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エリアボスについて

……………………


 ──……………………


 ──エリアボスについて



 エリアボスという名のマンティコア。


 その毒は強力で並みの生き物は簡単に殺されてしまうという。


 だが、と久隆は思う。


「フルフルは突破できたんだろう? 気づかれないように移動できたんじゃないか?」


「ま、まさか! すぐに気づかれました! だから、必死に速度上昇の付呪をかけて、逃げてきたんです! 魔力の大半をそこで消耗してしまいました……」


「ふうむ。ダンジョンを往復する必要がある以上、そういうのがいるのは不味いな」


 久隆は地下15階層のアガレスの拠点を利用して、より深くの探索を行うつもりだった。あるものは利用するべきだ。それに彼らの目的と久隆の目的は一致している。


 レヴィアを送り届け、元の世界に帰す。


 ついでに言えば、あの裏山のダンジョンも引き取ってもらいたい。


「ところで付呪ってなんだ?」


「え? 付呪を知らない……?」


 まるで日本人なのに富士山を知らないという人を相手するような反応が返ってきた。


「フルフル。こっちの世界は魔力はないの。付呪も当然ないの。教えてあげるの」


「し、しかし、知らないなら教えない方が……」


「教えるの。今度、地下に潜ることになったら、フルフルが久隆を支援することもあり得るの。レヴィアの魔法はそこまで強力じゃないし、近接戦闘になったら久隆だけが頼りなの。だから、ちゃんと説明しておくの」


「わ、分かりました。付呪というのはですね。相手のステータスを左右する魔法のことです。相手の足を遅くする魔法や、逆に自分たちの足を速くする魔法です。防御力を上げる魔法などもありますし、逆に下げる魔法もあります。大抵の付呪は使えますよ。こう見えても付呪師としてはそれなりの腕前ですから」


「フルフルは天才付呪師なの! 味方に入れば百人力なの!」


「いやあ。そこまでは……」


 照れた様子でフルフルが後頭部を掻く。


「そうか。なら、その方向で行くか。物資が到着し次第、15階層を目指す。その過程で、マンティコアって化け物を倒す。フルフルの力には期待している。だが、まずはどのようなものか確かめるために1階層でゴブリンとオークを相手にしてみる」


「それがいいの。敵を知り、己を知れば百戦危うからずなの」


「ん? 難しい言葉知っているな。それも孫子か。異世界にも伝わってるのか?」


「そんし? 違うの。これはパイモンの言葉なの。戦争の達人なの!」


「それにしては似てるな……」


 言語魔法というのがお互いに分かりやすい言葉に変換しているのか、それともこのような発想はどの世界でも見られるものなのか。久隆には分からなかった。


「だが、魔力欠乏症とやらだったよな。回復するのにどれくらいかかるんだ?」


「ちゃんと食べて、ちゃんと寝れば1日で回復します。急性だった場合は外部からの魔力供給が不可欠ですが……」


 そう告げてフルフルは腰に下げている試験管の束を見つめた。


「魔力回復ポーションは途中でなくなってしまいました……。私としたことが陛下に血を流させるなどとは……。これは反逆罪ものでずう!」


 まだぐずぐずと泣き始めるフルフルであった。


「気にしないの。フルフルが来てくれたおかげで、ようやくダンジョン内部のことが分かって目標も立てられたの。これまでは誰が何階層にいるのか、あのダンジョンが何階層以上なのかすら分からなかったの」


「うう……。陛下のご慈悲に感謝いだじまずう……」


 これは魔力が回復してからもいろいろとやりづらいなと思う久隆であった。


「では、マンティコアについて詳しく教えてくれ。毒というのは液状のものを飛ばしてくるのか? それともサソリやハチみたいに針を刺すことで注入されるのか?」


「マンティコアの尻尾はサソリの尻尾。そこに毒があるの。尻尾は大きな個体で1.5メートル。マンティコアの体長は尻尾を含めて5メートル弱。口にも牙がうーって生えてるから危ないの。鼻はそこまでいい方じゃないけれど、目はいいの。それから音に敏感」


「なるほど。確かに斧じゃ厳しいかもしれないな……」


 あのダンジョンで当たれば即死の毒針を1.5メートルの長さで有する5メートルの魔物。いくら久隆がパラアスリート用の義肢を持っているとは言えど、流石にそんな猛獣を相手にするのは厳しいかもしれない。


 銃があれば簡単だろうが、猟銃は使えない。


 生体認証なし、追跡IDなしの銃火器がないわけではない。それは非合法な品として裏社会で出回っている。そして、久隆にはその手の武器を扱っている人間の知り合いがいる。だが、そういうものを扱っている人間だからこそ、迂闊には接触できない。


