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買い物を終えて

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 ──買い物を終えて



「むー……。じゃあ、街を作るゲームとこのモンスターを育てて対戦できるゲームを買うの。フルフルも買ってもらうの!」


「で、ですが、この人間にあまり借りを作っては……」


「今さら手遅れなの。衣食住は全て久隆頼りなの。好意に甘えておくべき時は甘えておくべきなの。それが帝王学なの」


「そうなのですか……?」


 実際は違うが、貸し借りを考えている場合ではないことは確かだ。


「しかし、しかし……」


 フルフルが猜疑の視線を久隆に向けて唸る。


「金はあるから構わないぞ。そう高い買い物でもない」


 久隆は傷病兵手当と退役軍人手当、そして両親から引き継いだ遺産があるので、生活に困窮しているわけではない。


 久隆は政治に対してあまり意見を持たないようにしているが、日本の傷病兵に対する手当の厚さには感謝している。一部では傷病兵に回す予算を別の用途に使おうと主張した政党もあるそうだが、世論でボロボロに叩かれてその政党は選挙で惨敗している。


「で、では、陛下と同じものを……。いいですか! 確かにこの場では借りですが、いつかちゃんと返しますからね! このことを理由に魔族を貶めたりしないでください! 魔族は誇り高い種族なのです!」


「分かった。期待せず待っておく」


「うぐぐぐぐ……」


 結局、フルフルもレヴィアと同じゲーム機とソフト買ってもらった。


「じゃあ、帰るぞ。帰りも2時間だからな」


「ゲーム機、開けてもいいの?」


「いいが、充電しないと遊べないはずだぞ」


「じゅーでん?」


「それも車と一緒で電気で動くんだよ」


「これも電気で動くの!? この世界は電気文明なのね……」


 帰り道も村まで2時間かけて戻り、家に帰り着いたときには18時だった。


「晩飯の準備するからゲーム機の充電でもしておけ」


「どうやるの?」


「このケーブルを──」


 久隆はふたりのゲーム機の充電の準備を済ませると、自分は夕食の準備を始めた。


 鍋を出し、食材を出し、食器を出し……。


「むむっ? いい匂いがするの」


「ああ! ダメです、陛下! 迂闊にその匂いに引かれてはなりません!」


 ふらふらとダイニングに入ってくるレヴィアとあたふたするフルフル。


「できたぞ。と言っても冷凍のうどんだが」


 冷凍のうどん。かまぼこと卵と油揚げ、そして半熟卵が乗せてある。別の皿には惣菜コーナーで買ったいなり寿司が乗せられていた。


「さ、席に着け。熱いから気を付けて食べろよ」


「わーい!」


 トン、と席に着くレヴィアと周囲をじっくりと探りながら、用心深く座るフルフル。


「いなり寿司は適当につまんでくれ。腹に余裕があるならな。うどんだけでも良かったんだが、最近の冷凍うどんは昔と比べて量が少ない気がしてな……。まあ、ダイエットしている人間からするといいのかもしれないが」


「久隆、久隆。この茶色い布は食べれるの?」


「それは油揚げと言って大豆を加工したものだ。食べれるぞ」


「大豆からできてるの? それは変わっているの」


 そう告げてレヴィアは油揚げにぱくりと食いついた。


「おお。ジューシーなの。味わったことのない食感なの。フルフルも試してみるの」


「ほ、本当にこの奇妙な布みたいなものを食べるんですか……? 後でお腹壊すんじゃないですか……?」


「そんなことはないの。美味しいの! いいから食べて見るの!」


「で、では……」


 レヴィアの勧めでフルフルが口に油揚げを恐る恐ると運ぶ。


「うっ……! これは……! 陛下、これは毒です!」


「毒じゃないの。ついでにいうと美味しいものを食べても贅沢病にはならないって教わったの。栄養バランスをちゃんと満たすといいの」


「しかし、これは……」


 美味しいのか、美味しくなかったのか分からないリアクションだなと久隆は思った。


 まあ、手抜きもいいところの冷凍うどんと買ってきたかまぼこに油揚げだ。宮殿で出される料理が本当に焼いた肉、焼いた魚、焼いた野菜だけならば満足できるだろうが。あまり豪勢な食事とは言えない。


 だが、フルフルの胃腸のことを考えると今はうどんのような消化のいい食べ物がいいだろう。3、4日の間、空腹だったのだ。


 しかし、本当に3、4日空腹だったのだろうか?


 レヴィアが現れてからフルフルと遭遇するまで3日。


 その前にフルフルたちはアガレスという人物と合流したり、べリアを探したりしていたはずだ。どう考えても3日以上の時間がかかっているように思える。


「なあ、ダンジョン中では時間がおかしくなるってことはないよな?」


「ん。深層に近いほど時間の流れがおかしくなるの。あのダンジョンだと10階層以上からおかしくなるのは間違いないないのね。遅くなったり、早くなったり。正確な地表との時間のズレは分からないの」


「参ったな。それは参った」


 地上の時間を考えて行動しなければいけない久隆にとって、外の時間の流れとダンジョン内の時間の流れがおかしいのは困る。中で3日過ごして外で1日というのならば問題ないが、中で3日過ごして外で7日などとなるといろいろと不味い。


 田舎は昔よりマシになったというが、年寄りたちは噂話好きだし、コミュニケーション能力が求められる。ダンジョンに1週間分の物資もって突入し、外で1か月が過ぎていた日には噂の的となるだろう。


 まあ、久隆はあまり人付き合いをしないということを年寄りたちが知っているとしても、あまり姿を見せなければ不審に思われる。


「まあ、しょうがない。今は救出が第一だ。物資を届けなければならない。そして、その前に10階層にいるというマンティコアを仕留めないとな」


「……どうして人間がそこまで魔族の心配をするのですか?」


 そこでフルフルが真剣な表情でそう尋ねた。


「そんなの意思疎通ができる生き物がいて、それが危険に晒されているなら助けるのが当り前だからだ。お前たちの世界での魔族と人間の関係など俺は知らん。知るつもりもない。だが、今こうして会話ができて、思っていることを伝えあえる相手が危機的なときに、それを放置できるほど俺は冷酷にはなれない」


 久隆はそう告げてうどんを啜った。


「それに俺は元軍人だ。救助のためのスキルもある。そこまであるのに見捨てるなんて選択肢は出て来ない」


「……そう……なのですか……」


「納得したか?」


 久隆はそう尋ねる。


「今は私にできることはありません。任せるしかありません。ですが、私は人間を信じられない。それでも、あなたという個人のことは信じておきます。その、あの、い、一応は……」


「一応か」


 久隆は苦笑いを浮かべながらいなり寿司に手を伸ばした。


 夕食の時間は終わりつつあり、レヴィアとフルフルは入浴に向かった。


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