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──買い物の続き
「では、こちらの品となります」
「決済を」
2020年代から各国が力を入れてきたキャッシュレス決済は日本にも普及し、多くの現金を持ち歩かなくとも、量子暗号化された通信と生体認証で安全な決済ができるようになっていた。ちなみに、久隆の村のスーパーは未だに年寄りたちが現金を使うのでそれに備えてある。
「これで衣食住は満たせたな」
「ばっちりなの!」
レヴィアは嬉しそうに微笑んだ。
ちなみに店員はレヴィアたちが試着するときに尻尾や角をしっかりと見たが、スルーしていた。人間、理解できないことに出くわすと正常性バイアスが本当に働くものなのだなと久隆は思ったのだった。
「他には何か買うの?」
「包帯やガーゼ、化膿止めなんかを買っておこうと思う。それから今日の晩飯の惣菜」
「そーざい?」
「おかずのことだ。流石に今から帰って飯を作ろうって気力はない。だが、そうだな。フルフルの胃腸のことが心配だし、消化のいいものがいいか?」
久隆はふむと考える。
胃腸の弱いときは煮物がいいという。あまり油っこくないものがいいだろう。
「まずは医薬品だな。救援物資としても必要になるだろう。それとも回復魔法とかあって、必要ないってことはあるのか?」
「回復魔法は魔族だって使えます! 馬鹿にしないでください! ただ、回復魔法が使えるものがアガレス閣下の陣地には3名いますが、あそこは全員で20名以上の騎士たちがいます。魔力回復のポーションも不足気味ですし、回復魔法が使えるまでの間の応急手当などができれば、助かりますが……」
「分かった。じゃあ、包帯と消毒液、化膿止めなんかを買っていこう」
フルフルはこれでまた久隆への借りが増えてしまったとがっくりした。
久隆はそのようなことは気にせず、ショッピングモール内の薬局で包帯をあるだけと、消毒液、化膿止めを購入した。それなりの値段はしたが、これもレヴィアの仲間たちのためであり、裏庭のダンジョンをどうにかしてもらうためだと思って出費した。
荷物を買い物袋──プラスチックゴミ削減の努力はプラスチックゴミを分解するナノマシンが開発されてからも依然として続いており、久隆もマイバックを使っている──に放り込むと、久隆たちは総菜コーナーを訪れた。
「おおー! 美味しそうなものがたくさんあるの!」
「総菜売り場だからな」
今晩の献立を考える。
手の込んだ料理を作る気力はない。フルフルの相手をするだけで疲れた。それにこれからのダンジョン探索のことも考えて、いささか困った心境だ。今は料理をする気分にはなれない。手軽に弁当でも買って帰りたかった。
しかし、売られている弁当はちょっとばかり重い。消化に悪いだろう。揚げ物や肉類がたっぷりで野菜は少な目というバランスの悪い弁当を、3、4日ぶりに食事するフルフルに与えるのはどうかと思われた。
「そうだな。晩飯はあれにするか」
「なんなの? なんなの?」
「晩飯まで楽しみに待っていろ」
久隆は惣菜店でいくつか商品を買うと、レジに持っていった。レジはコンピューターが商品をスキャンして、合計金額を表示する。そして、キャッシュレス決済で買い物を済ませることができる。
この技術は軍事的にも利用されているものであり、ショッピングモールの商品と同じようにIDタグがついた友軍と敵を区別して、リモートタレットが無人警備を行っている。軍法上の問題からリモートタレットの引き金を引くのは人間でなければならないが、リモートタレットはこのショッピングモールのレジと同じようにIDタグを認識し、それに応じた対応を人間の側に提示するのだ。決済するのは人間。読み取られるのも人間。
この手の技術は安価なので東南アジアの海賊たちも使っていた。自軍の兵士たちにタグを埋め込み、検問などでそれを確認するのだ。何せ田舎のレジにすら普及している技術だ。安くて、手頃。それでいて敵味方を簡単に識別できる。
日本では2020年代から存在する技術だが、異国の地でそのような使われ方をしているのを見ると久隆は嫌な気分になったのを覚えている。
「さて、買うものは買ったな。何か欲しいものはあるか?」
「あれ」
久隆が尋ねるのにレヴィアが携帯ゲーム機で遊んでいる子供たちを指さした。
「ゲームが欲しいのか?」
「あれはゲームなの? なんだかすごく楽しそうだからレヴィアもやってみたいの」
「ふうむ。じゃあ、家電量販店に寄って帰るか」
時間的に余裕はあるし、子供をあの田舎の何の娯楽もない場所に置いておくのはどうだろうかと思い、久隆はレヴィアにゲーム機を買ってやることにした。大人しくしていてくれるならそれに越したことはないのだ。
久隆たちはショッピングモールを出ると、そこから自動車で10分程度の家電量販店に入った。あのゲーム機は発売当初こそ品薄でなかなか手に入らないと言われていたが、今では普通に流通していると聞いている。
「おもちゃ売り場はあっちか」
久隆がここで買い物するときはせいぜい携帯の機種変更のときぐらいだ。ノートパソコンは昔買ったものだし、電化製品は親が残していったものを利用している。
「いろいろなものがあるの……。これ全部、おもちゃなの?」
「そうだ。手前のは幼児向け。奥の方は大人も遊ぶプラモとかだな」
「ふうむ。これだけの娯楽があるというのは国が豊かな証拠なの。ヴェンディダードと同盟国にならない?」
「ならない」
そういう話は外務省とやってくれと思う久隆であった。少なくとも元の世界に戻れる目途が立ってから。そして、日本情報軍に拉致されて、研究所の実験室に閉じ込められる可能性が完全になくなってからだ。
「フルフルもゲーム機、いるか? 品薄の時と違ってひと家庭につきひとつってわけじゃないから、ついでに買ってもいいぞ」
「そ、そ、そんなに恩を売ってなんのつもりですかっ!? やっぱり奴隷として売るつもりなんですね! あれはゲームという名の洗脳装置なんでしょう!?」
「そんなものが家電量販店で売ってるはずないだろうが」
久隆はフルフルと話すのに本当に疲れてきた。
「最近はネット対戦とかも標準だと聞くし、レヴィアひとりに買ってやってもいいんだが、一緒に遊んだほうが楽しくはないか?」
「フルフルも買ってもらうの。そして、レヴィアと対戦するの! けど、レヴィアはボードゲームみたいなのは苦手なの。どういうゲームがあるの?」
「いろいろだな。俺が知っているのだといくつかあるが。昔からずっとシリーズが出続けているモンスターを捕まえて、育てて戦わせるゲームとか。街を作るゲームとか。それから昔ながらのRPGだな。最近のゲームはそこまで詳しくないが、戦友がゲーマーでな。いろいろと話を聞いていた」
「面白そうなの! 全部買うの!」
「おいおい。全部買ってもやる時間があるのか?」
大人になるとゲームを買う金はできるが、やる時間がなくなる。
子供時はゲームを買う金はないが、時間はある。
今のレヴィアはやるべきことがある。ダンジョンに潜って仲間を救わなければならないのだ。一日中ゲームをしているわけにはいかない。時間は夕方以降の話となるだろう。久隆もその時間帯に大人しくしておいてもらうためにゲームを買うつもりなのだ。
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