 少なくとも完全に行き詰まるまでは斧をメインにやっていくしかない。


 非合法な銃火器は所持するだけでリスクだ。


 ボウガンという手もあるが、あれも過去に何度か事件が起きたことで追跡IDが導入されているし、購入時にはいろいろと警察絡みの手続きがある。日本人というのは一度話題になったものは徹底的に取り締まる傾向にあるのだ。


 スポーツ用のコンポジットボウにはその手の制約はないが、久隆は弓など扱ったことがない。手に入れても扱えなければ意味はない。


「罠という手もあるな……。知性は高いのか?」


「ほとんどただの獣なの。知性なんてないの」


「じゃあ、罠だな」


 釘や木材、そして灯油や空き瓶を使えば簡易のブービートラップが作れる。


「上手いこと罠に嵌めて、それから叩きのめそう。人間なら人間らしく知恵を使わないとな。相手の土俵で戦ってやる必要はない」


「ま、魔族にだって知性はあります! 人間より高いぐらいです! ヴェンディダードの発展は人間の国家を上回るものなのですよ! あなたがヴェンディダードを訪れたら、きっと心臓マヒで死んでしまいます!」


「そうか、そうか」


 久隆は適当に流したものの、実際のところ、異世界の国家というのはどういうものなのだろうかという興味は生まれた。


 経済はダンジョンに頼っているのだから、それなり以上に戦闘面では進んだ文明なのだろう。しかし、彼らはダンジョン内で通信する技術を有していない。今回は巻き込まれたからかもしれないが、兵士がいるなら無線機の類もあっていいものだが。


 ちなみにダンジョンではスマホはただの板であった。そもそもあそこは電波は通ってないし、GPSも山中の一点を指すだけで、微動だにしない。猟銃についている追跡IDのGPSも同じような状況になるだろう。


「まあ、しかしだ。時間がかかることに間違いはない。そして、レヴィアには同性の仲間が来た。となれば、やっておくべきことがある」


「なんなの、なんなの?」


 久隆が車のカギを取り出す。


「洋服と下着を買っておくことだ。ずっと同じ下着ってのも気持ち悪いだろう?」


 久隆はこれがセクハラに当たらないか少し迷った。


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 エリアボスという名のマンティコア。


 その毒は強力で並みの生き物は簡単に殺されてしまうという。


 だが、と久隆は思う。


「フルフルは突破できたんだろう? 気づかれないように移動できたんじゃないか?」


「ま、まさか! すぐに気づかれました! だから、必死に速度上昇の付呪をかけて、逃げてきたんです! 魔力の大半をそこで消耗してしまいました……」


「ふうむ。ダンジョンを往復する必要がある以上、そういうのがいるのは不味いな」


 久隆は地下15階層のアガレスの拠点を利用して、より深くの探索を行うつもりだった。あるものは利用するべきだ。それに彼らの目的と久隆の目的は一致している。


 レヴィアを送り届け、元の世界に帰す。


 ついでに言えば、あの裏山のダンジョンも引き取ってもらいたい。


「ところで付呪ってなんだ?」


「え? 付呪を知らない……?」


 まるで日本人なのに富士山を知らないという人を相手するような反応が返ってきた。


「フルフル。こっちの世界は魔力はないの。付呪も当然ないの。教えてあげるの」


「し、しかし、知らないなら教えない方が……」


「教えるの。今度、地下に潜ることになったら、フルフルが久隆を支援することもあり得るの。レヴィアの魔法はそこまで強力じゃないし、近接戦闘になったら久隆だけが頼りなの。だから、ちゃんと説明しておくの」


「わ、分かりました。付呪というのはですね。相手のステータスを左右する魔法のことです。相手の足を遅くする魔法や、逆に自分たちの足を速くする魔法です。防御力を上げる魔法などもありますし、逆に下げる魔法もあります。大抵の付呪は使えますよ。こう見えても付呪師としてはそれなりの腕前ですから」


「フルフルは天才付呪師なの! 味方に入れば百人力なの!」


「いやあ。そこまでは……」


 照れた様子でフルフルが後頭部を掻く。


「そうか。なら、その方向で行くか。物資が到着し次第、15階層を目指す。その過程で、マンティコアって化け物を倒す。フルフルの力には期待している。だが、まずはどのようなものか確かめるために1階層でゴブリンとオークを相手にしてみる」


