陰式 展延》」


 僕はすかさず陰式術式を地に展開し、接近してきた霊の動きを地面ごと鈍らせる。

 視界の端には、“おぉ…”と驚嘆のコメントが小さく流れていった。

 ーーちなみにカメラは陰式の【重力反転】でふよふよと僕の後ろを浮かんでいる。


「こうして、霊の足元を拘束すると、霊の体制を崩して有利なポジションを取ることができます! 実践的で覚えやすい技の一つですね!」


 実況は怠らない。

 そう言いつつも、次の一撃は、拳だ。


 全身を捻って放たれた拳は、霊の中心に深く突き刺さり、ひび割れのような歪みが霊体に走る。


「豁サ縺ャ繝?シ滂シ∫ァ√′縲∵ュサ縺ャ?滂シ?シ滂シ」


 絶叫とも断末魔とも取れぬ、断片化された声が響く。

 その霊に、僕は静かに手をかざす。


「あなたはこれで終わりです。ーー《陽式 霊子分解》」


 触れた瞬間、霊体が静かに粒子へと崩れていく。まるで映像編集のように滑らかに。

 視聴者のコメント欄が一気に沸く。


「このように、霊には案外“物理”も効きます。

 もちろん、トドメには“陰陽術”か“霊術”が必要ですが、対処に困ったときは一発ぶん殴ってみるのも有効ですね!ま、通常時に見えること前提ですが」


 戦場はなおも霊たちの声で満ちている。

 それでも、僕は静かに、次の言葉を紡いだ。


「──だけど、僕は少し違う。

 僕は、霊に特攻効果を持つ“霊術”、そしてその根源である“霊気”の扱いを極めた。

 今日は、そのを少しだけ、お見せしましょうか」


 戦場の霊は、いずれも“執念霊”になりきれなかった、弱き地縛霊たち。

 彼らは未練を残し、ただそこに縛られ、誰にも届かぬ呻きを繰り返すだけの存在。


 そんな彼らに、“霊気”は抜群に効く。


「ーー《霊気纏装(れいきてんそう)》」


 体の表面を霊気で包む。

 外見的変化はさほどない。ただ、視える者からすれば、それは白い炎のように揺れて見える。


 僕は、一歩踏み出す。


 二歩目で霊が一体崩れる。


 三歩目で三体、五歩目で十体。

 肉眼では視えぬ速さで動き、纏った霊気の淡い残像だけが“軌跡”として残っていく。

 ーーそして、わずか五分、ざっと数えて100体の地縛霊が、浄化された。


: これ、なんてソフトで合成しました?

: 嘘やろ…?見えんけど破裂してるのは分かる

: 地味にグロいな

: え、本当に現実??


 コメントは半信半疑。だが、少なくとも誰かの“記憶”には残る。


 僕は立ち止まり、カメラに向かって語りかけた。


「地縛霊とは、何かしらの未練や執着を持ったまま死んだ人々の成れの果てです。

 彼らの多くは、社会から虐げられ、忘れられ、誰にも気づかれないままに孤独の中で死んでいった者たち」


 その声には、わずかな悲しみが滲んでいた。


「僕は、そんな彼らをさせている。

 正しいか間違っているかなんて、僕には分からない。

 でも、今夜の配信は、まだ終わりません。

 それでも観てくれる方がいるなら、ぜひ“最後”までお付き合いください」


 カメラの向こう、誰かの目が画面に釘付けになる。


 ──この物語は、まだにすぎないのだから。

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