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──チョコレート
5階層は特に何の問題もなく掃討された。
マルコシアも手慣れてきたもので、フルフルと背後を確実に守っていた。
これでレヴィアが前方への攻撃に専念できる。
後方が火力不足の時は久隆が踏ん張り、レヴィアを後方に回すが、基本的にレヴィアは久隆とペアで攪乱と突撃の戦術に専念する。フルフルはそれらを支援。
フルフルは戦士や魔法使いの能力も上げられるし、敵の足を遅らせることもできるという有能な兵士だ。久隆としてはこの捜索班の頭脳は自分かもしれないが、中心人物はフルフルであると見做していた。
そのフルフルには注意を払っている。
彼女が力尽きることのないように魔力の残量は常に確認している。
疲労の蓄積などは捜索班全体で管理。これは久隆が所属していた日本海軍特別陸戦隊のように均一の訓練を受けた部隊ではないのだ。体力はバラバラで個別の管理が必要だ。軍隊のように『歩け、歩け、歩け、この荷物を背負ってとにかく歩き続けろ』というもっとも基礎的な訓練を受けているかどうかすら分からないのだから。
軍隊は何でも揃えておく。銃も、軍服も、ベッドも、兵士も。
軍隊というのは集団行動の極致にあるような組織だ。そして、兵卒に求められるのは個性ではなく、組織的な行動という没個性である。
引き金を絞れば銃弾が発射されるのが当たり前のように、兵士も命令されたらそれが実行できるのが当たり前でなくてはならない。それも均質的にだ。少しの陣形の乱れが隙を生むように、移動時間が数秒遅れただけで敵に要衝を占領されるように、兵士たちは常に周囲の兵士と同じ能力を持っていることが望まれる。
特殊作戦部隊だと一匹狼を連想するものもいるかもしれないが、特殊作戦部隊でも事情は同じだ。集団行動。均質な能力。ただ、それにプラスアルファで電子機器の取り扱いや、狙撃銃の取り扱い、爆発物の取り扱いなどの専門性が求められるだけである。
特殊作戦部隊にも協調性がなく、能力のばらけた一匹狼は必要ない。特殊作戦は高度な外科手術のようなものでメスの切れ味が違っては困るのだ。
それどころか、傭兵──
まあ、質の悪い
「全員、まだ保つか?」
「大丈夫なの」
「ちょ、ちょっと休憩を……」
6階層を殲滅した時点で久隆が確認するのにレヴィアは元気よく、フルフルは疲れた様子でそう告げて返してきた。
「なら、休憩だ。糖分補給のチョコレートがある。食ってくれ。用心しておいたから溶けてはいないはずだ」
6階層の魔物が壊滅していることを一応確認してから、久隆がバックパックから板チョコを出す。疲労には糖分が即効性を持つ。エネルギーに変換しやすく、脳から筋肉までエネルギーとして使われる。
ダンジョンも広大で、そして階段の上り下りがあり、魔物との戦闘で緊張もするので、このようなことになるだろうと予想して久隆は糖分補給のためのチョコレートを携帯してきていた。軍隊時代もクソ不味い戦闘糧食III型を食べるぐらいならば、とチョコレートを携行していくのが常だった。
それにチョコレートは子供たちの大好物でもある。見知らぬ場に馴染みたかったら、チョコレートで子供を喜ばせ、酒で大人を喜ばせるものだ。そうすれば意外な情報が手に入ることもあるというものである。
「これがチョコレート……。美味しいの!」
「甘くて美味しいですね……」
チョコレートは甘めのものをチョイス。久隆自身、チョコレートは苦いよりも甘いものが好みだ。そして、中にクッキーなど入っておらず、シンプルな板チョコが好きだった。携行性に優れているし、どんな場所でもチョコレートと言って通用する。
「変わったお菓子ですね。なんというか甘いんだけど、それだけじゃないような」
「少し苦みもあるだろう。原材料のカカオが苦みを持ったものだ。だが、この板チョコはほとんどそういうのは感じないようになっているはずだ。糖分補給に重点を置いているからな。昔の軍隊はキャラメルで、進駐軍はチョコレート」
「きゃらめる? それもお菓子ですか?」
「ああ。最近は見かけないが、どこかで売ってるだろう」
「なら、今度一緒に買いに行きましょう」
「そうだな。チョコレートもいろいろ種類があるから好みのものを探すといい」
マルコシアがぐいぐい久隆に食い込んでいるのにフルフルがため息を吐く。
確かにマルコシアには人間に親類や仲間を殺された経験はなく、人間については年長者が聞かせるおとぎ話のような恐ろしく、ユーモアのある物語の知識しかない。
そして、フルフルは断固として認めようとしなかったし、今も認めたくないが、久隆は異性として魅力的だ。
まず、力がある。魔族にとってはそれだけでも優良物件だ。魔族社会はマッチョが物を言わせている。魔法使いにしたところで、付呪師を目指す魔族が多いのは、自分の腕力を上げて異性を魅了するためである。そういう邪な目的を持った魔族は大抵付呪師の難しさに音を上げて去っていくが。
次に財力がある。あれだけの家を持っているということは大したお金持ちだと魔族たちは思った。魔族たちでもあれだけの広さの家を持つには準貴族ぐらいの地位はいる。家柄によっては爵位持ちでも狭くて、古い屋敷で過ごすことになるのだ。
そして、その家の中も凄い。夏なのに涼しいし、お風呂は清潔だし、トイレも清潔。文句なしの物件だ。
そして、何より戦闘のセンスがある。腕力だけならば久隆に勝る魔族もいるかもしれない。だが、実戦において久隆ほどの能力を発揮できる人材がヴェンディダードに一体何人いるだろうか?
近衛騎士よりも勇猛にして、頭が切れ、戦闘時に適切な判断ができる。まさに軍人になればどこまでも昇進していくこと間違いなしの優良株だ。実際に日本海軍では指揮参謀課程を経ており、高度な作戦への理解は深い。
ヴェンディダード軍に仕官すれば、瞬く間に出世して、アガレスの後継の近衛騎士団長になるか、あるいは少なくとも方面軍司令官、もしかすると陸軍参謀総長にだってなれるかもしれない。中将以上の地位は確実だ。
そして、ヴェンディダードにおいて中将以上の階級にある将官の給与はとても高い。
魔族としてはそのシンボルである角がないのが難だが、それぐらいのことは無視できる。お金持ちで、稼げることが見込まれていて、力と能力がある旦那様となればそれは誰だって放っておかないだろう。
けど、久隆は人間なのだとフルフルはマルコシアを見て思った。
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