「それがいいの。敵を知り、己を知れば百戦危うからずなの」


「ん? 難しい言葉知っているな。それも孫子か。異世界にも伝わってるのか?」


「そんし? 違うの。これはパイモンの言葉なの。戦争の達人なの!」


「それにしては似てるな……」


 言語魔法というのがお互いに分かりやすい言葉に変換しているのか、それともこのような発想はどの世界でも見られるものなのか。久隆には分からなかった。


「だが、魔力欠乏症とやらだったよな。回復するのにどれくらいかかるんだ?」


「ちゃんと食べて、ちゃんと寝れば1日で回復します。急性だった場合は外部からの魔力供給が不可欠ですが……」


 そう告げてフルフルは腰に下げている試験管の束を見つめた。


「魔力回復ポーションは途中でなくなってしまいました……。私としたことが陛下に血を流させるなどとは……。これは反逆罪ものでずう!」


 まだぐずぐずと泣き始めるフルフルであった。


「気にしないの。フルフルが来てくれたおかげで、ようやくダンジョン内部のことが分かって目標も立てられたの。これまでは誰が何階層にいるのか、あのダンジョンが何階層以上なのかすら分からなかったの」


「うう……。陛下のご慈悲に感謝いだじまずう……」


 これは魔力が回復してからもいろいろとやりづらいなと思う久隆であった。


「では、マンティコアについて詳しく教えてくれ。毒というのは液状のものを飛ばしてくるのか? それともサソリやハチみたいに針を刺すことで注入されるのか?」


「マンティコアの尻尾はサソリの尻尾。そこに毒があるの。尻尾は大きな個体で1.5メートル。マンティコアの体長は尻尾を含めて5メートル弱。口にも牙がうーって生えてるから危ないの。鼻はそこまでいい方じゃないけれど、目はいいの。それから音に敏感」


「なるほど。確かに斧じゃ厳しいかもしれないな……」


 あのダンジョンで当たれば即死の毒針を1.5メートルの長さで有する5メートルの魔物。いくら久隆がパラアスリート用の義肢を持っているとは言えど、流石にそんな猛獣を相手にするのは厳しいかもしれない。


 銃があれば簡単だろうが、猟銃は使えない。


 生体認証なし、追跡IDなしの銃火器がないわけではない。それは非合法な品として裏社会で出回っている。そして、久隆にはその手の武器を扱っている人間の知り合いがいる。だが、そういうものを扱っている人間だからこそ、迂闊には接触できない。


 少なくとも完全に行き詰まるまでは斧をメインにやっていくしかない。


 非合法な銃火器は所持するだけでリスクだ。


 ボウガンという手もあるが、あれも過去に何度か事件が起きたことで追跡IDが導入されているし、購入時にはいろいろと警察絡みの手続きがある。日本人というのは一度話題になったものは徹底的に取り締まる傾向にあるのだ。


 スポーツ用のコンポジットボウにはその手の制約はないが、久隆は弓など扱ったことがない。手に入れても扱えなければ意味はない。


「罠という手もあるな……。知性は高いのか?」


「ほとんどただの獣なの。知性なんてないの」


「じゃあ、罠だな」


 釘や木材、そして灯油や空き瓶を使えば簡易のブービートラップが作れる。


「上手いこと罠に嵌めて、それから叩きのめそう。人間なら人間らしく知恵を使わないとな。相手の土俵で戦ってやる必要はない」


「ま、魔族にだって知性はあります! 人間より高いぐらいです! ヴェンディダードの発展は人間の国家を上回るものなのですよ! あなたがヴェンディダードを訪れたら、きっと心臓マヒで死んでしまいます!」


「そうか、そうか」


 久隆は適当に流したものの、実際のところ、異世界の国家というのはどういうものなのだろうかという興味は生まれた。


 経済はダンジョンに頼っているのだから、それなり以上に戦闘面では進んだ文明なのだろう。しかし、彼らはダンジョン内で通信する技術を有していない。今回は巻き込まれたからかもしれないが、兵士がいるなら無線機の類もあっていいものだが。


 ちなみにダンジョンではスマホはただの板であった。そもそもあそこは電波は通ってないし、GPSも山中の一点を指すだけで、微動だにしない。猟銃についている追跡IDのGPSも同じような状況になるだろう。


「まあ、しかしだ。時間がかかることに間違いはない。そして、レヴィアには同性の仲間が来た。となれば、やっておくべきことがある」


「なんなの、なんなの?」


 久隆が車のカギを取り出す。


「洋服と下着を買っておくことだ。ずっと同じ下着ってのも気持ち悪いだろう?」


 久隆はこれがセクハラに当たらないか少し迷った。


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