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──ちょっとした遠出
「街に行くぞ。流石にこの田舎でものを揃えるのは難しい」
「街? ここは街じゃないの?」
「ここは村だ。それもかなりの田舎の。売ってるものは限られている。通販で買ってもいいが、届くのに時間がかかる。田舎だからな。だから、今から街に行って、お前たちの洋服と下着、歯ブラシやらなにやらを揃える」
「分かったの! 楽しみなの!」
レヴィアは食べ終えて空になった弁当箱とコップを流しに置くとワクワクした表情をして、久隆の脇に立った。
「ど、奴隷として売りに行くつもりですか!? そうなんですね!? わ、わ、私はいきませんよ! 陛下も行ってはダメです!」
「フルフルは心配し過ぎなの。いざとなれば逃げればいいの」
「しかし……」
フルフルはその赤い瞳で久隆を見つめる。ジーッと見つめる。
「……信用していいんですか?」
「信用してくれ」
久隆もいい加減にフルフルの相手は疲れてきたが、今はフルフルが必要なのだ。
久隆のファッションセンスは2030年代で止まっているし、まして女児用下着など選べるはずもない。フルフルに任せるしかないのだ。ダンジョンの中のことにせよ、ダンジョンの外のことにせよ。
「街までは車で2時間はかかる。急ぐぞ」
「楽しみ、楽しみ!」
久隆の後をカルガモのひなのようにレヴィアが付いていき、少し間隔を空けてフルフルが良く周囲を確認しつつ、たまに久隆に猜疑の目を向けて付いてくる。
「……なんですか、これ?」
「自動車だ。田舎の必須品。流石の田舎の年寄りもこれがないと暮らしていけない。自動運転の奴を1家に1台は持っている。後部座席に乗れ」
ピッとボタンを押してカギを開け執ると、久隆が後部座席の扉を開いた。
「し、新種の昆虫で私たちを餌にするつもりでは……?」
「そんなことないから安心するの。レヴィアはもう1度乗ったことがあるの。馬車よりも揺れが少なくて快適なの」
フルフルが足を止めるのにレヴィアがフルフルを後部座席に押し込み、自分も後部座席に腰かけた。異世界組は後ろに座るらしい。
「シートベルト、締めたか?」
「今フルフルのシートベルトを締めてあげてるの」
謎の拘束具で固定されそうになっているのにフルフルはぶるぶるしていた。
「準備完了なの!」
「では、出発だ」
自動車がゆっくりと車庫から出る。
「う、う、動いた!」
「ふふふ。びっくりした? このじどーしゃは全然揺れないの。馬車みたいにガタギシしないの。きっと宙に浮いているのね」
「さ、流石異世界……」
いや、リニアじゃあるまいし浮いてはいないがと思ったが、突っ込むのも説明するのも面倒だったのでスルーした久隆であった。
自動車で地方都市にしては整った道路を進み、少しずつ森や竹林、山が消えていき、地方都市の様子が見え始める。
どこでもここでも目にするのはチェーン店。ラーメン、ハンバーガー、薬、酒、服と雑貨といった大手チェーン店ばかりが目立ち、これと言って特色のないどこにでもある、まるでコピー&ペーストしたかのような地方都市の様子が広がる。
「おお。いろいろあるの!」
「あわわわわ……。街並みが全然違います……」
田舎の街並みというのはこれと言った特色がない。田舎でも店舗を維持できる大手だけが隙間需要を狙って残り、そこに僅かな個人経営の店が混じる。都会のような洒落た街並みはなく、どこまでも田舎臭い街並みとなる。
それでも久隆の暮らす村よりはマシだからいうことはない。
「どこのお店に入るの?」
「ショッピングモールに行く。服も下着も雑貨も纏めて揃えておきたい。それから今晩の晩飯の惣菜も買っておきたい」
久隆はそう告げて街の中心地付近になる大型ショッピングモールの駐車場に入った。
「さて、ついたぞ。いいか。大人しくしてろよ? 騒ぎを起こして目立つなよ? そして、その角や尻尾に聞かれたら分かっているな?」
「こすぷれって答えるの!」
「そうだ。それでいい。行くぞ」
レヴィアはうきうきした様子で、フルフルはびくびくした様子で、久隆に続いて車から降りて、ショッピングモールに入っていく。最近ではこの手の大型商業施設も数を減らしてきたが、田舎では未だに健在だ。
「わああっ! いろいろなお店があるの!」
「だから、騒ぐなって。大人しく目的の店まで行くぞ」
ショッピングモールは人で満ちていた。映画館も入っているので、地方の人間にとっては生命線だ。珍しくなった紙媒体の書籍を扱う書店も入っている。それからファストフードの店や、百円ショップ、食品売り場、そして衣料品店。
まず用事があるのは衣料品店だ。
久隆はちゃんとレヴィアたちが後をついて来ているかを確認しながら、エスカレーターで目的のフロアまで上り、女性ものの衣類を扱っているコーナーに向かう。
「さて、ここからはフルフル。お前に任せるぞ。会計は俺がするからとにかく必要なものを買い集めてこい。レヴィアとお前の普段着とダンジョン探索用の衣服、それから下着だ。必要と思われるだけ買ってこい。着まわすとしても最低3着はいるだろう」
「お、お、お金を払ってくれるのですか……? ああ、そうやって貸しを作っておいて後で取り立てるつもりなのですね! そうなのですね!」
「違う」
本当に面倒くさくなってきた久隆である。
「お前たちが必要なものを持ってないと俺も困る。さあ、行ってこい」
「うう……。弱みを握られた気がします……」
フルフルは悔しそうにしながらも女性ものの衣料品コーナーに入っていった。
「陛下。これなどどうでしょうか? しかし、この布は妙に質がいいですね……」
「きっとお高い品なの。けど、気にすることはないの。久隆は約束したことはちゃんと果たしてくれるいい人間なの!」
下着売り場でフルフルが唸るのにレヴィアがそう告げた。
「いい人間ですか……」
「フルフルの事情はレヴィアも知ってるの。けど、久隆とこの世界の人間たちは、あの世界の人間たちとは違うの。こうしてここにいても誰も騒いだりしないでしょう?」
「そうですが……」
フルフルは暗い表情で女性向け衣料品コーナーの外に立っている久隆を見た。
確かに久隆はフルフルに暴力を加える様子もない。そもそも殺そうと思えばいつでも殺せたはずだ。彼は客観的に見てとても親切にしてくれている。レヴィアの態度からもそれが彼の性格なのだと分かる。
だが、人間は信用できない。
人間は家族を殺した。人間は魔族を殺す。フルフルも殺されそうになった。
「お探しのものがおありですか?」
「ひゃいっ!?」
いつまでも同じ下着を眺めていたフルフルに店員が声をかけてきた。
「あの、その、あの、した、下着を……。それから洋服と動きやすい服を……」
「サイズは分かりますか?」
「サ、サイズ?」
「お測りしましょうか?」
「へ、え、あ、その、お願いします……」
フルフルとレヴィアはふたり揃ってサイズを測ってもらったのだった。
ちなみにレヴィアの予想外の大きさに店員が驚いていたのは彼女たちだけの話題だ。
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